第34話 ミノタウロス・ウル

 ダンジョン61層最奥。

 62層へ続く下り階段のある玄室の扉の前に、ブラックロータスと教会から派遣された一団が集っていた。


 ブラックロータスの構成員は前衛25名、後衛25名、補給部隊10名と、ギルドマスター及び副ギルドマスターの合わせて62名。

 教会側は小聖女マリアンヌとその近衛騎士である小聖女聖騎士団5人に、監督役として派遣された聖女聖騎士団所属の騎士2人。

 更に急な人事命令によって不自然に招集された東教区第4教会に所属するシスター4人による12名。

 合計74名の冒険者が集められた。

 とはいえ、聖女聖騎士団の2人は玄室の出入り口で扉が閉まらないように待機するとのことで、実際に参加するのは72名。


「あっ……ルカ様っ!」


 マリアンヌは一団の中に知り合いのシスター、ルカ・カインズを発見して声をかけようとする。


「小聖女様ともあろうお方が、自ら下っ端のシスターに声をおかけになるのはお控え下さい。示しがつきません」


「もぅ、アルティアナはなんでもかんでもダメダメばっかり……」


 マリアンヌは頬を膨らませながらも、手を振るだけなら声をかけたことにはならないという悪知恵を働かせ、ルカに手を振るも無視されてしまう。


「(ここでウチが手を振り返したらおっかない顔した聖騎士団の人に殺されても文句言えないっスよ……マリアンヌ様、空気読んでください……っていうかそもそもなんでウチ、こんな所にいるん……?)」


 いきなり中央教会の聖騎士団が来たと思ったら、61層の討伐作戦に参加してもらうと告げられ、その時教会に居合わせたシスター4人全員が、強制的に連れて来られた次第である。

 その真相は他でもない小聖女が大聖堂を脱走しダンジョンに潜った際、小聖女の身分を知ってしまったルカを口封じのために抹消するためである。


 どのような些細な不安要素でも、あらぬ噂を流されない為に徹底的に証拠を消すのが教会のやり口なのである。

 今回の場合、『小聖女がお忍びで身分を偽り下賤な冒険者5名と共にダンジョンに潜った』というのがいけなかった。

 この話がルカの口から外部に漏れ、噂が1人歩きし、小聖女の神聖な身体が冒険者によって汚された(有り体に言うとレイプされた)というあらぬ噂が立つ可能性も0ではない、というのが教会の主張だ。

 災いの火種は早めに摘むのが教会のやり方だ。


「(ルカ・カインズ、お前に恨みはないしそのようなことは無かったことは判明しているが、死んで貰うぞ。あと小聖女様に贔屓されてズルいぞ、世話役であるわたしにさえあんな無邪気な笑顔見せてくれたことないのに……!)」


 階層主との混戦に乗じて背後から斬り付けるつもりであるアルティアナは、横目で殺害対象である可愛らしい顔をしたシスターを見やる。

 ちなみにマリアンヌがアルティアナに笑顔を見せてくれないのは、彼女が常に規律を最優先する堅物でいつもダメ出しばかりして融通が利かない頭でっかちな石頭だからである。


「サーニャ様、団員は既に準備出来ております。いつでもご命令を」


 綺麗に整列したブラックロータスの面々。

 指揮官を務めるサーニャへ、テティーヌが耳打ちし、彼女は小さな顔を縦に振る。


「……扉を開けて。補給部隊を除く全団員、突入」



「「「「うおおおおおおおお!!」」」」



 それぞれの思惑が交錯する61層階層主討伐戦が、今始まった。




■■■




「前衛部隊は速やかに玄室中央で戦線を構築。後衛部隊は陣を張りなさい。補給部隊は玄室の外で待機。訓練通りにやれば問題ないわ」


 玄室の扉が開きブラックロータスの一団がなだれ込むように突入する。

 玄室の最奥には下り階段があるが、破壊不能な魔法陣が張られていて入ることは出来ない。

 魔法陣を解除するには階層主を討伐する必要がある。


 侵入者に反応し、玄室の中央に巨大な転移魔法陣が出現する。


『フゴオオオオオオオオオオオ!!!!』


 現れたのは身の丈6メートルにも達する巨体と異様に発達した筋肉を持つ2足歩行の牛型魔物。

 45層に出現するミノタウロスの強化版とも言える。

 しかしその手にはミノタウロスの得物である戦斧はなく、まるで囚人のような巨大な鉄球がついた鎖が、腕輪を通して階層主に繋がれていた。

 61層の主、ミノタウロス・ウルである。


『『『『『『フゴオオオオオオ!!!!』』』』』』


 更にミノタウロス・ウルの周囲にも転移魔法陣が出現すると、通常サイズのミノタウロスが15体姿を見せる。

 通常サイズと言っても全長3メートルを超す巨体であることには変わりなく、一斉に放たれる咆哮が玄室内の空気を震わせる。


「ここまでは過去4回の偵察遠征通り。前衛部隊、ミノタウロスを押し返して」


 サーニャは離れていても声を届けることの出来る念話魔法を使い各団員に指示を飛ばす。


『フゴオオオオ!!』


「通すかああああ!!」


 突撃する冒険者とミノタウロスが激突し、境界が戦線と化す。

 最前線の戦士職は、盾を構えてミノタウロスの戦斧を受け止める――


「【シールドバニッシュ】!」


 ――受け止めた盾が光ると、衝撃波が走りミノタウロスの戦斧を弾き返す。


「【獣斬り】!」


『フゴッ!?』


 体勢が崩れたミノタウロスへ後続の戦士職が斬りかかり、ミノタウロスを玄室の奥へと吹き飛ばした。


「よし! 前衛部隊の陣形、構築完了! お前等! ここから一匹も通すなよ!」


「了解!!」


 10年前の討伐戦にも参加した前衛部隊の隊長の鼓舞に、他の団員が呼応する。

 15体のミノタウロスを盾による防御を中心にいなしながら、ミノタウロスの群れを押しとどめる。


「魔法部隊、火属性魔法で一斉射撃。可能な限りタイミングを合わせて」


「「「フレイムボール!!」」」


 次いで陣を張り終え綺麗な陣形を作った魔術師職の一団が、一斉に攻撃魔法を放つ。

 玄室の天井を覆い隠す無数の火球がミノタウロスへ降り注ぐ。


『『『フゴオオオオ!?』』』


「全弾命中です! 訓練通りの成果です!」


 遠眼スキルを持つ忍者職のテティーヌが歓喜を上げ、ミノタウロスの群れは悲鳴を上げながらその身を焼け焦がした。


 このタイミングでようやく教会チームも玄室に入り込み、ブラックロータスが作った戦線の内側で、小聖女を守る陣形を作る。

 正面を聖騎士団、後方をシスターが囲い、小柄なマリアンヌの姿は完全に隠れる。


「前線部隊はそのまま戦線を維持。回復部隊は逐次傷を負った者の治療を。MPポーションが尽きた者、武器を喪失した者は伝令を送り報告すること。補給部隊を向かわせる」


 サーニャは的確な指揮を執りながら、未だ動かずにいる階層主へと目を向ける。

 自分達を試すかのような目でこちらを見据える巨大な牛が、蒸気のように可視出来る鼻息を漏らしながら、ジャラリと太い鎖を鳴らした。




■■■




 一方教会チームの面々は――


「アルティアナ、わたくし達も戦いましょう」


「なりません。我々はこのまま傍観を続けます」


「どうしてっ!?」


 ミノタウロスとブラックロータスが衝突する戦線の内側、その一角に陣を張った教会チームは、何もするでもなく傍観に徹し、動き出そうとする小聖女を聖騎士団の団長が制止する。


「せめて回復魔法と強化魔法を! わたくしであればこの距離からでも回復魔法を彼らに届けることが出来ます!」


「なりません。マリアンヌ様は高貴なる血族お方。その神聖なる魔力を下賤な者に振舞うなど断じてあってはならないことです」


「では何のための聖女ですか!? 何のために継承してきた魔力なのですか!?」


「……小聖女様はただそこにいるだけで良いのです。小聖女様は教祖デュミトレスの血を引く御方。同時に母神に最も近いお方であらせられます。であればこそ、母神の加護が必ずや我々を勝利へと導いて下さりましょう。マリアンヌ様はただそこで我らの勝利をお祈り下さいませ」


「祈っているだけでは何も解決しませんわ!」


「聞き分け下さいませ」


「聞き分けるのはあなたの方ですわ! このあんぽんたんっ!」


「あ、あんぽ……っ!? なりませんぞマリアンヌ様ともあろう御方がそのような言葉遣い……!?」


 マリアンヌは頬を膨らませながら融通の利かない世話役に、己の語彙力をかき集めてあらん限りの罵声を浴びせる。


「知ったことではありませんわ! このおたんこなす! 唐変木! 頓珍漢のすっとこどっこい!」


「マリアンヌ様……なんという粗雑な言葉を……!?」


「アルティアナ団長!? 気を確かに!」


 アルティアナはショックの余り膝から崩れ落ち、部下に両脇支えられる。


「わ、わたしのことを何と言おうと構いません。ですがマリアンヌ様が魔法を行使することは決して許しません。聖女とは教会の象徴なればこそ、その力は斯く在るべき時のみ行使されなければいけないのです……」


「今がその斯く在るべき時ですわ!」


「ええい! 総員小聖女様を取り囲め! そこのシスター共もだ! 決してマリアンヌ様に魔法を行使させてはいけない!」


「邪魔ですわ! これでは怪我をされている方が分かりませんわ! どいてくださいまし!」


 マリアンヌはぴょんぴょんと跳ねながら戦場へ目を向けるも、部下たちに阻まれそれも叶わない。

 小聖女は力一杯跳ねながら、一進一退の攻防を繰り広げるのであった。




■■■




 戻ってブラックロータス側では……。


「サーニャ様、いけそうでしょうか?」


「まだ分からない。それに、ボスが動き出した。今までの偵察遠征ではここで撤退したから、ここから先はどうなるか分からないわ」


 可能ならあと数回遠征を挟み敵の情報を集めたかったし、もっと団員のレベル上げを行ってから挑みたかった……とサーニャは無理やり作戦決行を決めた王宮の官僚達に悪態をつく。


『ブルガアアアアアアアア!!!!』


「来るわ」


 手下のミノタウロスだけでは冒険者を倒せないと判断したミノタウロス・ウルが、鉄球を引きずりながら動き出す。

 重量のある鉄球をぶら下げているとは思えない程の跳躍を行い、鎖に引っ張られた鉄球が宙を踊る。

 そして――


『ブルガアアアアアアアア!!!!』


 ――腕を振るい鉄球を地面へ叩きつけた!


「うわあああああああっ!?」


 鉄球を撃ち込まれた地面が爆ぜ、砂塵が舞い、鉄球が直撃した冒険者は勿論、付近にいた者までが衝撃波で吹き飛ばされる。


「思った以上に動きが早い……!?」


「前線が崩れた! ミノタウロスが入ってきたぞ!」


「団長! 指示を!!」


「っ! 負傷した前衛部隊で動ける者は撤退、回復部隊から治療を受けて。回復部隊は3人前線へ、動けない団員を回復させて」


「了解!」


 サーニャは戦線を維持しようと指示を飛ばすも、ミノタウロス・ウルが空けた穴に1匹のミノタウロスが侵入し、負傷した戦士にトドメを刺すべく戦斧を振り上げる。


「テティーヌ、正宗を」


「は。ここに」


 テティーヌは身を屈めサーニャの胸の位置に両手を掲げる。

 その手には文字が書き込まれた包帯のような布が巻かれた刀が納められれており、サーニャが魔力を込めて手をかざすと、シュルシュルと布が解け鞘に納められた刀が姿を見せる。


 代々ブラックロータスのギルドマスターへ継承され、ゼノレイ家の代名詞とも言える名刀――正宗である。


 サーニャが正宗を抜刀すると同時にそれを補佐するようにテティーヌも鞘を反対側へ引く。

 刀身を鈍い紅色に光らせた妖刀がその全貌を見せる。


「うぐ…………っ!?」


 正宗を抜いたサーニャは幼い顔を歪める。

 正宗は鍛冶スキルによって強化することは出来ず、代わりに魔物の血を吸うことで刃を研ぎ澄ませていく妖刀。

 そして血を吸い続けた正宗は妖力を持ち、相応しくない者が手にすればその精神を支配する諸刃の刀なのである。


 人類最強の二つ名を持つサーニャでさえ、正宗を完全に使いこなすことは叶わず、指先から侵入してくる支配に抗うように精神力を研ぎ澄ませる必要があった。


 時間にして5秒未満。

 だがその間にサーニャと正宗は無数の立ち合いを繰り広げ、なんとか正宗の妖力を抑え込むことに成功する。


「このじゃじゃ馬が、手間かけさせないで」


 サーニャは主導権を得た正宗を正眼に構え――一振り。


「【空刃】」


 空を切った正宗の斬撃は魔力を帯び放出され、部下に襲い掛かるミノタウロスを2枚に下ろした。

 脳天から股までを両断され、サラサラと灰となって霧散していく。


 すると再び玄室中央に魔法陣が出現し、新しいミノタウロスが転移される。

 ミノタウロスを倒すと倒された分だけ転送される仕組みであり、その数に限りがあるのかは不明だ。


「……この状況でも教会は動かない、か」


 サーニャは安全圏から動こうとしない教会チームに辟易としながら、再度刀を構え、【空刃】を放って前線を押すミノタウロスをもう1匹殺害する。


「私がボスを抑え込む。各員は今まで通りそれぞれ己の役目を全うして。まずは再び戦線に蓋をして。ボスさえいなければ問題なく対処できるはずだから」


「「「了解!!」」」


「テティーヌは隠密スキルを使い自分の判断でミノタウロスを遊撃して。私のサポートはいらない」


「御意に」


 隠密スキルで姿を消すテティーヌを見送り、次は回復部隊の隊長を務める僧侶に声をかける。


「サラ、あなたに伝令役を任せる。戦場を俯瞰し逐次情報を私にのみ伝達して。必要に応じて私が各員に指示を出す」


「はっ! 了解しました!」


 念話魔法は離れた仲間にもメッセージを送ることが出来る便利な魔法だが、念話魔法を習得している者同士でないと一方通行のメッセージしか送れず会話を行うことは出来ないので、後衛かつ念話魔法を扱える彼女を伝令役に任命したのであった。


「団長、お気をつけて!」


「ええ、ありがとう」


 サーニャは刀を構え大地を踏みしめた。

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