第24話 ロリエルフとのお茶会

「邪魔だ……」


『グギャ……ッ!?』


 ダンジョン1層。

 飛び込んできたゴブリンが、次の瞬間に首が跳ね飛び灰と化す。

 残された魔石を拾うこともせず、俺は早足でダンジョンの奥へと歩を進める。


 やがて玄室に続く扉を見つけ、辺りに他の冒険者の目がないのを確認してから中に入った。


「ババア! 来てやったぞ! 見ているんだろう!?」


 玄室の戸を閉めしばらくすると、足元に転移魔法陣が出現し、俺の身を包む。


 そして――



「のぅ、ババアはよしとくれんかえ。よしんばババアだとしても、せめてロリババアとな」


 転移先はいつぞや連れて来られた古い神殿のような部屋。

 ダンジョン最下層である前人未到の100層。

 しかも結界とやらが張られているようで、人の手による転移魔法では座標を知っていたとしても弾かれて転移出来ない仕組みになっているらしい。


 俺を呼び出したダンジョン管理人、プリムスと名乗る齢1000歳のエルフは白の貫頭衣を金の帯で結んだ格好でイスに座っていた。

 天賦の中でも純銀と並んで最上級に位置する黄金の髪を腰まで伸ばし、光に反射してその幼い身体をキラキラと輝かせていた。


「ふうむ、レベルだけでなく少年自身も随分と見違えたの、上々じゃて。まずは座れ。喉も乾いたであろうて。紅茶を淹れておいたぞえ」


「俺は茶会に参加した訳ではない」


 プリムの向かいには空席のイスが用意されており、2つのイスの間には古い祭壇のようなものが設置されているが、その上にティーセットが直に置かれていて神秘性を台無しにしていた。


「1000年生きて時間間隔が狂ったババアと違って俺には時間がないんだ。とっとと要件を言え」


 こうしている間にも妹は苦しんでいる。

 一刻も早く妹を治す手段を持ち帰る必要があるのだ。


「そう怖い顔をせんでくれ。ワシはもう数百年、少年以外の人間と口を交わしておらん。唯一の会話相手にそんな怖い顔をされるとその……へこむ」


「…………悪い」


 プリムの眉が悲しげに歪み、素直に謝罪する。

 見た目は幼女だから見た目相応の表情をされると胸が苦しくなるんだよな……。


「それに少年の妹を病で苦しめているのもワシではない」


「その通りだ。悪かった。余裕がなかったんだ、許してくれ」


「ん。ワシもちと横暴が過ぎたかもしれん、ここは互いに水に長そう」


 プリムの言葉で冷静さを取り戻し、イスに座って淹れて貰った紅茶を飲む。


「さて、それでは本題に入ろうかの」


 ティーセットを挟んでプリムが言葉を続ける。


「少年にやって貰いたいのは、ダンジョン内で溜まり過ぎた魔物のガス抜き作業じゃ」


「というと?」


「知っての通りワシはこのダンジョンの管理人をしており。しかるべき場所にしかるべき魔物や罠や宝箱を設置しておる。じゃが近年魔物の製造量に対して冒険者の討伐量が追いついてなくての、日に日に溜まっていく魔物を取りあえず各階層から孤立した空間に詰め込んでおるのじゃが、それもついに溢れそうになっている」


 プリム曰く、モンスターハウスの罠はその独立した空間――倉庫のような所から転移させているらしい。

 モンスターハウスは溜まり過ぎた魔物を在庫処理の役割も持っており、たまに階層のレベルに見合わない高レベルの魔物が出てくるのも、いっぱいになった階層の倉庫に入らなくなった魔物を空いている上階層の倉庫に放り投げているかららしい。


 30層のモンスターハウスのボスが討伐推奨レベル50のオーガだったのもそのせいかよ……。


「魔物を製造しているというのも、俺からしたら驚きだがそれは今置いておこう。でもその製造量を減らせばいいだろ」


「いや、製造量をある程度増減させることは出来るがゼロには出来ぬ。今しているのが最少生産量なのじゃ。ワシはダンジョンの管理人だが、創造主ではないからの。1000年弱ダンジョンのシステムにアクセスを試みておるが、結局システムそのものに手を加えることはついぞ叶わなかった」


 システムやらアクセスやら、聞き馴染のない単語が並ぶが言わんとすることはなんとなく理解出来る。

 じゃあ管理人として責任持ってお前がその増えすぎた魔物を倒してくれよ、とも思ったが、それが出来ないから俺を呼んだのだろう。


「改めて聞くと天の上のような話だな」


「物理的には地の底じゃがの」


「ダンジョンがなぜ出来たのか? どういう仕組みで魔物を増やしているのか? そもそもなぜ魔物を倒すとレベルが上がり、魔法やスキルを覚えるのか? 1000年前から常識になっていたせいで疑問に思ったこともなかったが、よくよく考えりゃおかしな話だな」


「知りたいか?」


「…………まぁ」


「少なくとも今は無理じゃ。ワシは少年を助手として雇ったが、今の少年は精々ワシの手足……いや指の先の程度としか見ておらん。今後お主がもっとレベルを上げ、もっとワシの仕事を肩代わりしてもらい、ワシの思考の部分まで任せられるようになったら、全てを話してやろうかの」


 プリムは遠い目をする。

 落とした視線の先には、波紋をゆらす紅茶にプリムの憂い顔が映っていた。


「まあいい。今必要なのは世界の真理ではなく、リエラを救う力だ。今すぐその魔物を溜め込んでいる部屋まで飛ばしてくれ。時間が惜しい」


「少年は妹のためならなんでもするのだな」


「勿論だ。なんだってする」


「羨ましいの。ワシもそんな兄が欲しゅうものじゃ」


「バカなこと言うな。何世代歳が離れてると思ってんだ」


「こちとら10歳で不老不死にされたんじゃ。精神年齢もそのままじゃて。まだまだ甘えたいお年頃じゃ」


 本気か冗談かは分からないが、プリムの顔が浮かばれないもは確かだ。

 やれやれと思いながらプリムの黄金の髪を撫でてやると、「ふぇ……?」と困惑を浮かべる。


「なんだよその顔は、甘えたいんじゃなかったのかよ」


「気安く触れるな、阿呆」


 めんどくせーババアだなマジで。更年期か?

 プリムはそう言うと俺の足元に魔法陣を展開し、別の座標へと転移させた。




■■■




 ダンジョン100層。

 プリムスの居住エリアとなっている空間。


「ほんと……阿呆な人間じゃ」


 頭を撫でられ赤くなった顔を見られない内にエドワードを転移で飛ばし、1人残されたプリムス。

 彼女はエドワードに撫でられた部位をなぞるように、自分の頭を撫でた。


「これは少年の初仕事であると同時に、ワシの助手に相応しいかのテストも兼ねておる。加減はせぬぞ……エドワード」

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