第21話 人類最強の護衛
「ふぅ、全く教会の横暴な態度には困ったものだわ」
サーニャは立ち上がると、膝やコートの裾についた汚れをはたいた。
「それでどうする? 一緒に地上まで戻る?」
「なんでだよ」
複数の人間がいれば会話が続くが、2人っきりになると会話が途切れる、そんな絶妙な関係なので、向こうが話しかけてきたことに驚いた。
まさかさっきいちゃもん付けたことを怒っているのか?
腕が短くて刀を抜けないんじゃないのか? とか凄い失礼なこと口走ったような気がするし、シメられるのかな……?
マリーがいないし今戦えば確実に負ける。
ていうかマリーのサポート有りでオーガと互角だったのだ。
オーガより強い彼女に勝てるはずがない……。
「…………【鑑定】」
サーニャ・ゼノレイ
14歳
レベル71
職業:侍
HP5500/5500
MP8400/8900
筋力630
防御290
速力550
器用220
魔力600
運値550
あっ、ダメだ。死んじゃう。
「あの……さっきはちょっとテンション高くて舞い上がってたというか、冗談っていうか……」
「……? なんのこと? あなた1人で30層から地上に帰れるかと思って」
可愛らしい顔をぽてんと傾げているサーニャ。
どうやらさっきの一件は気にしていないみたいだ。
懐が広くて助かった。
「心配には及ばん……と言いたい所だが、精神的に凄い疲れた……その、地上まで送ってくれると助かる」
モンスターハウスでの死闘でレベルは29まで上がったが、もう今日は魔物と戦う気持ちにはならない。
お言葉に甘えよう。
「それじゃあ31層に登ってエレベーターで1層へ行きましょ。教会の悪口でも言いながら」
サーニャの小さな背中に並び、ダンジョンを歩く。
「さっきのエルフを待たなくていいのか? それにあいつらを協会に突きださないといけないし」
「構わないわ。アレも私より弱いのに過保護で困ってるの。どこへ行くにもついてくるし。アレの監視から抜け出す良いチャンスだわ。残りの処理は部下に任せる」
「あんたも大変なんだな……」
「ええ、自由に冒険が出来るあなたが羨ましいくらいよ」
「言ってくれるぜ」
実家のコネでこの年でギルドマスターになって、親からステータス継承して、俺からすればサーニャの方がよっぽど羨ましい。
挙句爵位まで持っているときたものだ。
でもまあ、相応の立場にある者にはまた違った悩みがあるんだろうな。
宮殿から出ることが出来ず、こっそり抜け出すも無理やり連れ戻されたマリーを見て少し考えを改め直す。
「にしても、オーガを倒すなんて凄いわね」
「種明かしするとマリー……小聖女マリアンヌに凄い強力な強化魔法かけてもらったおかげだ」
「でも、それ抜きにしてもあなたからは強者の匂いがするわ」
「なんだそれは」
ホビットは鼻が利くというが、強者の匂いというのは嗅覚的な意味ではないはずだ。
感覚的なニュアンスだとしても、つい最近まで自分と妹の食いぶちを稼ぐので手一杯だった俺に対して言う言葉ではないだろう。
「血と灰と汗の匂い。無数の魔物をなぎ倒し、血を浴び、灰を被り、汗を流した冒険者の匂い。私はそれが好きなの」
サーニャの赤い瞳が俺を見上げる。
こうして並ぶと、ホビットの少女はとても小さく儚く見える。
こんなに小さかったのか……。
俺のヘソくらいしかないじゃないか。
暫く目を合わせた後、正面から魔物が出現する。
2足歩行の狼型魔物、ワーウルフだ。
それが4匹の群れとなって立ちふさがる。
「あんた、今武器ないんだよな?」
「心配いらない。あなたはここで見てて」
サーニャは俺の前に出ると、手首と指先を一直線に伸ばし魔法を行使する。
手が魔力の膜に覆われ、その膜は指先から数十センチ先まで伸びている。
あれはマリーが俺のナイフに強化魔法をかけた時の膜と同じように見える。
「【空刃】」
サーニャが腕を振るうと、纏った魔力の刃が手を離れワーウルフの首をまとめて吹き飛ばした。
「武器に纏わせた気を放つ侍のスキル。練習すれば素手でもいける」
「結構なお手前で……」
「さ、そろそろ下り階段よ」
「あ、ちょっと待って、魔石回収するから」
「……確かに」
サーニャと一緒に灰になったワーウルフの魔石を回収し、何もしていない俺に半分くれた。
コイツ、結構良い奴かもしれない……。
そんな風にサーニャが気持ち良く魔物の首を落としていくのを後ろで見ながら、無事地上へ辿りつきサーニャと別れたのであった。
■■■
ダンジョンを脱出し冒険者協会で魔石を換金したエドワード・ノウエンと別れたサーニャ・ゼノレイ。
1人になったサーニャは、先程打ちのめした3人の悪質冒険者を部下が連行してくるのを待っていた。
すると――
「サーニャ様ああああああああああああああ!!!!」
――ダンジョン出入り口方面の大通りから見覚えるのある青髪のエルフが凄い速度で走ってきたのを認め、思わずため息をつく。
腹心である副ギルドマスター、テティーヌ・ブルーローズは膝を付きながら滑ってきて、サーニャの目の前で停止する。
「(さっき似たような光景見たわね……)」
「サーニャ様!? 心配しましたよ! どうして勝手にいなくなってしまうのですか!?」
「あの3人組の被害にあった冒険者の1人を地上まで送っていたのよ」
「サーニャ様ともあろうお方がそんなことを! そんなものは部下に任せてください! もっとご自分の立場を弁えてください!」
「(似たようなセリフもさっき聞いたわね……)」
「つまりサーニャ様と2人っきりでダンジョンデートをしていたということでしょうか!? 羨ましい!」
「ダンジョンデートってなに……?」
自分が赤子の時から面倒を見てくれているお目付け役に辟易とし、同時に小聖女に親近感を覚えるサーニャ。
テティーヌは悪い人間ではないのだが、いささかサーニャを溺愛し過ぎているきらいがある。
この前も下着がいくつかなくなっており、残留している魔力を辿ったらテティーヌの自室に繋がっていたのは記憶に新しい。
「にしてもよく私がここにいるって分かったわね」
「はい! サーニャ様が付けておられる耳飾りにはわたしのマーキングの魔法で徴を付けておりますので、座標を即座に調べることが出来ます。例えサーニャ様がどこにいようにとこのテティーヌ、疾風怒濤で駆けつける次第です!」
「そう。これは返すわ」
3年前の誕生日に貰ったアーティファクトでもある耳飾りを外すサーニャ。
「どうして!?」
テティーヌの言動に嘆息しながら、同時に自分がエドワードという名の青年と2人で過ごした時間がとても心地よかったのを思い出す。
きりりと引き締めているサーニャの表情がわずかに緩む。
「サーニャ様、何か楽しいことでもありましたか? もしやわたしの顔が見れたからですか!?」
「面倒臭い監視役の目から逃れることが出来たからだと思う。その時間ももう終わってしまったけれど」
「そんな!?」
「サーニャ団長! テティーヌ副団長! ただいま戻りました!」
「ん。ご苦労」
ここでテティーヌに遅れてブラックロータスの団員が、瀕死の状態で拘束された3人の冒険者を連行してくるのを確認し、テティーヌとの会話を切り上げる。
「協会もいつも面倒な仕事を押し付けてくるわ。私達のことを自由に使える憲兵とでも思っているのかしら」
「ダンジョン内の秩序を乱す不届きものを取り締まるのも、1000年に渡り常にダンジョンの最深部の探索を先導してきた冒険者貴族、ブラックロータスの役目ですよ」
「分かってる。さ、とっとと協会に突きだしにいくわよ」
テティーヌの小言を雑にあしらい、サーニャは冒険者協会の扉を潜った。
テティーヌに扉を支えて貰いながら。
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