第9話 理不尽な世界

『ガウッ!』


「うぐっ……!?」


 ヘルハウンドの発達した犬歯が、皮の防具を突き破って二の腕に食い込む。



――HP25/85



「離れろクソ犬があああああ!」


 ナイフをヘルハウンドの喉に突きつけ振りほどきつつ、後続のヘルハウンドをダッシュナイフで迎撃する。

 収納魔法で取り出した最後のポーションを飲み体力を回復させ、スキルのクールタイムが終わるまで逃げ続ける。


「死にさらせええええええ!!」


『キャウン!?』



――レベルが上がりました。


――スキル【短剣術】が【Lv2】になりました。



【短剣術Lv2】

 短剣装備時攻撃力+5%

 Lvに応じて短剣の扱いに長けるようになる。



「魔石置いてけえええええ!!」


『キャウン!?』



――レベルが上がりました。


――スキル【双剣術Lv1】を覚えました。



【双剣術Lv1】

 両手に武器装備時攻撃力+2%

 Lvに応じて両手での武器の扱いに長けるようになる。



「これで20匹目!」


 残り10匹くらいだろうか。

 こちらのレベルは上がり続け、敵の数は減り続ける。

 既にあれから4レベルあがってレベル15に到達。

 少しずつ戦況が良くなってきているのを実感する。

 双剣術のスキルを覚えてからは、両手武器の扱いも様になってきたし、押しきれるはずだ。


 そう――思った矢先。


『グルアアアアアアア!!』


「っ!?」


 咆哮と共に襲い掛かる強い威圧感にビリビリと全身の産毛が逆立つ。


「増援っていうか、親玉か?」


 新たな魔法陣が出現し、そこから転移してきたのはヘルハウンドより2回り程大きな犬型魔物。

 口から漏れる吐息には火の粉が混じっており、何より首が2つもある。


「クソっ! 【鑑定】!」



オルトロス

推奨討伐レベル25

筋力C

防御D+

速力C

魔力D

属性:火属性

弱点:氷属性



 見たことがない魔物だし、【鑑定】スキルによる推奨レベルもかなり高い。

 麻痺が入ればなんとかなるかもしれないが、まだ10匹近く残ってるヘルハウンドと同時に相手するのは絶望的だ。


『ガウッ!!』


「うっ!?」


 更にヘルハウンドの牙が太ももに突き刺さる。

 牙が奥深く突き刺さる前にナイフを突き刺し殺害するが、脚を負傷した上にHPが大きく減少してしまった。

 もうポーションのストックはない。


「くそくそくそ……なんか手はないのか……!?」


 もう既にないのは分かりきっているのに、【収納ボックス】を確認したり、自分や魔物の【ステータス】を開いたりして、複数の板を展開する。



エドワード・ノウエン

レベル15

HP20/110

MP60/60

筋力18

防御14

速力22

器用22

魔力7

運値15

スキル【短剣術Lv2】【双剣術Lv1】【ダッシュナイフLv1】【開錠Lv1】【鑑定LvMAX】

魔法【回復魔法Lv1】



 目をせわしなく動かし突破口を探すと、ステータスの魔法欄に【回復魔法】という文字を発見する。

 回復魔法!? いつ覚えたんだ? そもそも冒険者になった初日に、俺には魔法の才能はないと冒険者協会から告げられたはずなのに。

 だが覚えているなら使わない選択肢はない。


「ヒール!」



【ヒール】

 消費MP30

 HPを300回復させる。

 回復魔法Lv1で習得可能。



――HP110/110

――MP30/60



 今まで一度も使ったことのない魔法だが、ルカがいつもしていたように叫びながら強く念じたら発動し、脚の痛みとHPが完治した。


「ここまで来たんだ……死ねるかよ……ぜってぇ生きて帰ってやる……」


 この世界は理不尽だ。


 明日のパンを買う金さえない奴は、ダンジョンでレベル上げをする暇さえなく、底辺は一生底辺のままだ。

 何も悪いことをしていないのに、10歳にも満たない子供が自分の力で立てないくらい衰弱する病にかかることもある。

 王が住む御膝元にも関わらず、ダンジョンに潜れば力が全てを支配する弱肉強食の世界となり、仲間だと思っていた奴に見捨てられることもある。

 それでも腹は減るし、大切な家族を守らないといけない。


 なんの因果か知らないが手に入れたこの力があれば、底辺生活から抜け出すことが出来るし、妹の病気を治すことも出来る。

 理不尽な世界で成り上がることが出来る!


 だから――


「こんな所で死ねるかああああああああ!!」


 疾駆する。

 正面には10匹のヘルハウンド。その奥には親玉のオルトロス。


『ガウッ!!』


 飛びかかってくるヘルハウンド。

 スキルは使わない。

 目を開け、敵の動きを見逃すな、スキルに頼るな、避けろ、身体を動かせ。


「疾ッ!!」


『ギャウ!?』


 スキルを使わず素の身体能力でヘルハウンドを斬り伏せ、前へ前へと進んでいく。


『ゴアアアアア!!』


 オルトロスは2つのあごを開くと、喉奥から火の粉を散らす。

 喉奥が赤く光り――火炎を吐き出した。


「ここだ――【ダッシュナイフ】!!」


 身を低くしながら大地を蹴り上げ、【ダッシュナイフ】による補正でオルトロスの火炎放射を回避すると同時に懐に飛び込む。

 2本のナイフがオルトロスを切り裂く!


「ちっ! 麻痺が発動しない!」


 レベルの高い魔物は状態異常の耐性も強いと聞く。

 一発当てただけでは麻痺には出来ない模様。


「だが、まだだ!」


 ボスを守るように飛び込んでくるヘルハウンドを返り討ちにしながら、【ダッシュナイフ】のクールタイムが過ぎるのを待つ。

 犬の群を捌き、2門の火炎放射を避けながら、脳裏に浮かぶは帰りを待つ家族の顔。


「おらああ!」


『ギャウッ!?』


 最後のヘルハウンドを魔石へと還し、残るはオルトロスのみとなる。


『グルアアアアアアアア!!』


「ぐるああああああああ!!」


 オルトロスが火炎を吐く。

 それを正面から飛び込んで全身で受け止める。

 足は止めない。


――HP90/110


――HP70/110


――HP50/110


――HP30/110


――HP10/110


 高熱に焼かれ、皮膚が焦げる匂いが広がる。

 板が表示するHPがどんどん減っていく。

 オルトロスはまだ火を吐き続けている。

 距離はまだ10メートル近くある。

 まだ足は止めない。


「ヒール!」


――HP110/110

――MP0/60


 HPが尽きる直前、残りのMPを全て使って回復魔法を発動する。


――HP90/110


――HP70/110


 治った皮膚が再び焦げていくのを感じながら、それでも俺は前へ前へと大地を踏みしめ――飛んだ。


「【ダッシュナイフ】!!」


 火炎放射の波に逆らうように飛び、炎の海を抜ける。

 2本の首の間に出ると、右側の首の左目、左側の首の右目を両手のナイフで突きたてる!


『ギャアアアアアア!!』


 耳元で響く巨大な叫び声に鼓膜が揺れる。


「死ねえええええええええ!!」


 負けじと俺もあらん限りの雄叫びを上げながら、引っこ抜いたナイフで今度は逆側の目を潰した!


『ギャアアアアアアアアアアア…………ァァァァ』


 両首の両目を全て潰されたオルトロスは断末魔の雄叫びをあげると、そのまま地に伏せ、数度痙攣したのち、完全に沈黙する。


「はぁはぁ……やったか?」



――レベルが上がりました。


――【ダッシュナイフ】が【Lv2】になりました。


――威力が増え、クールタイムが減ります。



エドワード・ノウエン

レベル16

HP90/120

MP10/70

筋力20

防御14

速力24

器用22

魔力9

運値16

スキル【短剣術Lv2】【双剣術Lv1】【ダッシュナイフLv2】【開錠Lv1】【鑑定LvMAX】

魔法【回復魔法Lv1】【火属性魔法Lv1】



 経験値が入り、レベルが上がったことを知らせるメッセージが表示される。

 つまり、倒したってことか……。


「か、勝った……!」


 緊張の糸が切れ、玄室のど真ん中で大の字で横になる。

 肉体的にも精神的にも極限状態に入っていたせいか、ランナーズハイのような状態に入っていたのだろう。

 さっきまで実力以上の力を発揮することが出来たが、気を抜いた途端今までの反動で身体が動かない。


「やば……落ちる……」


 まぶたが重い。

 両手のナイフを投げ出し、俺は抗えない虚脱感に襲われ意識を手放した。














――ピコン。














――お疲れ様でした。

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