第30話 闘気

ヘトヘトになって部屋に戻ると、ルームメイトのミルだけでなくアリスとエンリも待っていた。




「ん?みんな揃って何してんの?夕飯食わなくていいのか?」




「もう食った。最近シドがすぐ寝ちまってつまんねーから、ソッコー食って遊びに来た!」




アリスは若干不機嫌そうだ。




「私はアリス様の付き添いです」




エンリは礼儀正しい。




「ミルはお兄ちゃんと遊ぶって聞いたから、アリスお姉ちゃんとエンリお姉ちゃんと早めにご飯食べて待ってたの!」




うん、ミルはいつも通り。元気だ。




「おいシド!それでお前最近何やってんだよ!授業ねぇはずなのに毎日ヘトヘトで帰ってくるじゃねーかよ!」




「うーん、アレだよアレ。修行」




「修行!!!」




食い気味にアリスが迫ってくる。さっきとは打って変わって目がキラキラしている。そういえばこういうフレーズ好きそうだもんなこいつ。




「俺もやる!修行やる!シドだけずりーぞ!」




アリスが俺の襟首をつかんでぐいぐいやってくる。




「いや、お前は授業あるだろ!てかグイグイするな!苦しい!」




「授業なんてそっこーサボってやんぜ!ウザいやつもいるし!」




「ウザいやつ?」




「前に食堂でからんできた男です。最近アリス様に付きまとっているのです」




「付きまとってる?」




「一応アリス様は豪商の娘と身分を偽装されていますし、魔法の才も素晴らしいので自分の伴侶にと思っているようです」




ピキ




「そういやアイツはよく燃えそうだったな」




「シドお兄ちゃん!怖いの!」




おっとヤバいヤバい。もう使わないと決めていた黒い炎を一瞬使おうと思ってしまった。




「ミル、悪い悪い。ちょっとはっちゃけそうになっちゃった。もう大丈夫!」




「それならよかったの!お兄ちゃんがしょうもない理由でめっちゃ重かったエピソードを台無しにしようとしている気がしたの!」




「うん、ありがと。ただそういうことはあんまり口に出すもんじゃないぞ」




「はい!わかりましたなの!」




元気よくミルが手を上げる。




「なんだよ!シド!やきもちか~?」




その隙にアリスがニヤニヤしながら寄ってくる。




「別にちげーよ。それに俺は今修行で忙しーしな」




「ほんとか~?」




「ニヤニヤしてんじゃねーよ!」




「てかそういえば修行するんなら俺の回復魔法が必要じゃねーか!何で黙ってたんだよ!」




さっきまでニヤニヤしていたアリスの顔色が変わる。




「いや、今回の修行はお前の回復魔法に頼らず戦う力を身に着けるものだから」




「えっ、、、」




「アリスに頼ってばっかりじゃいけないと思ってな。回復魔法なしで戦える方法を教えてもらってる」




「、、、うな」




「え?」




「、、、教えてもらうな」




「は?」




「そんなもん教えてもらうんじゃねぇ!!!」




「なんでだよ!これからアリスに頼らずに戦わないといけない時だって来るかもしれねーだろ!」




「そんなときこねーよ!シドが戦うときは絶対俺も一緒だ!そんなくだらねーもん習うならシドとはもう絶交だ!もう遊んでやんねー!!!」




そう言ってアリスは部屋を飛び出して行った。




「シドお兄ちゃん、えっとミルはアリスお姉ちゃんにごめんなさいした方がいいのかなと愚考しますの」




「シド様、アリス様を追った方がいいのでは」




「うーん、今回はアリスには悪いが俺の意見を通させてもらう。お前ら二人には学園でのアリスのことを頼んだ」




アリスと言い合うことはガキの頃から腐るほどあったが、こんな感じの喧嘩は初めてだな。でも折れることはできない。俺が戦うたびにアリスが俺の傍にいなくちゃいけないんなら、俺はまたアリスを燃やしてしまうかもしれない。それだけはもう二度とごめんだ。だからこそ一人で戦える力がいる。











翌日俺は一人でまんぷく食堂に来ていた。




「ん?どうしたんだい?今日はマーナのお嬢ちゃんは一緒じゃないのかい」




「今日はここに来ないって言って弁当をあげてきたからね。今は食って寝てるだろう」




「どういうことだい?」




「のんびりしてもいられなくなった、、、ような気がした。なんとなく。だから今日は本気で戦ってほしい。俺を殺す気で」




「いいのかい?」




「闘気を使えなきゃ死ぬ。それぐらいじゃないときっと俺には習得できない」




「本気で殺す気で行くよ?」




「ああ。はぁーあ。こういうの一番嫌いだったのにな。人を好きになるのってたまらねぇな!」




「ふふふ、そんなもんさね」




「「ははははは!」」




2人でひとしきり笑った後、互いに覚悟が決まった。ミツコさんの目の色が変わる。というか体格まで変わっていく。恰幅の良かった身体がどんどんしぼんでいき筋骨隆々の洗練された姿となった。そして闘気の色もより深い赤へと変わっていく。




「悪いけど手加減はできないよ。これから放つのはただの正拳突き。だが闘気を纏わなければ受け止めることはできない。生身で食らえば死ぬよ。ヤバいと思ったら避けてもいい。その全ての判断はあんたに任せる。私はこれからただの正拳突き一発に集中する。止めることはできないよ」




「わかってる。ミツコさんありがとう」




「この正拳突きの後でまたあんたと話せることを祈っているよ」




そう言ってミツコさんは拳を構えて集中しだした。ミツコさんは本気になってくれた。ありがたい。もうミツコさんが止まることはないだろう。あとは俺が生きるか死ぬか。ただそれだけだ。やってやろうじゃねーか。




「ふしゅー」




ミツコさんはゆっくりと息を吐き拳を突き出す。目の前に迫ってくる拳をみて確信する。これを食らうと俺は死ぬ。




今ならまだ避けられる。まだ早かったんだ。避けよう。






『いや、ダメだ。それじゃ強くなれない。なんとしてもこれを―』




『どうでもいい!強くならなくてもいいから死にたくない!いやだ!早く避けなきゃ!早く避けなきゃ!逃げなきゃ!くそ!足が動かない!嘘だろ!嫌だ!死にたくない!』






―俺たちはずっと一緒だ!-






『アリスを残して、、、いや違う!アリスと離れたくない!死んだらアリスともう会えない!それだけは絶対に嫌だ!』




『死にたくない死にたくない死にたくない!生きたい!』






―アリスと生きていたい!―






「うおおおおおおお!!!!!」




ドゴーン!




「ごは!」




俺はミツコさんの正拳突きを食らって吹き飛ばされたが何とか生きていた。




「闘気が発動したようだね」




「はぁはぁはぁ」




「闘気は死にたくないという気持ちから生まれる力だ。どんなにカッコつけても人ってのは死にたくないもんだ。人だけじゃない。生き物ってのはそういうもんだよ。むしろ動物たちの方が正直だ。人間は生命力を正直に力に変えられない。逃げ道を沢山思いついてしまうからね。でも人間は動物と違って生きたいという思いに本能以外の気持ちが宿る。あんたには何が宿った?」




「、、、好きな女がいるよ」




「充分だ。あんたはちゃんと生きるために戦える。卒業試験合格だよ」




「ありがとうございます」






シド




魔力総量 ∞


有効魔法範囲 0


属性 火




スキル


火耐性 強




エクストラスキル


不死鳥の炎


”#地$%獄%の$炎#”


日輪の炎


闘気








シドが気を失ったことを確認してからミツコは振り返らずに背後に声をかける。




「あんたもよく我慢したね」




隠蔽魔法でずっと姿を隠しながら後ろで見ていたアリスが姿を現す。




「俺はシドを信じてるからな」




「シドの力をかい?」




「いや、シドは俺を絶対に一人にはしないってことをだ」




「そうかい」




ミツコは優しく笑いいつもの恰幅のいい体形に戻る。




「シドは連れて帰るぜ!」




「ゆっくり寝かしてやりな」




「本当ならシドを傷つけたお前をぶっ殺してやりたいところだが、シドに食わせる飯をよこせば勘弁してやる」




アリスは小声でそう呟く。




「ははは、じゃあ好物の激辛料理を持ち帰りにしてやるよ」




「激辛はダメだ!ここは身体にいいやつだろ!」




「、、、腕によりをかけて作るよ」




一瞬驚いた顔をしたミツコだがすぐににっこり笑って答えた。






ミツコに作ってもらった料理を持ち、アリスはシドを連れてシドの部屋へと転移した。




「お兄ちゃん、お姉ちゃん!おかえりなの!ってお兄ちゃんがボロボロなの!」




「ミル!シドを寝かせるから手伝ってくれ!」




「う、うん!わかったの!」

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