第22話 英雄と姫

俺が目覚めてから数日。




俺たちはそれなりに回復して久しぶりにハーネスの街に出た。すると住民たちの反応がすこし、いやかなりおかしな感じになっていた。




「「「「「「英雄様!姫様!」」」」」」




王国軍を全滅させた俺と負傷兵を回復して回ったアリスはなんか人気者になっていた。




更にアリスの深紅の髪と目は伝説に残っている吸血鬼の特徴と同じだったということで姫と呼ばれるようになっていた。吸血鬼は遥か昔、命がけで魔族たちをハーネス大陸へと導いた英雄とされている。何とかハーネス大陸に辿り着いた時には吸血鬼族は殆ど息絶え、わずかに残った者たちも子を残すことなく死んだため絶滅した種族らしい。




もしかしたらアリスの母親は吸血鬼族の生き残りだったのかもしれない。だが見た目こそ吸血鬼族だが他の特徴は一切受け継いではいなかった。たとえば日光を嫌うとか吸血衝動があるとか。結局アリスが吸血鬼の血を引いているのかどうかは分からなかった。











「おい!ババア!よそ見して歩いてんじゃねーよ!」




「申し訳ありません」




「本当に悪いと思ってるなら、金を置いて行け」




騒がしいのでアリスと人気のないところを適当に歩いているとこれ見よがしにバーサンがチンピラに絡まれていた。




「お前ら!、、、まあいいや」




なんか言おうと思ったが、特に言うこともなかったんでとりあえずボコボコにした。




「ありがとうございます。ありがとうございます」




バーさんが頭を地面に擦り付けて礼を言ってくる。




「そんなことしなくていいよ。顔を上げてくれ」




「ありがとうございます」




そう言って顔を上げたバーサンはアリスを見て固まる。




「ん?どうしたバーさん。死ぬのだけはやめてくれよ」




「ブラッドブルーム様!ブラッドブルーム様!」




バーサンはアリスを見て涙を流し始めた。




「おい、ババア!ブラッドブルームってなんだよ!」




アリスがバーサンに詰め寄る。




「教えられてないのですね。ですが間違いありません。貴方はブラッドブルームの血を引くお方」




「え?」




「おい、バーさん。ブラッドブルームって何なんだ?」




意味が分からないといった感じで、というか本当に意味の分かっていないアリスの代わりに俺がババアに聞く。




「魔族を救ってくださった夜の王がブラッドブルーム一族です。遥か昔人族は魔族を滅ぼそうと攻めてきました。それを救ってくださったのがブラッドブルーム様です。ですが最後まで自分たちが人間を信じたからこうなったと謝っておられました。そして人間たちの元へとんでもないものを残してしまったとも」




「とんでもないもの?」




「この婆にはこれ以上知っておることはありません。ですが皆ブラッドブルーム様には心から感謝をしておりました」




そう言って婆さんはアリスに対して深々と頭を下げた。




「、、、で、シド!これどういう感じ?」




うん、婆さんごめん。めっちゃ熱いシーンだったんだけど当の本人が全くわかってないわ。ごめんなさい、この子バカなんです。




「アリス、そういうのはあんまりだからちょっと黙っといて」




「むぅ!ちょっとだぞ!」




「婆さん、あんたの想いをブラッドブルームもきっと嬉しく思ってるよ」




「あ、ありがとうございます」




すでに深々だったところから更にもう一段階深々に頭を下げるババア。もういいって。逆にこっちが申し訳なくなるわ。




「おいシド!ちょっと終わったぞ!」




お前はもう少しだけ黙ってられなかったのか。




「婆さん!とりあえずこのポーションを何本かあげとくわ!元気出るかもしれないぜ!」




俺はババアにあるだけのポーションを渡してその場から離れる。後ろには最終形態の叩頭を行いながら『ありがとうございます』と言い続けているババアがいたが、俺の手にはもう余るのでここで終わることにした。俺は振り向かなかった。




「あの婆さん三点倒立みたいなのしながら泣いてるけどなんなんだ?」




うん、アリスはがっちり振り返っていた。




「そっとしといてやれ。せめてお前だけは」




「なんでだよ!めっちゃおもしれーじゃん!きっとあのババア、旅芸人だぜ!」




「いや、お前を崇めているババアだよ」




「え?マジかよ!じゃああのババアおもしれ―から仲間にしよーぜ!」




「おい、もうあのババアを許してやってくれ」




俺はもう色々見てられなくなって肩に留まってたミルをポンポンと叩く。もうそれぐらいしかできることはないと思ったからだ。




「シドお兄ちゃん!皆まで言うななの!ミルはすべて把握したの!」




俺の肩から飛び降りたミルは少女の姿になってアリスに抱き着く。




「いきなりどうしたんだよ!ミル!」




「もういいの。もうわかったの。今はゆっくり休むの」




「ん?ミル何言ってんだ?」




「すべてはもう終わったの。アリスお姉ちゃん、明日を見るの!」




そんな久しぶりのお出かけだったが、不意にアリスの出自について考えることになった。きっとアリスとブラッドブルーム一族は無関係じゃないだろう。確かに吸血鬼の特性はないにしてもそれはハーフだからなのかもしれないし。なにより俺も紅い目と紅い髪の人間はアリス以外に見たことはない。とはいってもアリスはきっと、本気で、マジでどうでもいいんだろうな。自分が吸血鬼の末裔だろうが、そうでなかろうが、きっとアリスは『ふーん、で今日の晩飯は?』みたいなことを言うんだろう。アリスはあまり自分に興味がない。それは昔から思っていた。でもやっぱり俺はアリスのことを知りたい。それがアリスにとっていいことなのかどうかはわからない。でも好きな子のことを知りたいのは当たり前だろう。






「そんなことよりシド。そろそろ服が無くなるぞ?」




「はぁ?」




「いやだからお前戦うたびに服燃えてフルチンになるだろ?そのたびに俺が服出してきたけどもうストックがねぇよ」




「そうなのか。てかお前フルチンとかいうなよ」




「なんでだよ!お前いっつもフルチンじゃねーか!」




「そりゃそうだけど、まあいい。じゃあ服買いに行くか」




「ただの服買ってどうすんだよ!」




「え?」




「これからいろんな人の前で戦うことになるんだろ?だったら燃えない服を探すぞ!」




「あるのかよ、そんなもん」




「あるかどうかじゃなくて見つけるんだよ!俺以外にフルチンを見せるのは許さねーぞ!」




「わ、わかったよ!」




「俺の鑑定魔法と探索魔法が火を噴くぜ!」




思ったよりもやる気満々のアリスの後を付いて行くととある店の前で立ち止まった。『呉服屋 無双』という服屋というかラーメン屋みたいな名前の服屋だ。いや、服屋か?


目の前にあるのはかろうじて看板が掛けられている今にも潰れそうな小汚い小屋だ。




「ここにあるぜ!火耐性がえぐい服が!」




まあ、アリスがそういうならあるのか?




「い、いらっしゃいませ」




店の中に入ると黒い髪が自分の身長よりも伸びて顔の見えなくなっている陰気な女性が出迎えてくれた。




「お前がここの店主か!?俺たちは燃えない服を探しに来たんだ!ここにあんだろ?」




「わ、私は店主というか店主代理というか、、、」




「じゃあ四捨五入したら店主だな!」




今日もアリスは得意の暴論をブンブン振り回す。




「も、燃えない服ならあそこにありますが。それは一般的な炎に対してであって、特殊な炎には耐えられないと思います」




「特殊な炎に耐えられる服は作れねーのか?」




「特殊素材を組み合わせると作ることができるとされています」




「何が必要なんだ?」




「か、炎龍王と氷龍王の両方の鱗が必要とされています」




「ふーん、じゃあ手に入ったら持ってくるぜ!とりあえず今日は今ある燃えにくい服をあるだけくれ!」




「あ、あるだけですか!?」




「あるだけだ!」




アリスは『呉服屋 無双』にある火耐性の服を買い占めた。




「これでしばらくは安心だな。また来るぜ!」




「あ、ありがとうございました」




俺たちと『呉服屋 無双』はこれから長い付き合いになっていく。ような気が薄っすらした。




「とりあえずそれなりにもちそうな服はストックしたから、あとは俺の転移魔法のレベルを上げてシドの服が焼けた瞬間に一瞬で着させられるようになれば完璧だな!今日から修行だぜ!」




こいつはこれからなんて無駄な修行を始めるんだろうか。




「おい、シド!無駄じゃねーぞ!」




「心を読むなよ」




「お前はつま先から頭の先まで俺のもんなんだからな!忘れんなよ!」




「ああ、わかってるよ」




「あと俺の全てもお前のもんなんだからな」




そう言ってアリスは恥ずかしそうに俯く。




「誰にも渡さねーよ。お前にだってな」




余りにアリスが可愛くて思わず抱きしめてしまう。




「お兄ちゃんとお姉ちゃんはとっても仲良しなの!」




飛び跳ねながらはしゃぐメルを見ると一気に恥ずかしくなってきたが、アリスの耳には届いていない様だった。アリスは俺の胸で幸せそうに微笑んでいる。アリスのためならアリス以外の全てを燃やし尽くそう。自分でさえも。

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