第10話 ロリエルフとの再会
1000年前に出現したダンジョンによって、人類の生活ははるかに豊かになった。
魔物を倒した際に手に入る魔石から抽出されるエネルギーによって人々の暮らしははるかに良くなった。
魔石エネルギーで生み出した熱や光は人々の生活をサポートし、逆に熱を奪う冷凍技術の確立で食料の保存も容易となった。
俺は見たことないが重たい物を動かす魔導機関なるものも発明され、大量の物資を遠くへ運ぶ技術まであるらしい。
そして何よりレベルという概念が人類の常識を変えた。
ダンジョンの魔物を倒すことでのみ得られる経験値を溜めることでレベルがあがり、レベルをあげることで肉体が強化されるだけでなく、特殊な技能を扱うことが出来る【スキル】や、超常的な現象を発生させる【魔法】を獲得することが出来る。
更に大陸に3つ存在する国の王都に1つずつダンジョンが出現したことにより、それまで絶え間なく続いていた戦争もなくなった。
戦争で他国から資源を奪うより、ダンジョンに潜って魔石を集めた方が国が豊かになるからだ。
だが――いくら人類の生活が豊かになろうと、力を持たない者は生きていくことは出来ない。
だから俺はもっと強くなりたい。
他者から大切なものを奪われない力を、大切なものを守れる力を……。
……。
…………。
………………。
「…………ここは、どこだ」
「やっと目が覚めたかえ。久しいな、少年」
「……ロリエルフ」
ふかふかのベッドの上で目を覚ました。
身体を起こし周囲を見渡す。
古い神殿のような空間に、無理やり近代的な絨毯やベッドを設置した、変な部屋だった。
ベッドの脇のイスに腰掛けるのは、真っ白な貫頭衣を金色の帯で留めた金髪のエルフ。
「ここはダンジョン100層。ランダムジャンプも座標指定ジャンプでも転移することが出来ない結界の内側で、ワシの寝床じゃ」
よく分からないがロリエルフが普段使っているベッドでさっきまで寝ていたということは理解出来た。
「紅茶でも飲むかえ? 6時間も眠っておったし、その前も長時間も魔物の戦い続けてたのだから、喉も乾くじゃろうて」
状況を把握出来ない俺に押し付けるように、カップに入った紅茶を差し出してくる。
【ただの紅茶】
変哲のないただの紅茶。
鑑定を使ってみたが、毒などは入ってないようだ。
「くふふ。くれてやった鑑定眼を使いこなせているようで何よりじゃ。安心せい、少年を殺すなら毒など使わずとももっと楽な方法がいくらでもあるて」
「……ありがたく頂戴する」
数時間ぶりに喉が潤う感覚が心地いい。
ごくごく飲めるいい感じのぬるさで、ロリエルフの気遣いに感謝。
「あー、お前が、俺にこの前に鑑定スキルを授けてくれたロリエルフで間違いないんだな?」
「そうじゃが、ロリエルフという呼び方はあんまりじゃ。ワシの名はプリムス。そうじゃな……今の世だとプリムと略すと可愛いかもしれんな。よし、プリムと呼んどくれ」
「自分であだ名決めるんだ……まあ、分かったよプリム」
「んで、何から話したものか……」
「俺も分からないことや聞きたいことだらけで何から聞けばいいのか分からんが、まずあんたが何者なのかが知りたい」
するとプリムは「それもそうか」と可愛らしく咳をしてから言葉を続ける。
「ワシはこのダンジョンの管理者じゃ。かれこれ1000年弱このダンジョンの管理をしておる」
「管理?」
「うむ。各階層の魔物の数をチェックして補充したり、宝箱の中身と設置場所を考えたり、トラップをしかけたり」
「ホントかよ……」
「信じておらんな。っていうかさっきから思ってたが少年、年上の者に対する言葉遣いがなっとらんな」
「いや、そうは言うけど見た目幼女だし」
「こう見えて1000年以上生きておるでな」
プリムス
レベル※※※※
HP※※※※/※※※※
MP※※※※/※※※※
筋力※※※※
防御※※※※
速力※※※※
器用※※※※
魔力※※※※
運値※※※※
スキル※※※※
魔法※※※※
「っ!?」
【鑑定】スキルを使用してもステータスが見えない。
――ピコン。
――乙女の秘密をむやみに探るでない、少年。
「!?!?」
隠されたステータスの隣に新しいメッセージ板が出現する。
――ピコン。
――これで信じてもらえるかえ?
顔をあげると、悪戯をした子供のような笑みを浮かべるプリムの顔が目に入る。
鑑定スキルを通して俺にメッセージを伝えることが出来るのか……?
と言うことは毎朝デイリークエストなるものを発行していたのも、彼女の手によるものなのだろう。
「ああ……信じるしかない……信じるしかないですね」
「や。急に敬語になるとそれはそれで気持ち悪いの。鳥肌立ってしもうたわい」
ほれ見よ、と産毛のない腕を見せ付けてくる。
ワガママなロリババアだ……。
じゃあいいよこっちも敬語とか苦手だから今まで通り話すよ。
「あんたが超長生きエルフで、このダンジョンを1000年管理していることは分かった」
納得は出来ないが理解は出来た。今はそう割り切るしかない。
「じゃあなんで俺に【鑑定】スキルを授けたんだ?」
「丁度助手を探していての、ワシがうっかり結界内にもジャンプできる転移トラップを間違えてダンジョン内に設置しまい、少年が偶然結界内に転移してきたものだから、何かの縁と思うての」
雑だなこの管理者。
だがその恩恵でレベルが上がってお金に余裕が出来たのも確かだ。
「んで暫く少年にくれてやった鑑定眼を通して助手に相応しい人柄かどうか観察させてもらった。先のヘルハウンドとオルトロスとの戦いで十分助手たり得ると判断し、少年をここまで連れてきた訳じゃ」
「あのモンスターハウスはあんたが意図的に俺にしかけたってことか……」
何度死ぬと思ったか。
だが【鑑定】スキルやデイリークエスト報酬がなければ、遅かれ早かれどこかで野垂れ死んでいたのも確かだ。
ここでふと気になったことが一つ浮上する。
「レベルが上がってスキルをいくつか覚えたけど、魔法まで覚えていたのもこの鑑定眼のおかげか?」
モンスターハウスでの危機を救ってくれた回復魔法。
俺は魔法を覚える才能はなしと冒険者協会から告げられたはずなのに、なぜか使えるようになっている。
エドワード・ノウエン
レベル16
HP90/120
MP10/70
筋力20
防御14
速力24
器用22
魔力9
運値16
スキル【短剣術Lv2】【双剣術Lv1】【ダッシュナイフLv2】【開錠Lv1】【鑑定LvMAX】
魔法【回復魔法Lv1】【火属性魔法Lv1】
しかもステータスを改めて確認すると【火属性魔法】も追加されている。
どういうことだ?
「鑑定眼にはスキルや魔法を模倣する能力も備わっておる。少年が受けたりよく観察したりするとそのスキルと魔法が使えるようになるのじゃ」
あごに手を添えて記憶を掘り返す。
【回復魔法】はさっきルカにかけてもらったが、あの時覚えたのか。
【火属性魔法】の方は……オルトロスの火炎放射に炙られた時か。
「はは、こりゃ凄い。この力があればあらゆるスキルや魔法が使えるってことだろ?」
だが目の前の幼女(1000余歳)が俺にこんな便利能力を授けたのは、ダンジョン管理者としての助手をしてもらうためと言っていた。
「さっきのモンスターハウスで俺はテストに合格したんだろ? それで俺はこれからどうすればいいんだ?」
「や。話が早くて助かるがまだ暫くは自由にして貰って構わん。とにかく今はレベルをあげよ。何かあればこちらから連絡するての」
「……分かった」
「ああ、それからほれ。先のオルトロスを倒した褒美じゃ。受け取れい」
――ピコン。
【黒衣のコート】
レア度C
光属性以外の属性攻撃を20%軽減する。
防御+50
アイテムボックスの板に【黒衣のコート】の文字が追加される。
早速装備してみると、真っ黒なコートが肩にかかる。
「丈もぴったしじゃ。似合っとるぞ」
「裾が随分長いようだが……」
「ロングコートじゃからそういうものて」
外見の良しあしはともかく、防御+50というのがありがたい。
今装備している皮の鎧は籠手と脛当て全て含めて+20なので、上から羽織れば防御補正は合計+70になる。
今までの3倍強だ。
「ちなみにもう1つ管理者権限を譲渡してやる。鑑定外の自動マッピング機能を解放しておいた。有効に使うがいい」
「へぇ……歩いた場所が自動的に書き込まれて板で確認出来るのか。これどうせなら最初から完成した地図くれないか?」
「それじゃあ冒険者の醍醐味なないじゃろうて。たわけが」
横着しようとしたところ、案の定怒られてしまった……。
「まあなんだ。よくこの短期間でここまで強くなったの。特に最後は鬼気迫る気力でステータスの差を埋めよくオルトロスを倒した。その、まあ……恰好良かった、ぞ」
「そりゃどうも。今後とも世話になるよ、プリム」
「うむ。こちらこそよろしく頼むぞ、少年」
そもそもダンジョンとはなんなのか?
どういう仕組みで動いているのか?
レベルも魔石もスキルも魔法さえ、プリムによって生み出されたものなのか?
なぜプリムはダンジョンに魔物を放ちそれを冒険者に退治させているのか?
魔石とレベルの恩恵を人類に与えるため?
ならばどうしてそんなまどろっこしい方法を使うのか?
ダンジョン管理者の存在を知ったことで、更に深い謎が浮上する。
だが聞いた所で彼女が素直に教えてくれるとは思えない。
それにそんなこと知らなくても困りはしない。
世界の真理について思いを馳せるより、明日の稼ぎの心配をした方がよっぽど有意義だ。
もっと強くなってもっと金が手に入るのであれば、どんなことでもしてやるしプリムに手を貸してやる。
オルトロスとの死闘で更に強くなったのを実感した俺は、プリムによる転移魔法で地上へと戻されたのであった。
地上に戻ると既に日は落ち、時計塔で時刻を確認すれば夜の9時を超えていた。
「やべっ、早く帰らないと。リエラが寂しがってるかもしれん」
露店街で適当に夕飯を購入して貧民層の集合住宅へ到着する。
「うわーん! お兄ちゃーん!」
「うえーん! うえーん!」
「っ! 誰かいるっ!?」
ドアに手をかけようとしたとき、妹の泣き声と一緒に別の声が聞こえた。
まさか強盗!?
「リエラっ!?」
蹴り飛ばすようにドアを開け妹の部屋に突入すると、そこにはわんわんと泣く妹。
そして妹と並んで泣き散らすルカ・カインズがいた。
「お兄ちゃーん! 死んじゃやだー!」
「エドさーん! 生き返ってくださーい!」
「勝手に殺さないでくれ」
「お兄ちゃん……!?」
「エドさん……!?」
俺を発見したルカは、少女に見紛う顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら俺にとびついてくる。
下ろしたてのコートが早速汚れてしまった。
「生きてたんですねっ! 良かったですううううう! ずびーん!」
いや、ずびーんしないで……。
「幸いなことに転移先はエレベーターのある階層でな、魔物から隠れながらなんとか戻ってこれた」
「流石エドさん。信じてました!」
「それでルカはなんで俺の部屋に?」
「冒険者協会にエドさんの失踪届けを出した所、病気の妹さんがいるって協会の人に言われまして、事情を説明するために住所を聞いたんです」
「そうか。悪いな……」
俺の代わりに妹を心配してくれたこと、そしてルカの回復魔法のおかげで生きて帰ってこれたこと、それらの感謝を込めてルカの頭を撫でてやる。
するとリエラが羨ましそうな顔でこっちを見てくるので、ルカを振りほどいてリエラの頭も撫でる。
「帰るのが遅くなってごめんな……」
「心配したんだから……お兄ちゃん」
リエラは頭を俺の腹部に預け、頬と頭を擦り付けるように首を振る。
元々甘えん坊だが、家族以外の目がある所でここまで甘えるのは珍しい。
それだけ俺のことを心配してくれていたのだろう。
……もしかするとルカが大げさに伝えたのも原因かもしれないが。
だが改めて理解する。
俺が死んだ場合妹がどうなるか。
あの金髪ロリータが俺に何をさせようとしているのかはまだ分からないが、向こうが俺を利用するように、俺も【鑑定】スキルの恩恵を利用させてもらう。
絶対に死ぬ訳にはいかないし、絶対に病気を治療してみせる。
そのためにはもっと強くなってみせる。
涙で目元を赤く腫らしたリエラの顔を見て、改めて心に誓った。
「ところでエドさん、そのコート恰好いいですね! ちょっとベトベトしてますけど」
「お前の鼻水だよ」
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