第12話 レイバン・バーンズの愚行
シドたちが魔国ハーネスで暮らし始めたころ、王国と帝国は戦争に向けて動き出していた。王国側の指揮をとるのはレイバン・バーンズ。シドの父親だ。バーンズ家は古くから王国の戦を任される貴族だ。
「ちっ!アリスが居ればこの行軍ももっと楽に行えたものを!」
だからこそレイバンはアリスを囲っていたのだ。単純な魔法より得体のしれない無属性魔法の方が戦争では有利に働く。
その点においてアリスは完璧と言ってよかった。兵糧の確保、移動時間の短縮、奇襲に特化した魔法の数々、挙げればきりがない。だからこそ何としても連れ戻そうと追手を出していたのだ。
有能な魔術師はカードゲームで言うところのエース、キング、クイーン、ジャックのようなものだ。強力だが予測はできる。だが無属性魔法使いはジョーカーだ。何が起きるかわからないビックリ箱。予測ができない戦力ほど恐ろしいものはない。
苦言を吐きながらもレイバンは進軍を進め、帝国との国境に兵を構えた。向こう側には帝国兵がずらりと並んでいる。宣戦布告はもう済んでいるため、あとは開戦の時間を待つだけだ。
「父上!こちらの準備は整いました!」
「父上こちらもです!」
「そうか。そろそろ開戦の時間だ。所詮帝国など歴史の浅い新興国家。身の程を分からせてやれ!」
「「はっ!!!」」
正午を合図に両軍がぶつかり合う。
*
仕事中だというのに俺とアリスは急遽女王に呼び出された。
「おい、アリス。お前がほとんど寝てばっかりなのがバレたんじゃねーのか?」
「いやシドが仕事中にプラモデル作って遊んでるのがバレたんだぜ!きっと!」
「メルは両方だと思うの!」
メルは特に呼ばれていないが当たり前のように着いて来ていた。
「メリダ。話ってのはなんだ?」
とりあえず強気で言ってみた。
「王国と帝国の戦争が始まった」
「そっちか。王国と帝国の小競り合いなんてただの茶番みたいなものだろ」
「いつもならな。だが今回は王国が帝国に対して圧倒的優位だというのじゃ!このまま王国が勝てば連中は帝国の先にあるこのこのハーネスに攻めてくる。元々王国が欲しいものはハーネスの資源だからのう」
「だが王国軍が帝国軍に勝てるとは思えないんだけどな。だってたぶん率いてるのって俺のクソ親父とバカ兄貴どもだろ?」
「何やら強力な召喚獣を使役しておるらしい」
「強力な召喚獣を使役ねぇ、、、。逆に使役されてそうだけど」
*
この時のシドの予想は割と当たっていた。話は王国と帝国の開戦時にさかのぼる。拮抗すると思われた戦いだが王国は帝国にひどく押されていた。この2国の小競り合いでこうも片側が圧倒するのは初めてだった。
これに一番狼狽えていたのはもちろんレイバン・バーンズだ。
「くそくそくそ!ふざけるな!なんで王国が帝国ごときに押される!」
作戦室では思い通りに行かなくて駄々をこねる子供のようにレイバンが暴れまわっていた。
その間にも次々と自軍の劣勢を報告され更にレイバンは癇癪を起す。
王国と帝国の戦争は毎回痛み分けで終わる。それがここ何百年もの間の常識だった。だからこそ今回もそうだとレイバンは当たり前のように思っていた。
だが違った。レイバンの率いる兵たちは殆どが素人だったからだ。ここ5年で多くの兵たちの定年引退が多かったのでレイバンは多くの新兵を入隊させた。だがこの新兵たち、というか5年前からだからもう新兵とは呼べない者も多いが、実は彼ら一度も戦場に行ったことがない。
レイバンは他国との小競り合いや魔物たちの討伐へ自軍の兵を出兵させていた。というか出兵させた気になったいた。
出兵の際、補助として毎回アリスも同行させていたのだ。これが一番の間違いだったのだろう。アリスにとっては相当怠い仕事、何日も兵たちと一緒にいたくはなかった。一刻も早くシドの元へ帰りたかった。それならばやることは簡単。兵を置いて一人戦場に赴き、広範囲転移魔法で出来るだけに遠くに飛ばす。これを繰り返した。
兵たちは何もしなくても褒美がもらえるため、この状況を壊そうとする者はいなかった。
故にレイバンが百戦錬磨だと思っていた部隊は、一度も戦場に出たことがなく人を撃ったことさえない素人の集まりだったのだ。
「なぜだ!数で勝る我が軍がなぜ押されておるのだ!」
自軍の現状などわかっていないレイバンは意味が分からないと大声を張り上げる。だが敗色が濃厚になってきたところで、レイバンの中で怒りよりも恐怖が大きくなっていった。
負けるわけのない戦に負ける。そうなったらバーンズ家はただでは済まないだろう。もしかして責任を取らされて死罪もあるかもしれない。このあとのことを想像するとレイバンは脂汗が止まらなかった。
「このまま、このまま負けるわけにはいかない。絶対に負けるわけにはいかない。何を失おうとも」
「父上どうしたのですか?」
様子のおかしい父を見て長男のダレス・バーンズが駆け寄る。
「ダレス、、、」
ダレスの顔を見てレイバンは打開策を思いつく。最悪な策を。
「はい!父上」
「すまんが、バーンズのために死んでくれ」
暗い声でレイバンは呟く。
「へ?」
―悪魔召喚―
レイバンは懐からアーティファクトと呼ばれる古代の魔道具を取り出す。悪魔をかたどったその小さな石像はダレスの前で生き物のように笑みを浮かべた。次の瞬間石像から闇があふれ出しダレスを呑み込んでいく。
「父上、、、なぜ、、、」
訳も分からず涙を流しながらダレスは消えていった。ダレスを一飲みすると石像は砕け、1体の悪魔がその場に姿を現す。
「初めまして。私はベルゼビュートと申します。では私に求めるものは何ですか?」
執事服を着た礼儀正しい男だったが、あまりに正しすぎるその礼儀はバカにされてるように思えた。
「敵を全て殲滅してくれ!私に敗北は許されないのだ!」
「承りました。それでは報酬の前払いとしてあなたの魂をいただきます」
「はぁ!?報酬ならもう渡しただろう!」
「さっきの人間の命ですか?あれは通行料です。報酬についてはこれからですよ」
「ふざけるな!聞いてないぞ!」
「それはそちらのミスですね」
「そんなバカな」
それがレイバンの最後の言葉となった。
「脆弱な魂に脆弱な肉体だ。まあいい。願いだけは叶えてやろう。これも契約だ」
さっきまでレイバンだった身体は完全にベルゼビュートのものとなっていた。
「はぁはぁはぁ!」
作戦室の外から一部始終を覗いていたベン・バーンズは訳も分からず逃げ出していた。意味が分からない。訳が分からない。父と兄は一体何になってしまったのか。何もわからない。とりあえずこの恐怖だけは本物だと確信できた。だからひたすら走った。この場から一刻も早く離れなくては。それだけは間違いないと思えたから。
翌朝から戦況は大きく一変する。
―強化と狂化―
ベルゼビュートが放った魔法により、王国兵たちは脳のリミッターを外し死ぬまで戦い続ける狂戦士へと作り替えられた。
腕を切られようが足を切られようが腹を何度刺されようとも事切れるその時まで剣を振り続ける王国兵は帝国軍にとって恐怖でしかなかった。
睡眠さえも必要としない彼らには夜間停戦も意味をなさなかった。
「国際法違反だぞ!」
帝国軍指揮官は叫んでいたが、悪魔に国際法など適用されない。彼にとってこれは暇つぶしでしかないのだから。何人死のうが国がどうなろうが、そもそも人間がどうなろうがどうでもいいのだ。
生かすも殺すもコインの裏表程度の価値しかない。
そして3日後、ハーネスにこの異常な戦況が伝わる。
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