第18話 鬼の王
「…………」
『…………』
玄室の中央で、俺とオーガの視線が交錯する。
お互いに一歩も動くことなく相手を観察している。
俺は鑑定スキルで、そしてオーガは鋭い直感で、敵の実力を測っているのだ。
ただ目の前の冒険者に飛びかかるゴブリンやオークより遥かに高い知能を持っているようだ。
やがて1人と1匹は示し合わせたように、同時に地面を蹴り、肉薄する――!
「うらああ!」
『グラアアア!』
右手の大剣が俺に迫る。
左手の鉄の短剣で受け止める。
ズン――と膝にかかる負荷。気を抜けばそのまま足が地面にめり込んでしまいそうな重量。
次いで来るのは左手の大剣。
右手の痺牙のナイフで鍔迫り合う。
「ぐぐぐ……」
『ゲッゲッゲッゲ!』
オーガは笑みを浮かべて凶悪な面を歪めながら、今度は同時に大剣を振り上げ、叩き潰すように振り下ろす――!!
「【ダッシュナイフ】!」
横に飛ぶと同時にさっきまで俺が立っていた地面が爆ぜ、衝撃波で半球型にえぐれる。
スキル補正による瞬発力を回避のためにだけに使用し、オーガが埋まった大剣を引き抜く隙を突いて、2連目のダッシュナイフで横腹に斬撃を入れる。
――斬!
『グギギギ…………!』
刃は通る。だが大したダメージになっていないのも事実。
「エド様……!」
「大丈夫だ! そこでルカと見ていろ……!」
『ガアッッ!!』
オーガが埋まった大剣を引き抜く勢いを利用した横凪ぎの斬撃を繰り出す。
身を低く屈めて避ける。
頭上を豪風が吹き抜ける。
マリーに身体能力を強化して貰ってなければ避けられなかったかもしれない。
それほど早い攻撃。
人間にとっては大剣に匹敵する巨大な得物も、オーガの筋肉からすれば片手剣に過ぎないのだろう。
レベル差も生物としての格差も歴然。
マリーの魔法でなんとか渡り合える程度まで引き上げて貰っているが、本能がすぐさま逃げろと訴えてくる。
「だから、逃げられねぇんだよおおおおお!」
――斬!
スキル【鬼斬り】を繰り出し、魔力の刃によってリーチが伸びたナイフをオーガにお見舞いする。
『グルルルルル……!』
「効いてはいるっぽいな!」
『グルアアアアアアアアアアアア!!!!』
「うるせえええええええええええ!!!!」
巨剣が迫る。
受け止めるな。動きが止まる。
受け流そうとするな。そんな器用な真似などできない。
はじき返せ! 正面から! 己とマリーの魔法を信じろ……!
――合(ゴウ)ッ!
刃と刃が重なる。
衝撃波が走り、互いの腕が弾かれる。
すぐさま弾かれた腕を元に戻すと同時に、反対側のナイフで斬り付ける。
――合ッ!
オーガもすかさず対となる方の大剣を重ねてくる。
「死ねえええええ!!」
『ゲッゲッゲッゲ!!』
右。左。右。左。右左右左右左――
幾度もの剣戟の音が重なり、小細工なしの正面からの斬撃を延々と、腕が動く限り繰り続ける。
スキルも使わない。
スキルを使えば補正効果によって自分でも予期しない動きをしてしまう可能性があるし、【ダッシュナイフ】で後ろに回避するのは悪手だ。
この間合いが今最もオーガと渡り合える距離だ。
オーガは巨体を生かした長いリーチを生かすには少し近すぎる距離。
俺はナイフで深い一撃を入れるには少し遠すぎる距離。
お互いに十全とは言えないこの距離感故に、この膠着状態が生まれている。
ならば勝負を決めるのは刹那の判断力と精神力。
「ここだあああ!」
『ギイィ……!』
幾合の撃ち合いの最中に一瞬の隙を見つけ、大剣を潜り抜けて俺の一撃がオーガに入る。
だが肉を数センチ裂いただけ。
もっとだ。何度も何度も刃を入れろ。刻め。少しずつ、でも確かに、奴の命を削り取れ……!
『グラアアア!』
「ごっはっ……!?」
お返しとばかりに、オーガに大剣が俺の肩口に叩きこまれる。
鎖骨がメキメキと音を立てながら砕け、食いしばった歯の隙間から血を噴き出す。
――HP90/330
「ハイヒール!!」
――HP330/330
マリーの魔法が俺の身を包み、傷を癒す。
一撃の重さはオーガに軍配が上がるが、こちらには国内最高峰の回復魔法の使い手がいる。
問題はこんなこと繰り返していたら神経がすり減って身が持たないという点だが、逆に言えば根性で気張ればHPがわずかでも残っていれば戦い続けられるという訳だ。
「我慢比べじゃあああああ!!」
『ギギギギギギギッッッッ!!』
大剣の軌跡に合わせて豪風が発生して大気を歪める。
強化魔法が付与された短剣の一閃が残光を描く。
「おらあああああ!」
『グラアアアアア!』
わずかでも隙が見えれば肉を切り裂き、わずかでも隙を見せれば骨を砕かれる。
もう何合撃ち合ったか。
流れる汗と飛び散る土が俺の顔面を無様に汚す。
装備はズタボロでロリエルフから貰ったコートはただの黒い布がかろうじて肩に引っかかっている状態で、なぜこんなことをしているのだろうかと疑問さえ浮かんでくる。
早く楽になりたい。いっそ素直に脳天をかち割られた方が楽なのではないか?
そんなことをわずかでも思えば動きが鈍り、オーガの大剣に骨を砕かれ、すかさず飛んでくる癒しの魔法で、「そうだった。仲間を守るためだった」と思い出す。
「おんどりゃああああああ!!」
『グギッ……グルアアアア!!』
辛いのは俺だけではない。
戦っているのは俺だけではない。
死ぬのは俺だけではない。
「エドさんっ!」
「エド様っ!」
暗闇の底に落ちていきそうな意識を、仲間の声が引き留める。
「でいやああああああ!」
『グ…………ッ!?』
なぜこの人間は倒れないのか。
いくら傷が瞬時に治ろうと、この絶望的な状況の中で正気を保てるのか。
そんな迷いがオーガに生じたのを見逃さなかった。
「ここだっ! マリーっっっっ!!」
「はっ、はいっ!」
シャン――錫杖の心地良い音が鳴る。
「ホーリーシャイン!」
――閃!
魔物の目を焼く聖なる光がオーガの五感から視力を奪う。
『グオオオオオオオ!!』
赤い瞳が瞼の奥に閉ざされ、同時に奴の集中力を途切れさせる。
「【鬼斬り】!!」
魔力で覆われた刃が光の軌跡を描きながら、オーガの二の腕を斬り落とす!
『グギャアアアアアアアア!!』
「次は逆の腕を貰うぞっ……!」
二の太刀がもう片方の腕を狙うその時、オーガの額から縦長の眼球が出現した――!
「なっ!?」
3つ目の瞳!?
オーガの眉間に深く刻まれたシワはどうやら閉じた瞼だった模様。
光で潰れた眼球と入れ替わりで開かれた第三の目が射抜くのは、俺ではなく後方に控えるマリー。
『グルアアアアアア!!!!』
今までは上位魔物としてのプライドで俺との討ち合いに付き合ってくれていたのだろうが、目を潰され腕を切り落とされたらそうもいかないと判断したのだろう。
鼓膜に穴を開けかねないどでかい咆哮を上げながら、オーガは一直線にマリー目掛けて飛びかかる。
「待てっ!」
オーガの背中を追うために体勢を整えるも、今までオーガの斬撃を弾き続けて蓄積された衝撃が腰に響き、身体がぐらりと傾く。
「ちっ! ヒールっ!」
自前の回復魔法で痺れる下半身を治すも、既にオーガの剣はマリーを間合いに捉えていた。
『グルアアアアアアアア!!』
オーガの剛腕から繰り出される一撃が、マリーを守る障壁魔法にぶつかり――
――パリンッ
砕く。
「きゃああああああっ!」
オーガの剣は止まらない。
マリーの彫像のように整った顔が恐怖に歪み、影が落ちる。
いかにマリーが何代にも及ぶ継承によって高いステータスを持っていても、実戦経験はほぼ皆無。
ここでとっさに回避したりもう一度障壁を張るのは無理だろう。
「マリアンヌ様っ!!」
大剣がマリーの美顔を引き裂く寸前、割り込んだルカがマリーを突き飛ばし――
「ルカッ!!」
――グチャリ
「ルカ様っ!?」
――身代りとなったルカが大地に叩きつけられる。
骨が粉々になる音、身体が潰れる音が、嫌に鮮明に響いた。
オーガは仕留め損ねたマリーへ向けて再び剣を向ける。
「ざっけんなああああああ!」
今から走っても間に合わない。
両手のナイフをオーガ目掛けて投擲する。
2本のナイフがオーガの背中に突き刺さり、そして……。
『グッ……グギッ……グギギ……』
オーガは膝を付いて筋肉で覆われた身体を痙攣させる。
今まで蓄積されていた痺牙のナイフの麻痺毒が、今の投擲でようやく発現したらしい。
『グギギギ…………ッ!!』
「ひえっ!?」
だがオーガは麻痺で身体が自由に動かないにも関わらず、剣を捨て、腕を痙攣させながらマリーの頭を握りつぶそうと腕を伸ばす。
「させるかよおおおおおお!!」
駆ける。
今から走って間に合うか分からない。
そもそも武器がない。
素手で突進してオーガを止めることが出来るだろうか。
――ピコン
その時、念じていないにも関わらず、視界の脇に鑑定眼からのメッセージが表示された板が出現する。
□仲間を5人集める(5/5)
□ダンジョン21層に到達する(21/21)
□魔物を100匹倒す(208/100)
※100匹以上倒した場合、討伐数に応じて報酬がグレードアップします。
――デイリークエストが全て達成されています。
――200匹以上の魔物を討伐したため報酬がグレードアップします。
――以下の報酬を全て受け取ることが出来ます。
【報酬1】任意のステータスを+10する
【報酬2】任意の所持アイテムを+5する
【報酬3】ランクB宝箱を入手
俺が板と呼んでいるそのメッセージに意思があるのかは分からない。
けれどもこのタイミングで、デイリークエストが全て達成されていることを表示する文章が出現する。
モンスターハウスでがむしゃらに魔物を倒していた時に達成していたが、多く倒す度に報酬がグレードアップする補足から受け取らずに保留していたのを思い出す。
時間がない。
受け取れる報酬は1つが限界だろう。
であれば今必要としている武器を宝箱から出すしかない!
「見てんのかロリババア! だったら一番つええ武器をよこしやがれえええええ!!」
【報酬3】の宝箱を選択する。
手の平にバチバチと波動が走りアイテムが顕現する。
その間も足は緩めない。
やがて俺の腕に握られたのは――
【盗賊のダガー】
レア度B
盗賊が装備時攻撃力+10
攻撃力+40
――俺が最も得意とする短剣の柄の感触。
『グギギッ……ギギッ!』
「あ……あぁ……」
オーガの手の平がマリーの顔を包み込む、その直前。
「【ダッシュナイフ――」
全力の跳躍とスキルによる補正が超スピードを生み出し、オーガの左側の首筋を切り裂く。
「――2連】」
返す刃で180度反転。
今度は右側の首筋を切り裂く。
オーガの太い脊椎が2度に及ぶ斬撃を耐える。
だが、今度こそ――――!!
「その首いいいいいい! 置いてけええええ!!」
肩を足場に真上に跳躍。
身を捻り身体を回転させ、落下にともなうエネルギーと遠心力を乗せた斬撃が、首に食い込む。
「【鬼斬り】!!!!」
――斬ッ!!
『――――グギャ』
宙を舞うオーガの首。
恨めし気に歪んだ額の瞳が俺を睨みながら落下する。
オーガの腕はマリーに届く直前で停止し、指先から灰となって崩れていく。
「ぜぇー…………ぜぇー…………た、倒した…………っ!!」
――ピコン
――レベルが上がりました。
――お疲れ様、少年。
「なんだよ……やっぱ見てたんじゃねぇか……」
メッセージの文末に表示される一文に悪態をつきながら、俺は地面に大の字で倒れ込んだ。
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