第27話 死ねない理由

 ――ダンジョン61層。

 ダンジョンの雰囲気は下へ潜る程暗くなっていくが、節目を迎えた61層は随分と薄暗く、また頭上を照らしている魔力光も青色で不気味だ。

 ダンジョンが誕生して1000年弱。

 人類が到達している階層もここ61層まで。

 しかも61層が解放されたのは10年も前と聞いている。

 1000年間も魔物を殺し続けてきた人類でさえ、10年もの間足踏みを余儀なくされている下層も下層。


「さて、何が出てくるか……」


『…………ギェギェ』


「っ!?」


 不気味に揺らめく青い魔力光に照らされ、玄室の奥から1匹の魔物が姿を見せる。

 かなりでかい。

 羊のような巻角を持った凶悪な面を乗せた図体は10メートル程あり、全長はその倍ありそうだ。

 4足歩行だがその手は人間と似た形なのを見るに、猿型の魔物のように2足歩行も出来るし、手先も器用と見ていいだろう。


 そして何より目を見張るのが巨体を包んでいる外皮。

 鱗のない蛇みたいな印象で、ゴムのような光沢を放っている


「悪魔型ってやつか。初めて見るな」


 面はオーガのような上位の鬼型に似ているが、【鬼斬り】は効かないかもしれない。


「【鑑定】」




【悪魔獣パズズ】

推奨討伐レベル70

筋力S

防御B+

速力B-

魔力S-

属性:闇属性・毒属性

弱点:聖属性


「まあパーティ全員レベル70が前提って意味だろうな」


 人類最強と言われているブラックロータスのギルドマスター、サーニャがレベル71だったような気がするが、サーニャ1人でもコイツを倒せるかどうか分からない、という前提で相手した方がよさそうだ。


 周囲にも鑑定スキルを発動するが、このパズズという魔物以外に反応はない。

 1匹だけというのが逆に不安を煽る。


「個にして群れ1個分の強さだと思えってことか?」


『ギェエエエエエエエ!!』


「っ!?」


 パズズが耳障りな鳴き声を響かせながら、握り拳を振りかざす。

 巨体からは考えらないほどに、恐ろしく早い……っ!?


「【ダッシュナイフ】!」


 ダッシュナイフの機動性を利用して回避。

 先程まで俺が立っていた地面は陥没し、蜘蛛の巣のような亀裂が走る。


「【オールブースト】【ウェポンエンチャント】【アーマーエンチャント】」


 使い続けてLv4まで成長した強化魔法と付与魔法で肉体、武器、防具を強化。


「【隠密】」


 更に姿を消す。

 嗅覚などを頼りにする類いの魔物でなければ、隠密状態の冒険者を見つけだすのは難しい。

 そのまま懐に潜り込む!


『ギュエエエエエエエエエエエエエ!!!!』


「危ないっ!?」


 パズズは口を開けると喉から黒いビームを吐き出した。

 極太のビームの周囲にはバチバチと黒い火花のようなものが散っている。


 闇属性魔法攻撃か。

 一度喰らって闇属性を習得させてもらうか? という利己的な欲求が走るも、どうみても掠り傷では済まなそうな見た目をしているので回避する。


『ギュエエエエエエエエエエエエエ!!!!』


「ゲロ……長すぎっ!!」


 パズズはビームを吐いたまま首を上下左右に振り回し、玄室の壁や床や天井を削り取っていく。

 全方位攻撃を撃たれては隠密の効果も激減だ。

 むしろ無軌道に放たれて動きが読めない。


「クソ悪魔! ここだ!」


『ギェギェ!!』


 隠密を解いて姿を見せる。

 パズズは俺の姿を認めるとその方向へビームを放つ。

 首の動きから軌道が読める!

 動きが分かれば回避可能な速度。


 横跳びでビームを避けて、斜め上方から飛んでくるビームの下を潜る様に駆け抜ける。


「貰った! 【乱れ裂き】!」


 五本指を持つ腕の手首へ一閃。

 遅れて走る無数の剣閃が手首をズタズタに切り裂く。


「あんま効いてないか……?」


 ダメージは通っているが、腕の支えを崩す程のダメージには至らない。


「だったら何度でも切り刻むだけだっ! 【ダッシュナイフ・5連】!」


――斬・斬・斬!


 器用に動く腕の叩きつけをステップで避けながら、腕を重点的に刻んでいく。


「【乱れ裂き】!」


『ギェギェ!!』


 パズズは肘と手首を地面に着け、卓上の汚れを拭い取るような薙ぎ払いを繰り出す。


「当たるかっ!」


 ダッシュナイフで回避。

 更に2連目でもう1段上空へ飛び頭部を捉え、3連目で脳天へ斬撃を入れ、4連5連目も命中させる。


『ギェエエエエエエエ!』


「な――――っ!?」


 パズズの動きに馴れてきたと思い込み、わずかに慢心が生まれてしまった。

 その予断を見逃すまいとばかりに、視覚外から飛んできた尻尾の薙ぎ払いが飛んでくる。

 61層で急にダンジョン内が暗くなりパズズの全体を視認出来ず、尾の存在に気付けなかった。


「がっ!?!?」


 大蛇のように太く、ムチのように早い尻尾が脇腹にめり込み吹き飛ばされる。

 玄室の壁に叩きつけられる。

 ピキピキという音は、壁に亀裂が入った音か、俺の骨が砕けた音か……。


「やば……落ちそう……」


 何時間にも及ぶ戦闘の連続もあり、視界がぼやけ、まぶたが落ちる。

 辛うじて最後に見えた光景は、アゴが大きく開いたパズズの喉奥が、闇色の光る光景だった。




■■■




『リエラね、大きくなったらお兄ちゃんと結婚する!』


『うーん、兄妹で結婚出来るかな……』


『村長さんが言ってたもん! この村は元を辿れば数人の農家が開拓した村で、先祖を辿れば皆親戚みたいなもんだって! つまり村の中の人と結婚するのも、兄妹で結婚するのも変わらないって!』


『村長もいい加減なこと言うなあ……』


 数年前。

 俺が王都で冒険者をする前。

 王都から離れた郊外の農村で農家をしており、両親が生きていて、そして……妹がまだ病にかかる前。


『じゃあお兄ちゃんは、リエラはこの村の誰となら結婚しても許してくれる?』


『許さん。誰だろうとリエラは絶対嫁に出さん!』


『えへへ! じゃあお兄ちゃんが責任取ってよねっ!』


 妹は村一番の美少女で、俺によく懐いていて、俺も妹を心から愛でていた。

 娯楽も少なく都会の生活に憧れてはいたが、貧しくはなかったし、妹が愛おしくて、それだけで充実した人生だった。


 ……両親と妹が黒石病に罹るまで。


『けほっ、けほっ……ダメだよお兄ちゃん、リエラと一緒にいたら、お兄ちゃんも病気になっちゃうよ』


『苦しんでるリエラを置いていられるか』


 肺を患い喀血を起こし、段々と全身の関節が動かなくなり、やがて死に至る病。

 魔法による高度な療養を受けることが出来れば治療することも出来るが、たかだか農民の身分では出せる金額ではなく、今もなおほぼ不治の病と呼ばれている感染病である。


 病に罹ってもなお畑仕事を続ける両親はあっという間に病が進行して死に、寝たきりの妹も日に日にやつれていく。

 やがて感染を恐れた村人の誰かに家に火を放たれた。

 村人皆が親戚みたいなものだと思っていたのに、誰も俺達兄妹に救いの手を差し伸ばしてくれる者はおらず、俺は少ない財産と妹を背負って王都へやってきた。


 医療の最先端である王都の医者から、病の進行を遅らせる薬を買い、貧民街で部屋を借り、冒険者となって日銭を稼ぐ日々。


『リエラ、薬を買ってきたぞ。飲みなさい』


『けほっ……けほっ……でも、お兄ちゃん、お薬、高いでしょ?』


『お前はそんなこと気にするな。お兄ちゃんが絶対に治してやるから、そんな顔をするな』


 金を稼ぐには強くならなくてはいけない。

 強くなるには経験値を稼がないといけない。

 だが強くなるために経験値を稼いでいては、妹を養えるだけの金を稼ぐことが出来ない。


 だから中級パーティに荷物持ちとして雇ってもらい、なんとか薬と生活費を稼ぐ日々が続く。


『おいエドワード! とっとと魔石拾えカス!』


『鍵開けにいつまで時間かかってんだ!』


『まあ失敗して罠が作動してもお前が痛い目を見るだけだからな』


『今日はレアアイテムが結構良い値で売れたな! てめぇの取り分はないがな。ほらよ、今日の報酬だ、拾え』


 とても良い待遇とは呼べない代物だったが、1人でダンジョンを潜るよりかはマシな稼ぎなため何とか耐えた。


『お兄さんボロボロですね。教会で治療された方がいいですよ?』


『……金がねぇんだわ』


『それは困りましたね、じゃあ……ヒール!』


『……その服は教会のシスターか。回復魔法の押し売りだろうが、さっき言った通り払える金は一銭もないぞ』


『知ってます。でも道端で倒れているお兄さんを見捨てることも出来ませんし。魔物にこっぴどくやられたみたいですね』


『いや、パーティメンバーに憂さ晴らしのサンドバックにされてな』


 友人は1人だけ出来たが、そいつも底辺冒険者で一緒にパーティを組んでも荷物持ち程稼ぐことは出来なかったので、結局荷物持ちを続けた。

 でも弱者同士で傷の舐めあいをして、お互いに嫌いな奴の悪口を言いながら心の支えにしていた。

 ルカ・カインズという1日1回しか魔法が使えないのに、その1回を道端で転がっている俺に使うようなお人よしだ。


『ただいま、夕ご飯買って来たぞ』


『うん。お兄ちゃんの分は……?』


『俺は外で済ませてきた』


『たまにはお兄ちゃんと一緒に食べたいな……』


『悪い悪い。冒険者は一仕事終えた後、パーティメンバーと一緒に夕飯を食うもんなんだ。なかなか断れなくてな』


 嘘を付き、身を削り、屈辱に耐え、弱者同士で傷を舐めあい、妹の笑顔に元気を貰い、そうしてギリギリしがみ付いて生きてきた。


『どうした? 眠れないのか?』


『うん……ねぇ、お兄ちゃん、リエラが寝るまで、お手て繋いで欲しい……な』


『ああ、もちろん』


『ごめんなさい……お兄ちゃん……お兄ちゃんは疲れてるのに、リエラはワガママばっか言って。ごめんなさい、嫌いにならないで、お兄ちゃん……』


『嫌いになる訳ないだろ……ほら、おやすみ』


『…………ん…………ごめんなさい…………お兄…………ちゃん』


 妹は寝ながら涙を流し、手を握ってやることしかできない不甲斐なさに涙を零す。


 俺はリエラのためならなんだってやる。

 ダンジョンの魔物を1匹残らず殲滅だってしてやる。

 神だろうが悪魔だろうがロリババアだろうが、利用出来るものは全て利用する。

















――じゃったら、こんな所で寝ている場合ではないだろう、たわけ。















――起きよ。












――妹を助けるのだろう?



















――神でも悪魔でも天才美少女エルフでも利用して見せるのだろう?












 ……。


 …………。


 ああ……そうだ。

 思い出に耽るのはまだ早い。

 走馬灯は妹の病気が治るまで取っておけ。


 こんな所で、死ねるかよ。

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