第15話 ダンジョン『天の呼び声』
いてて。起き上がると全身に痛みが走った。今回は過去最大に燃えまくったからな。てか俺生きてたのかよ。きっとアリスとミルのおかげだろう。覚えてないけどわかる。
黒い炎に包まれたとき俺の中に黒の感情が流れこんできた。怒り、憎しみ、恨み、嫉み、悲しみ、苦しみ、そして報復の愉悦。あの時俺はとても気分がよかった。俺を虐げてきた連中を上から蹂躙していく。癖になりそうだった。
「お兄ちゃんが起きたの!」
扉の隙間から入り込んだミルがスライムから少女の姿になって俺に抱き着いてくる。こいつにもきっとかなり世話になったんだろーな。でもおかしいな。いつもならアリスが真っ先に抱き着いてきそうなものだが。
「ミル心配かけたな。ところでアリスはどこだ?」
「、、、アリスお姉ちゃんはまだ寝込んでるの」
抱きついてきた時とは打って変わってミルの表情が暗くなる。
「どうして!」
「それは、、、その、、、えっと、、、」
「なんだ!ちゃんと言え!」
「ひっ!」
思わず大声が出てしまった。
「ごめん、ミル。アリスお姉ちゃんに何があったのか教えてくれ」
気が付くと部屋を飛び出て走っていた。何をやってるんだ、俺は!ふざけるな!これじゃあ何のために強くなったのかわからない。気分がよかった?癖になりそうだっただ?ぶっ殺すぞ!今すぐにでも自分を消し炭にしたかった。
『アリスお姉ちゃんは、、、その、、、シドお兄ちゃんの炎に焼かれて寝込んでるの』
ミルは辛そうにそう言った。
「シドお兄ちゃん!待ってなのー!」
ミルに追いかけられながら俺はアリスが寝ている部屋の扉を開けた。そして絶望する。綺麗なアリスの肌に無数の火傷跡があった。綺麗なアリスの肌に俺ごときの炎が傷を付けたんだ。
「お主の炎で焼かれたのじゃ。どう思う?」
後ろからメリダの声がした。
「何か用か?」
「久しぶりだというのにつれないのう」
「今お前と軽口を叩ける気分じゃない。失せろ」
俺はメリダを睨みつける。ひどく醜い顔だったろう。
「せっかくアリス嬢の傷を癒す方法を調べてやったのに。またまたつれないのう」
「本当か!頼む、何でもする!教えてください」
気付いたら俺はメリダに頭を下げていた。何のためらいもなく、そうするのが当たり前のように。自分に自分で驚こうと思ったが、いやアリスのためならこれくらい当たり前かとあっさり納得できた。できてよかった。
「この傷を癒すことができるのは炎だけのようじゃ」
「炎?もしかして不死鳥の炎か!?」
「ウチの宮廷医師が言うにそうらしい」
「ありがとう。恩に着る」
―不死鳥の炎―
俺は青白い炎でアリスを包む。そしてゆっくりだがアリスの火傷が癒えていってるのが見て取れた。よかった。本当によかった。
「皮肉なほど綺麗な炎じゃのう」
「ほん、、とに、な」
「シドお兄ちゃん!」
ミルが駆け寄ってくる。よく見るとミルの胃袋もひどい火傷を負っていた。俺のために必死に隠していたんだ。アリスのことで気が動転してそんなことにさえも気づかなかったのか。本当に何をやってるんだ、俺は。
「ありがとうな、ミル。そしてごめん」
―不死鳥の炎―
死にたくなった。炎に飲まれて守るべきものを傷付ける。本末転倒じゃねーか。
―おいおい、そんなことどうでもいいだろ。あの愉悦を忘れたか?お前はこの世界を燃やし尽くすためにいるんだ―
いけ好かない声が頭に響く。
―黙れ。俺に入ってくるな。殺すぞ―
―自分に正直になれよ―
その言葉と共に俺の右目から黒い炎が上がる。
―黙れよ、お前―
―ここで俺に身を任せればお前はこの世を焼き尽くす太陽になれるぞ―
―黙れって言ってるのが聞こえねぇのか!―
「うがああああ!!!!」
俺は黒い炎で燃え上がるうるさい右目をえぐり取る。
「はぁはぁはぁ、やっと大人しくなったか。クソが」
―まあいい。どうせお前はまた俺が必要になる―
最後にそう言い残して黒い何かは俺の中から消えていった。そして俺はまた寝込むことになった。というか一人になった。
*
シドが目をえぐり取った日から数週間が経ったがシドは一向に目覚めなかった。アリスが何度回復魔法をかけてもだ。
アリスもミルもこの数週間はまるで生きた心地がしなかった。そんな時にメリダが二人を呼び出した。
「この国でも知っている者は少ないが、ハルネ山脈の頂上に『天の呼び声』というダンジョンがあるのじゃ」
「それがどうかしたのかよ」
アリスはめんどくさそうに答える。
「天の呼び声の下層にはあらゆる状態異常を回復する天の泉があるとされておるのじゃ。だからもしかしたらそこにシドを連れて行けば―
「今すぐ行く!どこにあるか詳しく教えろ!」
アリスの目に光が戻る。
すぐに準備をすませたアリスとメルは天の呼び声に向けて家を出る。荷物はアリスのアイテムボックスに、シドはメルの胃袋に入れて。
だが2人が家から出ると一人の騎士が跪いていた。
「アリス副長、私もお連れください」
エンリ・メメシスである。
「なんでお前がここにいるんだ?」
「女王様から話を聞きました。お二人では攻撃手段が少ないと思いここにはせ参じました」
「でもこれは別に隊の仕事じゃねーぜ?」
「私も隊長を救いたいのです。他の隊員たちも同じ思いです。皆快く私を送り出してくれました」
「そうかよ。じゃあいこーぜ!俺は早くシドに会いて―んだ!」
新たにエンリが加わり3人で天の呼び声へと向かうこととなる。
*
アリスたちがシドを連れて天の呼び声に向かっているころ、バイス王国の王族たちは混乱していた。つい先日までは帝国軍を圧倒したという報告を聞いて、軽く祝杯を挙げていたのに。
帝国を倒したならあとはボーナスステージのようなもの。ハーネスという小国を落とすだけで多大な資源が手に入る。だからもうこの戦争は勝ちだと思っていたのだ。だから今皆が混乱した。王国軍がハーネス大陸に上陸することも出来ずに全滅させられたと聞いて。
「どういうことだ!ハーネスは大した人口もいない小国ではなかったのか!」
「それがたった一人の男に海上で全滅させられたと、、、」
こう言うしかないが信じてもらえないだろうと思って伝令の男は恐る恐る答える。
「そんなバカな話があるか!ふざけるな!」
「で、ですが、、、」
伝令の男が予想した通り王は激昂した。
「帝国の邪魔が入らないならさっさとハーネス大陸を占領してこい!あそこの資源が手に入れば今王国が抱えている問題もすべて解決するのだ!」
王国は財政難だった。それも長期のだ。シドが生まれた時にはもう不景気のさなかだったからシドにその実感はあまりなかった。20年前、王国には流行り病が蔓延した。死亡率はそこまで高くなかったが、感染率が異常だった。これにより動けなくなるものが増えた。更にちょうどよくこの時期は冷夏に襲われ、収穫量一気に激減した。
この流行り病はワクチンが開発されるまでの2年間王国全土で猛威を振るい続けた。やっと元に戻ったというときには、他国からの借金で王国の財政は詰みそうになっていた。
財政が詰みそうになった国がとる選択肢は一つだけ。侵略。つまりガチの戦争だ。
王国を襲った流行り病は不思議と他国には広がらなかった。他国が国境を封鎖したのもあったが、まるで結界でも張ったかのように王国の外では感染者は一人も出なかったのだ。
この流行り病は『レジサイド』と呼ばれた。意味は王殺し。王国を殺す寸前の病だったからだ。
バイス王国第18代国王へルネス・バイスは前回の倍の兵をハーネスへ向けて出陣させた。
先の戦いについてしっかりと精査すればこの判断が愚行であることは分かっただろう。確かにこの王は愚王であるし、周りに控えているのも無能の貴族たちだ。しかし愚かであろうとも幼少から王になるための教育を受けてきた男、貴族たちにしてもそうだ。彼らでは王国を救うことはできなかっただろうが、滅ぼすこともなかったであろう。つまり外側からの力が働いている。
王と貴族たちの間を取り持つ宰相グランバル・シーラ。彼は王からも貴族からも多大な信頼を得ている事実上の指揮官でもある。だが実はこの男とっくに死んでいる。
王にも貴族たちにも耳障りのいい言葉を聞かせ操っているこの男はただの死体だ。中身が違う。
グランバルは自室に戻り、今回の仕事の成功を祝って一人ワインを開ける。
「ちっ!」
1人でワインを飲みながら感慨にふけっているグランバルの元に使者が現れる。
「楽しく酒を飲んでいるんだ。面倒な話をしに来たなら殺してしまうかもしれないよ?」
グランバルは使者を睨みつける。
「あのお方様からの伝言です」
「はぁ、、、言って」
「『王国の全てを奪ってただちに撤退』とのことです」
「少しはゆっくりさせてほしいね。全く」
使者は一瞬でその場から消え、グランバルはグラスに入ったワインを飲み干して立ち上がる。
「世界はやはり時代に飲み込まれていくんですね」
そう呟いた瞬間グランバルはただの死体となってその場に倒れた。
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