第32話 黄金十二宮
Dクラスの授業が始まってから1月ほど経った頃、神妙な顔つきでメイコ先生が教室に入って来た。あ、こけた。だが彼女は何事もなかったように立ち上がりシリアスな雰囲気を必死で保ったまま教壇に立った。
「来週、1年全クラスでの対抗戦が行われることになりました」
毎日無気力に授業を受けているだけだったDクラスの生徒たちもさすがにこの言葉にはざわつきだした。
「み、皆さん!落ち着いてください!確かに不利な状況ではありますが、諦めずに頑張りましょう!」
不利どころの話じゃないだろう。元々能力が低くい連中が集められているのに授業もたった1か月しか受けられてないんだ。そもそもこの時期にクラス対抗戦なんてやる意味がわからない。
でもまあいいか。別に勝とうが負けようが大したことはないだろう。
「シド、ごはん」
そんなことを考えているといつの間にか昼休みになっていたらしい。マーナが俺の服を引っ張ってくる。
「ああ、いくか」
いつもの様にマーナと食堂へ向かって歩いていると目の間に立っている男がいた。セレス・メルトだ。めんどくさそうだから普通に通り過ぎようと思ったが向こうから話しかけてきた。
「おい、貴様!」
「俺?」
「当たり前だ!」
「はぁ、めんどくせぇなお前。なんだよ!」
「Dクラスの分際でなんだ!その口の利き方は!」
「DクラスがSクラスに敬語を使えとかいう校則はなかったはずだけど?」
「屁理屈を!」
「屁理屈って言葉の意味を辞書で調べてから出直してこい。またな」
「この!、、、ちっ!まあいい。今日はお前に話があって来た」
「じゃあさっさと言えよ。こっちは腹減ってんだ」
「次の対抗戦で負けたらもうアリスにまとわりつくな」
ゴォ!
「ああん?なんでお前がアリスを呼び捨てにしてんだよ」
「ぬっ!」
あ、やべ。イラっとして殺気出ちゃった。
「ふぅ。えーっと言ってる意味が分かんないんだけど?」
「ごほん。貴様のような落ちこぼれがアリス、、殿と親しくしているのはアリス殿の核を下げることになる。分をわきまえろと言ってるんだ!」
「もしかしてお前か?こんな無意味な対抗戦が行われることにんなった原因は」
「いいから私と契約を結べ!」
「バカらしい」
本当にバカらしい。こいつマジ意味わからん。
「待て!」
アホは放っておいて立ち去ろうとすると再び呼び止められる。
「おい、お前いい加減にしろよ?さすがに温厚な俺でも怒るぞ?」
「これを見てもそう言えるか?」
セレスは懐から印が蝋で捺された書類を取り出す。
「んーっと、なにそれ?」
「所詮下賤な貴様にはこの印の意味すら分からんか!これは我がメルト公爵家の紋章だ!」
公爵か。
たしかマルグはバイス王国やディセウム帝国の貴族たちから理不尽に追い出された平民たちが手を取り合い未開の土地を切り開いて作った国らしい。
彼らは優秀だった。まあだからこそ貴族の怒りを買ったのだろう。権力者とはそういうものだ。
だがいつしかマルグの有力者たちは元々なかったはずの爵位を自ら作り出したという。憎んでいたはずの貴族に自らなったのだ。嫌悪と同じぐらい憧れもあったんだろう。
「で、それが何なんだ?早く言え」
「これは正式な公爵家からの命令だ。断れば貴様は罪人となる!」
「お前はまだ当主じゃないだろ?なんでその印を使える?」
「父に頼んだのだ!」
「何をドヤ顔で言ってやがんだ。ただのバカ息子じゃねーか」
「なんだと!」
「わかった。受けるよ、その契約」
本来の目的は潜入。罪人になるわけにはいかない。
「始めからそう言えばいいのだ!ではこの契約書にサインしろ」
俺が名前を書くとその契約書は光り輝いて消えていった。こうして結ばれた契約は当事者同士の絶対的な縛りとなる。
「契約が結ばれた!それでは対抗戦で正々堂々戦おうではないか!はははは!」
そう言って満足げにセレスは去っていった。まああの契約書には俺が勝った場合のことは何も書かれていなかった。つまりセレスは負けても何もない。ノーリスクな戦いということだ。それなのに恥ずかしげもなく正々堂々と言えるんだからあいつは大したもんだ。本当に心の底から対等な勝負だと思っているんだろう。公爵と平民としては。
やっと食堂に辿り着くとアリスたちが席を取って待っていた。
「おい!おせーじゃねーか!シド!」
「シドお兄ちゃん!待ちくたびれたの!」
「わるいわるい」
「シド様、なにかありましたか?」
「いや別に。とりあえず飯食おうぜ」
アリスたちにセレスとのことを言ってもよかったが言う方がめんどくさかった。そう思っているとアリスが楽しそうに話しかけてきた。
「シド!知ってるか!?来週クラス対抗戦があるんだってよ!久しぶりに俺とシドの対決だぜ!楽しみだな!」
めっちゃ嬉しそうだった。そう考えたらガキの頃はよく勝負していた。まあ俺は勝負が始まると同時に黒焦げになっていただけだが。
「ああ、楽しみだな」
「おう!手加減なしで行くぜ!」
「かかって来いよ!」
アリスの楽しそうな顔を見て覚悟を決めた。
*
「いいの?アリスはやる気満々」
食堂から教室へ戻っているとマーナが珍しく話しかけてくる。というか珍しく起きていた。というか寝ていて起きなかったから背負って教室に向かっていたのだが。ん?俺が背負ってる意味なくね?
「起きてるならとりあえず降りろ。お前」
「またいつ寝るかわからない。降りたと同時に寝る可能性も多大にある。故にここで私を降ろすのは早計」
「お前人の背中でよくそんなにペラペラとしゃべれるな」
「で、対抗戦はどうする?」
「アリスは本気で戦いたいみたいだしな。久しぶりに思いっきり遊ぶさ」
「でも負けたらもうアリスと居られない」
「俺が負けるかよ」
「アリスが本気を出すならかなり手ごわい」
「だったらお前も本気出せよ」
「すー、すー、すー」
「寝たふりすんな。放り投げるぞ」
「、、、しょうがない。ただ頑張ったらご褒美」
「何が欲しいんだよ」
「新たな激辛料理を所望」
「しょうがねーな。対抗戦が終わったら連れてってやるよ」
「約束」
「はいはい」
そして学園は対抗戦の日を迎える。
*
獣人国ガルズ。王の前にはレオンが跪いていた。
「レオンよ。貴様、占領した王国領をあっさりと帝国に渡して逃げ帰ってきたようじゃのう」
老いた狼の獣人がレオンを叱責する。彼はガルズ現国王ミルド・ガルズである。
「その通りです。申し訳ありません」
「なぜ退いた」
「勝てないと判断したからです」
「自国の領土を守るためならどれだけ不利であろうと最後の瞬間まで戦い尽くすのが獣人ではないのか!」
「すみません。獣人の定義がそんなところにあったとは知らなかったもので」
「バカにしているのか貴様!」
「、、、はい」
「はぁ?」
それがミルド・ガルズの最後の言葉となった。なぜなら次の瞬間には彼の首は宙を舞っていたから。
「レオン!貴様何をしている!」
王の横に控えていた第一王子ヨルド・ガルズが剣を抜いてレオンに斬りかかる。
「火蓋が切って落とされたということですよ。やっとね」
「はぁ?」
すぐにヨルドの首も宙を舞った。
「さすが親子。最後の言葉は同じでしたね。、、、そう言えばもう敬語いらねーんだった。染みついちまってるな。はぁ、嫌になるぜ。まあクズとその息子には相応しい最後だったな」
「頭でもおかしくなったか!レオン将軍!」
王の間にいた近衛兵たちも反逆者のレオンに向かって斬りかかってくる。
「頭がおかしいのは最初からお前たちの方さ」
十数秒後、王の間は血に染まり、生きているのは返り血に染まったレオンただ1人だけだった。
「じゃあ俺はここで待つとしよう。誰が一番最初に来るかな」
*
ガルズ王都南西部
金牛宮ササ、宝瓶宮アクセル
「合図だよ~。もう行くよ~」
「やっとかよ。もう飲めねーよ」
「なんで仕事前にそんなに飲んでるんだよ~」
*
ガルズ王都北東部
双魚宮シス、磨羯宮キャプリ
「合図だよ、キャプ!」
「楽しくなりそうだね!シス!」
「二人でがんばろ!」
「「いえーい!!」」
*
ガルズ王都南東部
人馬宮サジタリウス、天蝎宮コーピオ
「行きますよ。コーピオ」
「わかってるわよ。私に指図しないんで」
*
ガルズ王都北西部
白羊宮リース、巨蟹宮キス
「作戦、もぐもぐ、スタートだぜ、もぐもぐ」
「もぐもぐしながら大事なことを言うんではありません!」
「もぐもぐ」
*
ガルズ王都地下
双児宮ジェミニ、処女宮スピカ
「ははは、面白くなってきたな。スピカ」
「別に面白くはないけど」
*
そしてガルズ王都上空には一人の男が立っていた。
黄金十二宮元締め、天秤宮ライブラである。ライブラは宙をゆっくりと歩きながら滅びゆく獣人国を見下くだす。
「さあ輝け、十二宮」
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