第19話 蘇生魔法

「ルカ様っ! ルカ様っ! オールヒール!!」


 100を超える魔石が部屋中に散らばる玄室内。

 小聖女の身代りにオーガの一太刀を浴びたルカへ、マリーは回復魔法を施す。


「ああ……そんなっ……こんなのって……あんまりですわ」


 致命傷を負っていようとも生きてさえいれば全快させることの出来る最上級の魔法も、死者に対しては意味をなさない。

 ……つまり、そういうことなのだろう。


「マリー、ルカを教会へ連れていくぞ。ルカを蘇生させる」


 教会の者のみが、教会施設内部でのみ蘇生魔法を使うことが出来る。

 死体の損傷具合、死後経過した時間、教会への寄付金の額によって成功率は変わるが、蘇生魔法が成功すればルカは生き返る。


「…………いえ、ルカ様は身を挺してわたくしを守ってくださいました。であればこそ、他ならぬわたくしが、責任を持ってルカ様の魂を呼び戻してみせます!」


 ルカは涙を拭って立ち上がると、錫杖を手に持って床に紋様を描き始めた。


「マリー、何をするつもりだ?」


「蘇生の儀式を今この場で執り行います」


「んなこと出来るのか!?」


 蘇生魔法は教会の施設内部でしか発動出来ない特別な魔法だと知らされている。

 ダンジョン内で蘇生魔法を行使するなど聞いたことがない。


「わたくしの蘇生魔法は最大レベル。理論上は可能ですわ。少なくとも今から地上に戻って腐乱を進めるより成功する確率は高くなります」


 手を休めることなくマリーは言う。


「俺に出来ることは?」


「いえ、儀式の準備込みで、蘇生魔法を扱えるわたくしがやらねば意味がありませんの。エド様はどうか、ルカ様のことを思い祈りを捧げてください」


「わ、分かった」


 信仰心などないが、今は神を信じるマリーを信じ、そしてルカの蘇生を祈る。

 マリーは床に魔法陣のような紋様を描き終えると、その中央にルカを寝かせ、オーガが残した大きな魔石をその上に置く。


「魔法陣は地面に直接掘って再現、オーガが残した魔石を解放することで一時的に神所と同等の魔力場を生み出します。神楽は錫杖のみで、神酒はわたくしの血液で代用、他足りないものは全てわたくしの魔力と経験値で賄います」


 マリーは清潔魔法でもって身を清めると、錫杖を数度鳴らす。

 次いで懐から取り出したナイフで自分の手首を切り、指先から滴り落ちて行く血を紋章の溝に注いだ。


 マリーの血に含まれる魔力で魔法陣が輝き出し、オーガの魔石が砕け散る。


 教会の関係者以外は決して拝むことの出来ない蘇生魔法の儀が、目の前で繰り広げられている。


「天に召します掛けまくも畏き我らの母神よ、

 願わくばかの子羊の御魂を今一度呼び戻し給え――」



 マリーはルカの前で跪き、祝詞のような言葉を歌うように奏でる。



「穢れし魂を清め汝の真なる子となるが為、

 御魂の穢れ祓う猶予を与え給え、

 朽ち腐した肉を浄め、凍た魂に灯を与え給え――」



 マリーの髪が魔力の波動に煽られ宙に浮かびあがり、血の注がれた魔法陣が輝き出す。



「斯く在るべき魂を、斯く在るべき肉へ、

 斯く在るべき母の元へ、斯く在るべき姿で還る為――」



 魔法陣の光は輝きを増し、やがて目が眩む程の光量となる。



「大願叶いせし事を、畏み申す、

 天と地と窟と力と知と栄えとは、厘の違えなく汝のもの也――」



 心の底からそう思っているかのように、小さな唇で最後の言葉を紡ぐ。



「――祝福在れ」



 目を開けると魔法陣に注がれた血は一滴残らず蒸発し、魔力の波動も失せ、沈黙が玄室を支配する。


「…………」


 ……成功、したのか?




 果たして――




「…………あれ、マリアンヌ……様? ウチ、どうして……?」


「ルカ様っ!!」


「ルカっ!!」


 ――ルカの青い瞳が再び姿を見せる。


「ああっ! 良かった、本当に良かった!」


「もしかして……ウチ死んでた?」


「心配したぞ!」


「ルカ様のおかげでわたくしはこの命を取りとめました。例え教会の禁を破ってでも、命の恩人を見捨てることなど出来る訳がありませんわ」


「ダンジョン内で……蘇生魔法を……!?」


「細かいことはいいじゃねぇか! 良かったなルカ!」


 上半身を起こし、オーガに切り裂かれた傷のあった場所を撫でるルカ。

 感極まって俺はルカを抱きしめ、その上からマリーも抱擁も交わす。


 マリーの強化魔法がなければオーガに殺されていた。

 ルカがいなければマリーは死んでいた。

 マリーがいなければルカは生き返らなかった。

 そして自惚れる訳ではないが、俺がいなければオーガを倒すことは出来なかっただろう。


 もし誰か1人でも欠けていれば、こうして笑いあえることは出来なかっただろう。


「よーし、魔石もバカみたいにあるし、今日は宴だ! うまい飯食いにいくぞ!」


「やったー! オーガに胃袋丸ごと薙ぎ払われたからもうお腹ペコペコだよ~」


「あのっ! わたくしも参加させて頂いてよろしいでしょうかっ!?」


「当たり前だ! 俺達3人は仲間だろうが!」


「え、ええっ! そうですわよねっ! 仲間ですわっ!」


 3人は小躍りしながら一心不乱に魔石をかき集め、更にボスを倒したのをトリガーにして宝箱も開錠され、中に入っていたアーティファクトを回収する。

 これだけあれば相当な額になるぞ。

 一時はどうなることかと思ったが、終わりよければ全て良しと言えよう。


 だが……問題が1つ。


「俺らを罠にハメたあのクソ野郎共に仕返ししねぇとな」


「そうですわ。冒険者の風上にも置けない救いようのない背教者(カス)共に天誅を下さねば腹の虫が収まりませんわっ!」


 奴らはもうすぐ魔物の群れに殺されたと思っている俺達の死体を漁りに戻ってくるだろう。

 だがここで悠長に待っていられる程俺達は優しくない。


「エドさん、けちょんけちょんにしてやってください」


「あらん限りの強化魔法をかけますので、背教者共を恐怖のどん底に落とし込んでくださいませ!」


「任せろ。半殺しにして協会に突きだしてやる」


 数時間前ならいざ知らず、大量の経験値でレベルを上げ、更にマリーの強化魔法まである俺があの3人組に後れをとる訳がない。

 魔物がいなくなり外に出る扉も内側から開くようになったので、回廊へ出る。

 近くにあいつらが控えているはずだと思い周囲を見回すと、通路の奥から爆発音が鳴り響いた。


「なんの音でしょう?」


「行ってみよう」


 俺たちは足並みを揃えて爆発音の方へ駆け出すのだった。

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