第16話 そばかすの姫
『『『『『グゲゲゲゲゲゲ……!!』』』』』
醜悪な顔。黄ばんだ歯。唇から垂れる粘度の高い唾液。
絶望感を与えるのに十分な外見の魔物が、厭らしい笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてくる。
「……ここまで、ですかね……ウチら殺されたあと食われちゃうんですかね? どうみても人間を頭から丸かじりしそうな顔してますもん」
「あんま言いたかないが、多分ルカとマリーは犯されるかもしれん。そうなる前に死ねればむしろ幸せだろうな……」
「怖いこと言わないでくださいよ! ってかウチもっスか!?」
「オークにとっちゃ肛門も穴であることに変わりねぇからな」
「…………な、なんとかならないですかね?」
「やれるだけのことはやる」
オークを睨み付けながら2本のナイフを構える。
「【ダッシュナイフ・2連】」
狙うは急所の一撃必殺!
オークの頸動脈を狙い斜め前方へ跳躍する。
続いて2連目のダッシュナイフでもって、別のオークの頸動脈を背後から狙う。
『グオオオオオ!!』
「ちっ! 狙いがずれたか……!」
最初のダッシュナイフは見事オークの動脈を切り裂き一撃で沈めることが出来たが、背後から狙った2度目のダッシュナイフは、急所を切り裂くには至らなかった。
逆上したオークの振り上げた棍棒が、俺の胴に直撃する。
「ぐっっっっえ…………っ!?」
――HP2/200
バキバキバキバキ――複数の骨がまとめて折れる嫌な音が響き、吹き飛ばされた先にある玄室の壁に背中を強打する。
「エド様! 今回復しますわ!」
「ごふっ……いや……その必要はない」
「なっ、それはどういう、早くしないと血が……っ!」
「致命傷だ。【Lv1】の回復魔法じゃ治せない」
骨が折れてその下の臓器が潰れて呼吸するのも困難だ。
致命状態になると低レベルの回復魔法では治癒できなくなる。
もし上位の回復魔法でその傷が完治したとしても、この数のオークを同時に相手出来るとは思えない。
回復する度に骨と内蔵をめちゃくちゃにされるだけだ。
しかし――この状況を切り抜ける方法が1つだけある。
だがそれは3人の内2人しか助からない方法であり、今までそれを言い出せずにいた。
「エド様……やはりここまでなのでしょうか?」
「そうだな……ここまでだ」
「…………そうですか」
マリーの肩が震えている。
しかも良く見ればシスター服の下腹部がびしょびしょになっている。
「……っ!!」
ルカも地に伏した俺とマリーを守るように杖先をオークに向けているが、その足は震えているしマリーと同じように漏れ出たポーションが足を伝って床に水溜りを作っている。
俺も現在進行形で血と一緒になんだか分からない体内の汁を流している。
「エド様、ルカ様……提案があります」
マリーが震える声で声を紡ぐ。
「エド様とルカ様の2人だけなら、ダンジョンを脱出させることができますわ……それで協会に助けを――」
「却下だ」
マリーの命がけの提案を遮る。
「マリーがつけている耳飾り、イヤリングオブムーブメントだろ?」
「っ! ご存じだったのですね」
「まぁな。あの3人は気付いてなかったみたいだが」
【イヤリングオブムーブメント】
レア度A
防御+30
使用者をダンジョン入口に転移させる。
1度のみ使用可能。使用後は防御補正が0になる。
鑑定スキルは装備品も鑑定することが出来る。
マリーがやたらと多くのアーティファクトを身に着けていたので、気になって調べさせてもらった。
「申し訳ないんだが……ごふっ……その耳飾り、物凄い高級品なのは知ってるんだが、どうか1つルカに譲ってくれないか? 俺の有り金と装備全部合わせてもイヤリングオブムーブメントの価値に見合わないかもしれないが……どうかこの通り」
有り金が全て入った皮袋をアイテムボックスから取り出しマリーに差し出す。
「いいえ、それならエド様とルカ様がお逃げ下さい」
「金にがめつい教会の奴が高潔ぶってんじゃねぇよ……お前にそれを持たせた奴らは、お前に死んで欲しくないから持たせたんだろ? 全然関係ない人間を助けるためじゃ……ないはずだ」
「でもっ! エド様はわたくしの大切な仲間ですわ! …………それに、エド様ならやろうと思えばわたくしから無理やり耳飾りを奪って脱出することも出来たはずです」
「出来るかよ、そんなこと……」
「なぜですの? わたくし達を置き去りにしたあの方々のように、エド様もわたくしを切り捨てることが出来るはずです」
「あんまりだろ、そんなの……」
裏切られる辛さは俺がよく知ってる。
搾取される苦しさも知っている。
だから、それを他者に押し付けることが出来る訳ないだろうが。
「弱者は強者に搾取される。でもよ、その弱者の中の一際弱い奴が、仲間だと思っていた弱者から搾取されるなんて……救いがなさ過ぎるだろうがよ……」
ここで俺が死んだら病気の妹も死んでしまうだろう。
俺は妹の病気を治すために生きていると言っても過言ではない。
でも、仲間を裏切って生き残っても、胸を張って妹の顔を見れる訳がない。
そこまで修羅には落ちれない。
「…………エド様は、お強いのですね」
「バカにしてんのか、強い訳ねぇだろ。死にかけだ。でもまあ、自分で思ってるより潔癖なのかもしれねぇな……」
既に意識も朦朧としてきて、まぶたも重い。
「いえ、あなた様はとても高潔で、強く、美しい。ですので、あなたをここで死なせる訳には参りません。それは、わたくしが許しません」
マリーは立ち上がる。
震えを押し殺すように、シスター服の胸元を押さえつけ、真っ直ぐオークを睨み付ける。
「やめろ……早まるな。俺を無理やり転移させようなどと考えるんじゃねぇぞ……」
「申し訳ございませんが、イヤリングオブムーブメントは1つたりともあなた方にお渡しすることは出来ません。わたくしもエド様と同じく、仲間を見捨ててのうのうと生きることが出来ない弱い人間ですから……その代わりに、わたくしから別の提案がございます」
目線はオークに向けたままマリーは言葉を続ける。
「……なんだ?」
「もしエド様のレベルが20程あがったと仮定したら、この魔物たちを一匹残らず祓うことが出来ますか?」
「……もし出来るんなら、そうだな、死ぬ気で頑張ってみよう」
「その言葉、信じますわ」
恐怖感を煽る様に、ゆっくりと近づいてきていたオークがついに、ルカの目の前へ迫る。
太い棍棒が天を仰ぎ、落ちる影がルカの小さな身体を覆う。
「っ!?」
「ホーリーシャイン!!」
――閃!
オークの一撃がルカに叩きこまれる寸前、マリーの閃光魔法によって玄室内が強烈な光に包まれ、オーク達から視力を奪う。
だが俺とルカの目は焼かれることなく悶えるオーク達を視界に捉え続けることが出来ている。
魔物の視界のみを奪う魔法か。
「あの3人の冒険者がわたくし達を騙していたように、わたくしもあなた方を騙していました。申し訳ございません」
「マリーちゃん……?」
マリーはルカの前まで歩を進め、シスター帽を脱いだ。
腰まで届く赤毛が広がる。
「そしてもう1つ、ワガママを言わせてください。これから見るわたくしの姿は、決して他言無用でお願いします」
マリーの頭部をよく見れば、当初ケモ耳だと思っていた頭の膨らみは丁寧に編み込まれた髪の塊だった。
ビーストじゃなかったのか。
くるりと、マリーは悶えるオークに背をむけ、そばかすで覆われた顔をこちらへ向けると、頭頂部に纏めあげている編み込みを解いた。
かなりのボリュームがあったようで、髪を下ろしたマリーの赤毛がくるぶしの辺りまで垂れる。
「クリーン」
祈りを捧げるように両手を組んだマリーが使ったのは、ただの【清潔魔法】。
身体の汚れを拭い去るだけの魔法だ。
だがどういう訳か、マリーの身体が輝きだす。
「…………なっ!?」
彼女の髪の色が変わっていく。
塗料で染めていたのだろう。
清潔魔法によって赤色が抜けてその下から本来の色である黄金の髪が姿を見せる。
鼻と頬にこびりついていたそばかすもそういう化粧だったようで、化粧を取り払ったマリーの顔は、その白皙の肌も相まってこの世のものとは思えないくらいに美しく整っていた。
黄金の髪は、教会が信仰する女神と同じ色。
回復魔法系統の〝天賦〟最上位に位置するプラチナブロンド。
髪はダンジョン内の照明に反射して輝く程に艶やかで、マリーの身体が発光しているように感じたのはそれが理由か。
シスター服の汚れもなくなり、股部の染みも綺麗になっている。
「小聖女、マリアンヌ様……?」
マリーの本当の姿を見たルカが、感極まった表情で膝から崩れ落ちる。
それはマリーを鑑定した際にステータス欄に表記されていた本当の名前だった。
「エド様、約束は守ってくださいね。どうかわたくし達を、再び太陽の元まで連れていってください」
シャン――錫杖が掲げられ、俺の身体を魔法陣が包む。
「【オールヒール】【パワーブースト】【ガードブースト】【スピードブースト】【クリティカルブースト】【マジックブースト】【ラックブースト】【ウェポンエンチャント】【アーマーエンチャント】」
マリーの黄金の髪が、魔力の波動に煽られいくつかの房に分かれて宙を泳ぐ。
Lv1の回復魔法では治療しきれない致命傷が塞がり、全身から力がみなぎり、武器が淡い光に包まれる。
オークは奪われた視界を取り戻し、目の前にいるマリー目掛けて棍棒を振り上げる。
そして――――オークの首が吹き飛ぶ。
「多分あんたのことだから耳が腐る程言われてると思うけど……めちゃくちゃ可愛いな、マリー」
「ふふふっ……とても嬉しいですわ、エド様」
俺が吹き飛ばしたオークの首が、数秒の間宙を舞った末に地面にべちゃりと落下して、首を失った胴体もくずおれた。
マリーは俺に身体能力を強化する魔法と、武器を強化する魔法を施したようで、身体が自分の物ではないかのように力で溢れかえっている。
この湧き出す万能感を前に気持ちが高揚するのを抑えきれない。
「わたくし達を救ってくださいませ。王子様」
「やれるだけのことはしてみせるよ、お姫様」
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