第20話 小聖女の騎士達
音を頼りにダンジョンを駆け、角を曲がると爆発音の正体が判明する。
「あっ、てめぇら……ってなんか死にかけてないか?」
そこには俺達を罠にハメたウーノ、デューエ、トリの3人がいたが、なぜかボロボロに地に伏して死にかけていた。
その周囲には巨大な獣の爪で引っ掻いたような傷痕が壁や床に無数に刻まれている。
どうなっているのかと顔をあげれば、3人組の奥に質の良い装備品で身を包んだホビットの少女とエルフの女がいた。
ホビットの手には鈍く煌く紅色の刀身を持った〝刀〟が握られている。
未だ人の手で作る手段を持たず、ダンジョン下層の宝箱からしか手に入れることの出来ない希少な武器だ。
隣のエルフは刀の鞘を持っており、どうやらホビットが1人でこの3人を半殺しにしたらしい。
桃銀に輝く髪を豊かに伸ばした、白い肌の美少女。
小さな背丈と幼い顔にも関わらず、周囲に圧を与えるオーラを放っている。
「ブラックロータスのギルドマスター!?」
ルカが声をあげる。
思い出した。王都最大のギルド、ブラックロータスの首魁、サーニャ・ゼノレイだ。
隣の青髪のエルフはその仲間だろう。
しかしなぜこんな所にいる?
彼女達のレベルであれば、もっと深い階層で魔物狩りをした方が効率的なはずだ。
「あなた達、彼らに見覚えは?」
サーニャはマリーの美貌に一瞬目を奪われるも、再び表情を引き締め俺達を問いただす。
「知り合いだ。こいつ等に騙されモンスターハウスの玄室に閉じ込められていた」
「そう、やっぱり」
「どういうことだ?」
「冒険者協会から低レベルの冒険者を分不相応な階層まで引き込んでおきざりにし、死体から装備を剥ぎ取る悪質な冒険者を捕まえて欲しいとの要請を受けたの」
落ち着いた喋り方だが、その声は随分と可愛らしい。
「足取りを捜査してここ30層を犯行現場として使っているのを突き止め張っていた所、思った通りこいつ等がその実行犯だったみたいね」
サーニャは脇に控えるエルフに鞘を支えて貰いながら刀を収めると、刀をエルフに預ける。
「テティーヌ、他の張り込み員を呼んできて、彼らを協会へ突きだす」
「御意に」
青髪のエルフ、テティーヌが陽炎のように消えた。
あれは姿を消す【隠密】のスキルか?
どうやら他の仲間を呼びにいったらしい。
「丁度良かったわね、彼らからあなた達の取り分でもあった魔石を取られているんでしょう。魔石、全部持っていっていいわよ」
「ああ、そうさせて貰うがなんか腑に落ちねぇな」
「何か問題でも?」
「コイツ等は俺達がボコボコに仕返しする予定だった」
「獲物を横取りされたのが気に入らないと……?」
「そうだ」
「あなた達でレベル30強の彼らに勝てたのかしら?」
「試してみるか? あんたの武器はさっきの部下が持っていっちまったみたいだし、もしあっても1人じゃ手が短くて鞘から抜けないんじゃないか?」
「…………」
「ちょいちょいエドさん! 彼女に喧嘩売るのはマズいですよ! あの人はオーガより遥かに強いですよ! ここは何とか丸く収めましょうよ……!」
メンチを切る俺の視界を遮るように、ルカが間に割って入る。
「オーガを倒したの? あなた達が?」
「ギリギリだったけど、3人で力を合わせてな」
「そう……あなた達が自力で玄室から出てきたのを見るに、嘘じゃないみたいね。でも私で試すのはやめておいた方がいいわ。あなた達の実力は確かに分かったから」
「…………ちっ」
サーニャには感謝こそすれ恨む理由などないのだが、完全にこいつらボコボコにするムードだったので、不完全燃焼になってしまったのが否めない。
話が一区切りしたタイミングで、背後からガチャガチャと無数の鎧が擦れる音が鳴る。
今度はなんだと振り返る。
こちらに向かってくるのは教会関係者の前衛職が着る白い鎧を纏った一団。
顔面至上主義の教会よろしく、兜は被っていない。
「み、見つかってしまいましたわ……」
迫る教会関係者に顔を蒼白にして怯えだすマリー。
なんだか立て続けに色んなことが起きてるな……。
「小聖女さまああああああああああああああ!!!!」
先頭を走る女騎士が、オーガの咆哮にも負けない声量で叫ぶと、ズザザザザーっと片膝立ちの状態で減速しながら滑り出し、ぴったしマリーの足元で制止する。
金色の長い髪を戦闘の邪魔にならないよう後ろで結んだ美人だ。
鎧も装飾が過度だし、それなりの階級の聖職者なのだろう。
遅れて後ろに続く鎧の騎士達もマリーに跪く。
「えーっと……彼女たちは?」
「普段わたくしの世話をして下さる方々ですわ……その、実はこっそり宮殿から抜け出してまして……」
「なるほどな……」
髪の色を変えてそばかすの化粧で正体を隠していたとえ、マリーは本来やんごとなき身分。
黙って住居を抜け出せば従者が黙ってないだろう。
「む、貴様のその服、東教区のシスターだな。小聖女様の御前であらせられるぞ! 頭が高い!」
「はっ! はいっ! も、申し訳ございません小聖女様っ!!」
教会の人間であるルカもまた、遅れてマリーに跪く。
俺と後ろのサーニャは教会の人間ではないのだが、それでも先頭の聖職者が凄い眼光でお前等も跪けと訴えてくる。
ど、どうしよう。
ルカやマリーは仲間だが、俺は教会の奴等基本的に嫌いなんだよな。
金にがめついし……蘇生魔法を独占してるのを盾に凄い横暴な態度取ってくるし。
「小聖女マリアンヌ様であらせられたとは。先程はまこと無礼を働きましたこと恐縮至極に存じます。重ねてわたくしめのような者が不遜にも小聖女様の玉顔を拝謁してしまったことまこと申し訳なく存じます。此度の無礼、いかような処罰も受ける所存でございます」
かと思えば後ろのサーニャがマリーに対して膝を付く。
物凄い丁寧な謝罪を述べているが、どことなく慇懃無礼な声音というか、マリーへの崇拝ではなく荒波を立てたくないからのように感じ取った。
歴史ある大規模ギルドだと、やはり教会と軋轢を生みたくないのだろう。
そうなると1人取り残されたのは俺だ。
同調圧力には敵わない。
俺も習って頭を下げる。
「ああっ、ダメですエド様ルカ様! お顔をあげてください! そちらのブラックロータスのギルドマスター様も!」
「なりません小聖女様! 下賤の者に対して喋りかけては! 教会の権威にも関わります故、勝手な発言は慎んでくださいませ!」
「何が権威ですの! 冒険者の方から秘匿し独り占めしている蘇生魔法と引き換えに大金せしめてるだけじゃありませんか!」
それあんたが言っちゃダメだろ……。
場所が場所なら大問題になるぶっちゃけ発言じゃん……。
「しょ、小聖女様! 口を慎んでくださいませ!」
「慎みませんわ! それにこれからわたくし達、エド様とルカ様の3人でディナーに参りますの。ですわよね、エド様」
「あー、この状況じゃ無理かと思うぞ……じゃなかった、無理かと思いますでごぜーます」
「そんな! 場末の酒場でチーズをつまみながらエールを煽り、冒険者同士の喧嘩に野次を飛ばしてどちらが勝つか賭けたりしたいですわ!」
場末の酒場にどんなイメージ抱いてるんだ……。
だいたい合ってるけども。
「ええい! 貴様等、小聖女様を丁重にお運びしろ!」
「「「はっ!!」」」
「ま、待ってください! せめて日付が変わるまで!」
「御免!」
「きゃあ~~~~」
マリーは女騎士に米担ぎのポジションで回収される。
「分かっていると思うが、今日ここであったことは他言無用であるぞ!」
「は。存じております」
「りょ、了解でございますでぞんじます」
「そこのシスターも同行してもらう」
「ウ、ウチもですか!?」
「無論だ! 来い!」
「わ、分かりました!」
ルカもまた教会の騎士達と一緒にダンジョンを後にしていく。
ホビットの強者、サーニャと俺だけが取り残されるのであった。
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