第19話 日輪隊の戦い
その頃王国軍に攻められているハーネス軍の状況は芳しくなかった。最初はゲリラ戦が功を奏し優勢に事を運んでいた。だが気付かないほどゆっくり、でも確実に戦況は悪化していったのだ。
先陣を切っていた日輪隊は次々と兵を失い、その数は半数になっていた。
こちらから攻めるべきのゲリラ戦において日輪隊は逃げ隠れることしかできなくなっていた。隊員の誰もが思っていた。自分たちはここで死ぬのだと。部隊は散り散りになり、連携も伝達でさえも満足に行えない状況になっていた。
「敵の場所は分かったね。追撃の手を緩めるな!ここで決めろ!」
メメからの伝令が王国軍全体に伝わる。
「さすがメメ様です!やはりメメ様に戦場で勝てるものなどおりません!」
興奮気味にユリがメメを称える。
「このままいけばね。まあ敵の切り札を待ってやる義理はない。決めれるときにあっさり決めてしまうのが戦争だ。無慈悲にね。ユリ、アレを使え!」
「本当に使っていいのですか?」
「どうせ死ぬんだ。構わないだろう」
「わかりました!」
―死を畏れぬ狂気の軍勢―
ユリは王国一のバフの使い手。なによりユリのバフのすごさはかけられた本人さえも気づかないほど繊細に味方のステータスをあげられることにある。現にこの戦争が始まってからも狙撃部隊には視力と集中力のバフを前線の部隊には筋力と高揚感のバフを戦況を見ながら細かくかけていた。
だがユリには切り札となる魔法があった。本来のユリの魔法とは真逆の繊細さの欠片もないバフ。兵から恐怖を取り除き闘争心を限界まで上げる。そして身体能力と魔力も倍以上に跳ね上がる反則じみた魔法だ。だがこの魔法をかけられた兵隊たちは魔法が切れれば肉体的にも精神的にももう人ではいられなくなる。ただの物言わぬ人形のようになるのだ。
だからこそユリは今まで自軍の兵にこの魔法を使ったことはなかった。一生使う気もなかった。だがメメはこの魔法を使わせるためにユリをここに連れてきた。
ユリも今回の戦争について聞かされた時にメメが自分に求めていることを察した。だからもう覚悟はとっくにできていた。
ユリの魔法により死を畏れぬ狂戦士となった王国軍はハーネスの兵たちを蹂躙していく。
*
「俺の後ろにいろ!」
部下たちを守るために前に出るのはオールへイス・マーレンだ。何度斬りつけられようとも敵兵を味方に近づけることはなかった。
オールへイスは傭兵上がりだ。ちょうど仕事がなくなったときに大量に兵を募集していた日輪隊の面接を受けに行った。食い扶持を稼ぐため、最初はそれしか考えていなかった。だがそこで彼は一人の男に出会う。日輪隊の隊長だ。
初めはヘラヘラしたその男を見て、お飾りの指揮官に過ぎないと思って軽んじた。だが彼は見たこともない蒼い炎を纏って燃え上がり、魔物たちを焼き尽くした。これが最初の驚きだ。
次の驚きは任務について1週間ほど経ったころ。仕事終わりに声をかけられた。
「お前すげーな。まさに鉄壁。魔物を一匹も後ろに行かせなかった」
「え?しかし私は攻撃魔法が使えないので魔物の討伐数は今日もゼロですよ?」
「お前が魔物の攻撃を受け止めるから他の連中が魔物を攻撃できるんだ。お前の功績は討伐数数百体に及ぶと俺は思ってるぜ」
「、、、あ、ありがとうございます」
「てことで今日一番の戦功を上げたのはお前だ!思いっきり飲め!期待してるからよ!」
オールへイスは信じられなかった。期待してるなんて言われたのは生まれて初めてだったからだ。
碌な攻撃ができない自分はただの肉壁にしかなれず、戦功なんてものは貰ったことはない。最低限の報酬を貰って戦場で命を懸ける。それが当たり前だと思っていた。自分みたいな出来損ないにはと。
だがそんな自分を隊長は認めてくれた。ただこなすだけと思っていた仕事の中で、隊長の役に立ちたいと思いだしている自分に戸惑った。だが悪い気はしなかった。
そして祭りの日、一緒に酒を酌み交わした時。自分の肩を叩いてシド隊長は言ってくれた。
「オールへイス!また一緒に飲もうぜ!」
嬉しかった。今まで自分の名前を憶えてくれた指揮官などいなかった。そしてまた一緒に飲もうと言ってくれた。そのまたが楽しみになった。だから彼の期待に応えて見せると誓った。
「隊長殿、またご一緒に酒を酌み交わしたかったですが、私はここまでのようです。私はご期待にそえたでしょうか?私がここで稼いだ時間が僅かなものだったとしてもそのわずかな時間を使ってシド様が勝利を収めてくれると信じております。それでは先に逝くことをお許しください」
―火魔法 ファイヤーボム―
―火魔法 ファイヤーボム―
―火魔法 ファイヤーボム―
―火魔法 ファイヤーボム―
―火魔法 ファイヤーボム―
―火魔法 ファイヤーボム―
―火魔法 ファイヤーボム―
―火魔法 ファイヤーボム―
―火魔法 ファイヤーボム―
―火魔法 ファイヤーボム―
「ご武運を」
オールへイスは最後の力を振り絞って無数の火魔法を受け止める。死体も残さず燃え尽きてしまったオールへイスだったが生きている間、一発の魔法も後方には送らなかった。
「あっちはオールへイスのおっさんがいるところか。きっともう逝っちまったんだろうな。、、、ふざけるな!!!」
遠くから大きな爆発を見ていたハンス・リーグは浮遊魔法で飛び上がる。
「お前らは退け!」
「しかし!」
「いいから退け!ここからは俺の我儘だ。どうか許してほしい」
「、、、はっ!」
味方の軍が退いていくのを見てハンスは安心する。
ハンスは幼いころから並ぶものがいない天才として周りから将来を期待されていた。だが彼にとって期待は呪いのように思えた。
誰も出来ないことをやってもそれが当たり前と流される。そのくせたまにミスをすればこれでもかというほどに叩かれる。同い年の連中は天才はいいよなと距離を置いて行く。気付けば一人だった。
そしてもう嫌になっていた。このまま周りの期待通りの人間になるのが。
そんな時に日輪隊の募集を見た。出世したい人間なら絶対に入らない部隊。だから入ろうと思った。
それだけ。この隊に期待などしていなかった。
だが副長の女性は今まで会ったどんな人間とも違っていた。
「お前、もっと早く魔法発動しろよ!どうしよーもねー奴だな!」
「アリス副長みたいには無理ですよ!」
いつしかこんなやり取りがハンスにとって心地よい時間となっていった。
「もっとバーンっとやれよ!」
「ざっくりし過ぎてて分かりません!」
「シュッ!じゃなくてシュシュン!だって!」
「だからわかりませんって!」
「ジュババンドリッ、、、メケメケゴオー!だ!」
「いやそれはもう伝える気ないでしょ!」
「そんなことねーよ!メケメケゴガーでもいいけどよ!」
「どっちみちわかりません」
「しょーがねーな!じゃあ体で覚えろ!」
「、、、すみません、期待にそえなくて」
「ん?なんで謝ってんだお前」
「言う通りに出来ない俺に呆れているでしょう?」
「はぁ?なんで?俺はおもしれーからお前のこと好きだぜ!」
あっけらかんと笑うアリスの顔にハンスは見蕩れた。そして思った。ああ、俺の女神はこんな感じで笑うのかと。
「、、、ははは、そんなことを言ってくれるんですか」
「おい!なんでお前泣いてんだ?腹でもいてーのか?シドはガキの頃腹を壊してよく泣いてたぜ?」
ハンスにとってアリスの何気ない言葉の一つ一つが感動できるほどうれしかった。もちろん彼女がシド隊長を心から愛していることは見ていてわかる。それでいい。
アリスとどうなりたいというわけでもない。でも恩人であるアリスとその思い人であるシドのために全てを尽くそうと勝手に決めた。自分の命はそのために使おうと。
そして日輪隊の中にも大事な友ができた。ハリスはオールへイスが戦っていたであろう方を睨む。やることは簡単だ。自分ができることをやりきればシド隊長とアリス副長が勝ちをもぎ取ってくれるという確信があった。
何よりも俺みたいなのはうまいことやってこの戦争も生き延びるだろうという期待を裏切ってみたくなった。そして俺の最後はこんなものでいいとも思った。もしろこんなものがいいと思った。
―広域雷魔法 雷雨―
そしてハンスは自分にできる最大級の魔法を降らせ一気に死地へと飛び込んでいく。
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