第25話 1〜30層

 転移先は非常に広い玄室だった。

 四方の壁に通路はなく、地中にぽっかりと6面体の空間をくり抜いたかのような密室。


 転移魔法を使わなければ入ることも出来ることも叶わない空間には、大量の魔物が存在しており、転移してきた俺を睨み付ける。


「なるほど、ここがモンスターハウスの控室みたいなもんか……【パワーブースト】【スピードブースト】【ウェポンエンチャント】」


 かつてマリーにかけて貰ったことで自分でも使えるようになった強化魔法を発動。

 出力はマリーと比べてば心もとないが、ないよりマシだ。

 両手に構えたナイフは魔力を纏い、剣先から伸びる魔力の膜がリーチを伸ばす。


「時間がないんだ、【ダッシュナイフ】」


 強化魔法とスキルの補正により得たスピードで玄室を駆ける。

 すれ違い様にゴブリンの首を切り飛ばし、勢いを緩めずコボルトも吹き飛ばす。

 ダッシュナイフの2連目を発動。

 その後も強化魔法で得た脚力で縦横無尽に駆け巡る。


『ギャッ!?』


『ギョエッ!?』


『グギャッ!?』


 1層の魔物など今の俺にかかれば取るに及ばない。


「これで最後っ!!」


『ギャアッ!?』


 最後のゴブリンの首が舞い、地に落ちる前に灰となり霧散する。



――ピコン


――1層の討伐対象を全て倒しました(1/61)


――以下の報酬が支払われます。



■HP・MP・肉体の疲労度を全回復。

■任意のステータスを【+1】する。

■任意のアイテムを【+1】する。



 上から順番に報酬を受け取っていく。

 全身を淡い光りが包み込むと、HPMPは勿論、肉体的な疲労もなくなった。

 これで休まず働き続けろってことか。


 ステータスは速力に、アイテムは今の得物である盗賊のダガーに使う。


「階層ごとに報酬が貰えるってことは、あと60回報酬が出るってことか?」


 毎回レベルによるステータスアップとは別に、階層踏破報酬でステータスを伸ばし続けることが出来るなら、やがて継承者である冒険者にも追いつくことが出来るかもしれないな。


 全ての報酬を受け取ると見慣れた移動魔法陣が足元に出現し、1つ下の階層に飛ばされるのであった。




■■■




 デスファレーナ。

 麻痺毒を含む鱗粉を撒き散らす羽虫型の魔物だ。

 玄室の天井を埋め尽くす程の群れが頭上を飛び交っていた。

 目視できる程に濃い鱗粉が今も頭上から降り注いでいる。


「早く片付けないと麻痺で動けなくなるな……!」


 ダンジョン30層。

 転移魔法でしか来ることが出来ない、扉のない玄室。

 今度の相手は飛行型の魔物だ。

 遠距離攻撃の手段も持っていなければ相手をするのは得策ではない厄介な魔物である。


「ファイアボール!」


――MP290→260


 試しに火属性魔法を放てば、デスファレーナは羽を燃やして墜落。灰に還る。

 羽虫型の魔物なだけに火属性に弱いが、魔法攻撃を主な手段とするにはいささか俺のMP量では心もとない。

 それにMPは回復魔法のために温存しておきたい。


「んじゃ、結局やることは1つか」


 ナイフで全て切り刻む。

 かつての俺なら無理でも、今のステータスなら不可能ではない。


「よーい、どん!!」


 床を蹴り斜め上方へ跳躍。

 着壁すると、落下する前に壁を蹴り上げ更に上空へと飛び上がる。


「【ダッシュナイフ】!」


 空中でダッシュナイフを使用して更に加速をつければ、デスファレーナが間合いに入る。


――斬!


 巨大な羽虫は羽をもがれて落ちて行く。

 俺もまた落下していくが、下を飛んでいるデスファレーナの頭を踏みつけ再度跳躍。

 壁を蹴り上げ、魔物を踏みつけ、ダッシュナイフで宙を舞い、すれ違う魔物を次へ次へと切り刻む。


――レベルが上がりました。


――【ダッシュナイフ2連】が【3連】に変化しました。


――【乱れ裂き】を覚えました。


【乱れ裂きLv1】

 一度の攻撃で無数の斬撃を与える。

 クールタイム30秒。



エドワード・ノウエン

レベル37

HP550/550

MP290/290

筋力59

防御40

速力59

器用45

魔力30

運値38

スキル【短剣術Lv5】【双剣術Lv4】【ダッシュナイフ・3連Lv4】【鬼斬りLv2】【急所斬りLv1】【乱れ裂きLv1】【開錠Lv1】【鑑定LvMAX】

魔法【回復魔法Lv2】【清潔魔法Lv1】【火属性魔法Lv2】【付与魔法Lv2】【強化魔法Lv2】



 ダンジョン30層まで数えきれない量の魔物を倒し続けてきただけのことはあり、レベルは40も目前となる。

 早速覚えたばかりの【乱れ裂き】を空中で繰る。


――斬!


 魔力の刃を纏った短剣がデスファレーナに一閃を食わらせるや否や、後を追うように無数の剣閃が縦横無尽に放たれる。

 デスファレーナはその身をサイコロ状に切り刻まれ、哀れ灰と化す。



――ピコン


――状態異常【麻痺】



「ぐっ! 身体が動かん……っ!」


 だがここで俺の麻痺耐久も限界を迎えた。

 鱗粉を長時間浴びたことで手足が動かなくなり、背中から地面に激突する。


――HP520/550


 だがそこまでの痛みはない。

 レベルアップで強化された肉体はもはや、この高さから落ちたとしても致命傷には至らない。


『キイイイイイイイイイ!!!』


 逃げるように高所を飛び続けていたデスファレーナも、俺が麻痺で動けないことを知ると、羽虫とは思えない凶悪な牙をガチガチと鳴らしながら喉元目掛けて急降下してくる。


「【キュアパライズ】……【フレイムボール】!!」


MP260/290 → 230/290 → 185/290



 だがここまで来る間に回復魔法を使い続けたおかげで、既に俺の回復魔法はLv2。

 状態異常を癒す魔法が使える上に、ご丁寧に地上まで降りてきてくてくれた魔物にLv2相当の火属性魔法を浴びせる。

 階層を踏破するたびに報酬でHPMPが回復するので、魔法を連発出来るのもありがたい。


『キギイイイイイイイイイイイ!?』


「さて……また登り直しか」


 再び壁や魔物の頭を蹴りながら宙を駆ける。

 そうして鱗粉を撒きながら逃げるデスファレーナを1匹ずつ駆逐していくのであった。



■■■



 デスファレーナの駆除を続けて半時間。


――ピコン


――レベルが上がりました。


――スキル【隠密】【奇襲】を獲得しました。


【隠密Lv1】

 消費MP1秒につき5。

 一定時間姿を消し気配を薄めるスキル。

 任意で隠密を解除することも可能。

 スキルレベルに応じて隠密性能が上がる。


【奇襲Lv1】

【隠密】使用中に発動可能。

 魔物の意識外から大ダメージを与える。

 発動後隠密が解除される。

 クールタイム20秒。



 デスファレーナの最後の1匹の羽を引き千切り、墜落した羽虫の頭を踏み潰す。

 レベルアップと同時に獲得したスキルを目に、俺は笑みを浮かべる。


「【隠密】……ついに覚えたか」


【隠密】は有名なスキルで、盗賊をしている冒険者の目標でもある強力なスキルだ。

 それにソロで活動する際にも都合がいい。



――ピコン。


――30層の討伐対象を全て倒しました(30/60)


――以下の報酬が支払われます。



■HP・MP・肉体の疲労度を全回復。

■HPを【+100】する。

■名匠の鍛冶槌の獲得。



エドワード・ノウエン

レベル38

HP550/550 → 650/650

MP290/290

筋力60

防御40

速力60

器用46

魔力32

運値39

スキル【短剣術Lv5】【双剣術Lv4】【ダッシュナイフ・3連Lv4】【鬼斬りLv2】【急所斬りLv1】【乱れ裂きLv1】【開錠Lv1】【鑑定LvMAX】

魔法【回復魔法Lv2】【清潔魔法Lv1】【火属性魔法Lv2】【付与魔法Lv2】【強化魔法Lv2】




 ステータスを確認する。

 随分と強くなったものだ。


「それに最大HPが上がるのが非常にありがたい。MPも増やしたい所だ」


 デイリークエスト報酬のステータスボーナスにより、HPMP以外は同レベルの冒険者よりも高くなっているが、HPMPは素の盗賊の数値で心もとない。

 だが今後も報酬でHPMPの最大値が加算されていくなら、本当に継承者と同等のステータスを獲得できる日も近いと言える。


「あとはこの3つ目の報酬……名匠の鍛冶槌ってなんだ?」


 3つ目の報酬を受け取ると、バチバチと魔力の波動が走り、一振りの鎚が手の平に収まる。

 随所にレリーフによる模様が掘られていて、凝った意匠だが実用的なデザインではない。

 鍛冶槌と言う名前なのだから、武器ではないのだろう。


「【鑑定】」



【名称の鍛冶槌】

 レア度S

 鍛冶スキルを持っていなくとも装備の【切れ味回復】【強化】が出来る。

 使用する度に相応の魔石を鎚で砕いてエネルギーを溜める必要がある。



「ダンジョン内でも鍛冶屋と似たようなことが出来るってことだな」


 ダンジョンに潜って延々と魔物を狩り続けている俺に対するプリムからの餞別なのだろう。

 確かに使っている武器も刃零れしてきている。

 報酬による装備強化をすることで刃零れなどの耐久値も回復するのだが、生憎既に手持ちの武器の強化値は【+10】でこれ以上強化出来ないと言われた。

 今後はこの槌で武器のメンテナンスをしろということなのだろう。


「試しに使ってみるか」


 アイテムボックスから魔石をいくつか取り出し、鎚で魔石を砕いていく。

 すると鎚は淡い光りで包まれるので、その状態で武器を叩けば、あっという間に刃の切れ味が蘇った。


「こりゃ便利だ。今後も使っていこう」


 今後も重宝しようと思いながら鎚をアイテムボックスに収納する。

 ボックス内がごちゃごちゃしてきても使用頻度の高いアイテムをすぐ取り出せるように別枠の収納欄を作ったりと、アイテムボックスの扱いにも馴れてきた。

 無論名匠の鍛冶槌も汎用アイテム用のボックスに入れている。


「にしても、だんだん魔物も強くなってきたな……」


 プリムによる魔物の在庫処分を頼まれる前なら壁蹴りによる跳躍も出来ずにデスファレーナに負けていたかもしれない。

 上から順番にレベルを上げながら魔物を倒していけということなのだろう。


「このままなら終わる頃には60層の魔物を倒せるようになるってことだよな? 生きてれば話だが」


 準備が整うと、足元に転移魔法陣が広がる。

 残り半分。だが難易度は加速度的に上がっていくだろう。

 油断ならないと気を引き締めながら、更に下層へと降りて行く。

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