第24話 メメント・モリ

「メメ様、どう攻めるのですか?」




メメの私兵団一番隊を任されているバーナ・エルカルデが聞いてくる。




「なんだ?楽しそうだな」




「先日の戦争では働けませんでしたから、久しぶりの戦争に胸が躍っているのです」




「元バイス王国の東方はマルグ、西方はガルズが占拠している。俺たちはまずマルグを叩く。ガルズの方は帝国軍に任せる。俺たちがマルグを落とすまでの時間稼ぎになれば上々だ」




「つまりマルグはメメ様の私兵である俺たちだけで落とすと?」




「そうだ。不安か?」




「まさか!嬉しいのです!久しぶりの戦争がこれほど歯ごたえのあるものになるとは!」




「他の隊長たちは?」




「連中も今か今かと出陣の時を待っています」




「じゃあメメント・モリ13番隊に伝えろ。死ねと」




「ははは!わかりました!」




メメント・モリ13番隊とはメメの私兵であり、唯一王の命令よりメメの命令を優先する独立部隊だ。彼らの武功は数知れず、だからこそ王国時代もかなりの特例が認められていた。






メメント・モリとは『必ず人は死ぬことを忘れさせない』つまり絶対的な死を運ぶものという意味だ。メメが王国の軍師となる前からメメ個人に従っていた13人の将たちのことをそう呼ぶ。この13人には各々が育て上げた兵たちが部下にいる。




メメがハーネス侵攻戦に連れていかなかった、自分の領土に温存していた何よりも鋭い懐刀。








メメント・モリはメメの指示で一気にマルグが占領している旧王国領へと一気に攻め込む。




メメは開戦の2月前にはマルグの海岸の先にある孤島ウンディーネの国ウルに連絡を取っていた。自分たちが攻めるのと同時にマルグ本国を攻めてほしいと。




メメにはウルを貿易相手のマルグへと攻めさせるだけの交渉材料があった。それはウルの抱えている問題を一気に解決するものだった。




これによりマルグは本国の防衛に兵を裂かなくてはいけなくなり、元バイス王国のマルグ領を攻め落とすときの後顧の憂いをメメは排除した。




「蹂躙しろ。全部殺してもいい。ただただ土地を奪え」




さらりとメメは全隊に指揮を出す。




「メメ様!そんな力技でいいのですか?」




いつものメメの作戦とは違ったので、心配そうにユリがメメに意見する。




「これまでとは違う。あとのことを考えなくていいからな。とった領土の活用の仕方など考えなくていい。そんなことは帝国が勝手にやればいい。今俺たちに必要なのはわかりやすい戦功だ。だから終わった後のことなんて考えなくていい。ただひたすらに殺せばいい」




メメがそう言った通りにメメント・モリ13番隊は何も聞かずに只々目の前の敵兵を殺して回った。メメもまた降伏宣言を聞こえないふりをして兵を止めずに戦わせ続けた。殺させ続けた。




あっという間にマルグの土地をメメント・モリは占領した。




「さて、ここまでは余裕。あとは西側のガルズ領地を攻め落とせば仕事は終わりだ」




メメは東側と西側の境目に陣を張り、軽めに言ってのける。




「メメ様、西方は一筋縄ではいかないでしょう。あの獣人たちが占領しているので。更にあと5日ほどでウルの兵が撤退します。それまでに西方を付けないと後ろからマルグに攻められ一気に戦況は不利になります」




どこか真剣味に欠けるメメを見て心配そうにユリが声をかける。




「ふーん」




メメはつまらなそうに答える。




「確かにマルグ側の領地は取りましたが、兵の疲労も考えれば今の戦況不利なように思えるのですが」




「兵たちにはもう休んでていいと伝えろ。酒でも差し入れしてやれ」




「はぁ!?それではガルズ軍はどうするんですか?」




「俺が一人でやる」




「え?」




「ついこの前シドという男のせいで俺は自分の矜持を捨てさせられた。だからここからは1回も2回も一緒だ。あいつが太陽なら俺は月。日の光を受けて輝き闇夜を照らし、迷い人に淡い希望を与える。そして更なる暗闇へと誘うものだよ」




「一人で行かれるというのですか!?」




「光は集まった。あとは月の仕事だ」




「ちょっと待ってください!メメ様!」




一人出て行こうとするメメを止めようとするユリ、そしてそれをいつの間にか現れたバーナ・エルカルデが止める。




「バーナ!いつの間に!というかなぜ!」




「ユリ、メメ様が一人でいいと言っているのだ。逆らうな!」




「何を言ってるんだ!たった一人でガルズ軍と戦えるわけないでしょう!」




「お前はまだ若いから知らないかもしれないが、我々の世代では有名な話がある。10年前、帝国軍の策略により帝国軍との戦争中に背後からマルグが仕掛けてきたことがあった。メメ様は幼いながらもその才ゆえに出世し帝国軍との戦いの指揮官を任されていた。それがメメ様の少佐としての初戦だった」




「ど、どうなったのですか?」




「王国軍はほぼ壊滅。しかしメメ様一人の力により帝国軍とマルグ軍を撤退させたのだ」




「そんな話聞いたことありません!」




「メメ様はその話を言いたがらないからな」




「なぜ?英雄的活躍ではないですか!」




「あの人は英雄というものが嫌いなのだ。戦争とは知略と兵の練度で勝たなくてはいけないと思っておられる。たった一人の英雄による勝利は未来につながらないと」




「ではなせ今回は?」




「おそらく自分と同じような英雄が現れたからだろう。英雄によって起こされる理不尽は英雄にしか止められない」




「あのハーネスの男ですか?」




「あんなに悔しそうなメメ様を見たのはその時以来だ。だからこそメメ様は奴を消すまで手を抜く気はないらしい。いや、それまで自分の矜持を捨てる気なのだろう」









ガルズ軍はマルグ領地が帝国に奪われたと聞いて帝国の攻撃に備えていた。




「ったく、マルグは何をやってるんだ!」




獅子の獣人がめんどくさそうに言い放つ。




「どうやらタイミング悪くウルがマルグに攻めてきたらしいです」




答えたのは鳥の獣人。彼はこの隊の副官であった。




「おいおい、それ偶然か?」




「ウルが帝国と組んでいると?」




「何となくな」




「それはありえないでしょう。歴史上どの国とも組んだことがない孤島の国ウルが他国と手を組むなど!」




「いや、そう考えた方がしっくりくるって思っただけだ。まあたとえそうだったとしてもこのまま帝国が攻めてくることはないだろう。もし攻めてきたなら返り討ちにして終わりだ。何ならマルグにやった領地までもらえて万々歳だな」




今回旧王国領、現ガルズ領地を任されていたのはレオン・ハイレイン。ガルズでは獅子王の異名で呼ばれる名指揮官だ。知略に長けているわけではないが、堅実な戦争を得意とする将軍だ。つまり戦力で勝っている戦いで番狂わせを起こされることはない。そして本人の戦闘力もガルズで随一とも言われている。そんな彼の副官を務めるのは鳥の獣人、フライ・フルズ。感覚派のレオンとは違い情報を何よりも重要視する優秀な副官だ。だからこそ二人の相性は抜群で負けなしの部隊として知られている。




だが今回に至っては2人の相性がどれほど良くても、彼らにとってメメとの相性は最悪だった。








帝国がすぐに攻めてくるとは思っていないガルズ軍は国境線に軍を配置しているだけだった。そもそも帝国軍が動いたという報告はない。攻めてきたのはメメの一人だけ。そんなもの気づけるわけがない。




ガルズ軍を見下ろしながらメメは宙に立っていた。




「はぁ、面白くない戦争の始まりだ。まあ割り切るしかないか。ジョーカーを切ってくる相手にジョーカーなしで勝つことはできない。先にカードを切ったのはお前だぞ、シド」






―月夜見―






「夢を見なよ、ガルズの兵たち。まあ悪夢だけども」

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