第26話 シド帰ってくる、そしてマルグへ

「いらっしゃいませー!なの!」




ミルが元気よく出迎えると、目の前には珍しいというかあり得ない人物がいた。




「シドはおるか!?」




女王であるメリダだ。そして珍しく焦った顔をしていた。




「ママどうしたの!?」




「とにかくシドはおらんのか!」




「シドお兄ちゃんならドレイってのになってるの!」




「はぁ!?」




メリダはアリスとメイから事の顛末を聞く。




「いや、あの位の賠償金は払えたはずだろう!だから放っておいたのに!」




「あん時は俺が有り金ほとんど使っちまってたからな」




もちろんアリスは悪びれもせずあっけらかんと答える。




「そ、それでシドが奴隷になってどれぐらい経つのじゃ!」




「1カ月半ぐらいだな!シドのやつ早く帰って来やがれってんだ!」




アリスは頬を膨らませる。




「お主ら奴隷って何かわかっておるのか?」




恐る恐るメリダがアリスとメルに尋ねる。




「出稼ぎ?」




「一人旅?」




2人共何もわかっていなかった。むしろなぜシドがあんなに嫌そうに旅立っていったのか不思議に思っていたぐらいだ。




「バカ者!鉱山へと送られた労働奴隷は死ぬまで働かされるのじゃ!シドはもう帰ってこないのじゃぞ!」




「はぁ!?そんなの聞いてねーぜ!」




「え!?お兄ちゃん帰ってこないの!?」




「そんな鉱山吹き飛ばしてやるよ!行くぞ、ミル!」




「任せてお姉ちゃん!ミルが全部食べちゃうの!」




「二人ともちょっと待て」




今にも飛び出して行きそうだったアリスとミルをメリダが止める。




「わらわが買い戻すからじっとしておれ!」








全然助けに来ないなあいつら。アリスはダメでも日輪隊の誰かなら俺が奴隷になっているなら助けに来ると思ってたんだけど。、、、もしかしてあいつら俺が居なくなってることに気付いてないとかないよな。確かに店を出してから連中に丸投げでほとんど顔を出してなかったけど。、、、いやいやいや、さすがにそれはないだろう。そうだきっと俺をこの地獄から救い出す機会をうかがってるんだろう。そうに違いない。そうであってほしい。そうでないと困る。




「1113番!手を止めるな!」




「はい!すいません!」




「この愚図!」




「申し訳ありません!」




ここに来てからの俺の仕事は鉱物の運搬と鞭に打たれることだけ。一日18時間休憩なし、寝る時間以外はひたすら働かされている。飯は一日に一回、仕事終わりにおにぎりが二つもらえるだけだ。




こんな生活を1月過ごしたところでさすがの俺も理解した。ああ、助け来ねーわと。そこから俺は変わった。




「頼みますよ~。看守殿~。ちょっとだけおにぎり多めにくださいよ~」




ここから出られる可能性が絶望的になったことで逆に俺は前向きになれた。この閉ざされた世界で一番多くおにぎりを食べてやろうと。考えた挙句俺は周りが引くぐらい看守に媚を売るようになった。




「大きめのおにぎりあざーす!」




今日も今日とて媚を売る。ちょっとだけ大きいおにぎりがもらえた。こうして俺のサクセスストーリーは始まっていくのだ。




「し、シド?」




そんな未来に希望を抱いている時、見たことがある女王が俺の目の前に現れた。




「つ、辛かったんだな」




なんか哀れみの目で俺を見てきている。




「いやいやいや、違う違う違う。作戦、これは作戦。敵の懐に入りここからの脱出をもくろむ。そうそうそう!そのためにあえて媚びへつらっていたんだ。めっちゃ計画通り」




「わらわは何も見なかったぞ」




「やめてそういう気づかい。なんか余計へこむから」




「すまん。では見たことにする」




「、、、いや、見なかったことにして」




この日俺はメリダに買い取られ、一月半続いた奴隷生活から卒業することになった。








久しぶりに帰った日輪亭は俺が奴隷になる前の2倍ぐらいの客で溢れていた。ビビった。そしてショックだった。俺なしでめちゃくちゃ儲かってんじゃん。名前だけのオーナー、俺。名前だけの店長、アリス。名前だけだから何もしていない。この店を人気店にまで押し上げたのは副店長に任命したハンスだ。こいつは地味に商才があったらしく、更に前線に立つことも出来なくなったために店の拡大に全力を注いでくれているらしい。




そんなこんなで俺は久しぶりに帰って来た日輪亭でしばらくボーっとしていた。そう、誰も気づかないのだ。もちろん厨房の奥で必死に働いているエンリはしょうがない。問題は他の連中だ。




日輪隊の連中、もといクソ野郎どもが俺の帰還に気付いたのは店が閉店してからだった。




「あれ?隊長殿久しぶりですね」




ゲイルがやっと話しかけてきた。てかこいつめっちゃ忠臣みたいなノリじゃなかった。俺に気付くの遅すぎじゃね。




「、、、結構前からいたけどね。てか俺が奴隷になってたって知ってた?」




「も、申し訳ありません!アリス殿からシド様は先の戦いのために修行に出ていると聞いていたのですが?」




「、、、まあ修行と言えば修行だったかな。地味にスキル増えたし」








シド




魔力総量 ∞


有効魔法範囲 0


属性 火




スキル


火耐性 強


精神耐性 狂


身体強化 弱




エクストラスキル


不死鳥の炎


”#地$%獄%の$炎#”


日輪の炎






まあ身体強化に関してはえぐいぐらいの肉体労働をさせられたからな。ただ『精神耐性 狂』って耐えれてないじゃん。狂っちゃってんじゃん。






「さすがシド様!更にお強くなって帰ってこられたのですね!」




めっちゃキラキラした目でゲイルが見てくる。だからまあ適当に答えた。




「今までの俺とは一味違うぞ」




とりあえず、それっぽいことを言って決めてみるとゲイルはめちゃめちゃ感動していた。




何かこのあと他の隊員たちがやってくるともっとめんどくさくなりそうなだったので俺は自室へと戻ることにした。だが部屋に入るとすでに先客がいた。ハーネス国女王メリダである。




「女が一人で男の部屋に入るもんじゃないと思うけどね。女王さん」




「わらわに手を出せばアリス嬢に殺されるのでは?」




「、、、要件は?というかなんで俺を助け出した?」




「要件は一応ある。だがそもそもわらわの直属である部隊の隊長がなぜ奴隷になっているのじゃ!」




「だって賠償金が払えなかったんだもん。てか女王であるお前が助けてくれるべきじゃねーのかよ!」




「まさか賠償金を払えないとは思っていなかったのじゃ!」




「うちのアリスが出来過ぎる女で、ちょっとな」




「まあよい。とりあえずわらわもこの1か月戦後処理に追われておりお前の状況に気が付かなかった。すまない」




メリダが俺に頭を下げる。




「いや、そういうの止めて。完全に自分のせいなのにそんな感じで来られたら逆にキツイ。むしろ罵倒されてそこにおれがぎゃーぎゃー文句を言うみたいなのが正解な気がするんだけど」




「ではその通りにもう一度やり直そう」




「いや、もういいから。そんなことしたら俺奴隷以上の地獄味わうことになるから」




「ど、奴隷以上の地獄じゃと!?」




「ああ、そういうのもいいわ。で、俺に何をさせに来た?」




「我らと王国軍との戦争のあと、王国の敗北が分かっていたかのようにマルグとガルズが王国に攻め込みあっという間に王国領を占領した。東側をマルグ、西側をガルズじゃ」




「なるほどな。その二国が王国を操っていたんだな。帝国もいいように使われたんだろう。まあ自業自得だ。どうでもいい」




「ここまでならな。じゃがこの話はここで終わらん。せっかく手に入れた旧王国領をマルグもガルズも奪われることになる」




「、、、帝国にか?」




「そうじゃ。帝国軍はあっという間に二国の兵を退けて旧王国領を占領し、アルセウス大陸最大の国となった」




「あの男だな」




「ああ、帝国に亡命してすぐにメメ・レイスはともに亡命した自軍を率いて二国から旧王国領を奪い取ったらしい」




「あいつがこだわりを捨てて本気を出せばそれぐらいできるだろう」




「これから帝国はどう動くと思う?」




「すぐには動かねーよ。とりあえず占領した領土の平定するのに忙しいだろう。ただあいつは確実に俺を殺しに来る。あいつはルールを元に戻したいはずだからな」




「ルール?」




「それよりも今回の王国軍の侵攻を裏で操っていたのはマルグかガルズのどちらかだってことだ。直近で警戒すべきはこの2国だろうな」




「そこでお主たち日輪隊に動いてほしいのじゃ」




「動くってのは?スパイみたいなことか?」




「アリスの無属性魔法なら容易かろう。それにお前なら力尽くで帰ってこられるだろう?」




「たぶんそうだけど、王国が滅んだとしても俺たちは未だにお尋ね者だろ。冒険者ギルドは国境を越えた組織だからな」




「そこなんじゃが、冒険者ギルドの本部は王国にあったからのう。今冒険者ギルドはバタバタしておる。だから多分大丈夫だと思うぞ」




「うーん、多分じゃちょっとな」




「だがそもそももう今のお主の力なら冒険者ギルドごとき恐れることはないじゃろう」




「俺一人ならな。でもアリスは別だ。アリスは天才だけど戦闘能力はない。だから簡単には承諾できない」




「そうか、、、」




「行こーぜ!シド!旅行みたいで楽しそ―じゃねーか!」




アリスを危険に晒すわけにはいかないと真剣に考えていたところであっけらかんとアリスが現れる。アリスは俺にマーキングをしているからどこにいても俺の傍に転移できる。てかそれなら早く奴隷から助けてほしかったんだけど。




「だってあれはシドの修行だと思ってたからよ!俺も寂しかったけど我慢してたんだぜ!褒めてくれよ!」




「てか毎回俺の心を読むなよ!お前そんな魔法あったっけ?」




「通信魔法の進化版だな!シドの心の声だけは聞こえるんだよ!」




「なんでだよ!」




「それは俺も謎だ!愛じゃね?」




「、、、愛じゃ、、、しょーがねーか」




「だろ!」




アリスは満面の笑みで俺を見つめる。




「ごほん!それでは行ってくれるのかのう?」




甘ったるい空気を遮るようにメリダが確認をする。




「アリスが行きたいなら俺には何も言うことはない」




「おっしゃー!楽しみだぜ!おやつはいくらまでだ?シド!」




「好きなだけ買っていいぞ。長旅になりそうだ」




「おっしゃー2!買いまくってくるぜ!」




アリスはさっそく駆けだして行った。




「ミルも連れて行ってくれ。あとの人選はシドに任せる」




こうして俺たちはマルグとガルズへと向かうことになった。

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