第11話 ハーネスでの穏やかな日々

翌日からも俺は防衛部隊の隊長としてハルネ山脈に毎日出勤するようになった。アリスは副官についた。




「隊長!おはようございます!」




そして今敬礼をしている軍人のテンプレみたいな大男がゲイル・メルディス。もう一人の副官で、なぜか女王の護衛だったのに自ら志願して俺の隊にやって来た謎野郎だ。




「お前は毎朝元気がいいな」




「それだけが取り柄ですので!」




「で、今日も同じ感じで魔物が来てると」




「はい!」




「相変わらずキリがないんだけど、どこからこんな機械的に魔物が生み出されているかわからないしな。とりあえず生まれた分を排除しないといけないか」




「そうですね!」




なぜ魔物が無限に湧いてくるのかは分かっていないが、、、うん、わかんない方がいいか。魔物が下りてきてくれる限り食い扶持には困らないんだから。




「それはそうと今日はなんか皆の動きが違うな。焦っているみたいだ」




「お、おそらく今日が建国祭の日だからだと思います」




「建国祭?」




「ハーネスで一番大きなお祭りです。街中が装飾されていたでしょう」




「言われてみれば確かに。あんまり気にしてなかったけど」




「兵たちには家族がいる者も多いので早く帰って祭りに参加したいのでしょう。任務に私情を挟んでいることになりますね!彼らの代わりに謝罪します!申し訳ありません!ですので彼らを責めないでいただけるとありがたいです」




「責めるわけないだろ。私情だろーがハムだろーがどんどん挟め。てかそういう大事なことは早く言え」




「大事なこと?ですか?」




「ああ、何よりも大事なことだ。祭りを楽しめないなら魔物をいくら殺しても意味なんてない。何のために魔物を殺してるのかを忘れるなよ」




「隊長?」




「ゲイル!全兵後退させろ!」




「え?」




「あとは俺がやる」




せっかくの祭りだ。今日は早めに上がらせてやろう。終業時間まで残り数時間、俺一人で十分だ。




途中で全員帰し、俺は日暮れと共に仕事を終える。最近はほとんど後方でゴロゴロしてたから久しぶりに体を動かした気分だ。




「珍しく働いてんじゃねーか!どうしたんだよ!」




ぶっきらぼうな言い方だがアリスは終わるまでずっと待っててくれた。あとこっそり俺にヒールもかけ続けていた。バレバレだったがアリスが隠したいならあえて言うこともないだろう。




「大好きだよ、アリス」




「いきなり何言ってやがんだ!俺の方が好きだ!!!馬鹿野郎!」




「祭りでも行くか?」




「そう言うのを待ってたんだよ!早くいこーぜ!」




「メルも行くの!」




「では私が案内いたします」




アリスだけでなくメルも俺の仕事が終わるのを待っていた。だがそこまでは分かる。




「なんでお前もいる?」




「私は特に家族もおりませんので、副官として隊長の仕事が終わるまで見届けるのは義務かと」




ゲイルは当たり前のようにそう言い放った。




「お前にも休みをやるつもりだったのに」




「休みなどいりません。死ねばゆっくり休めますので」




「なんか怖いんだよ!お前の言い方!なんか笑えないばーちゃんの一言みたいなんだよ」




「すみません!」




「まあいいや、とりあえず祭りの案内よろしく頼むわ」




「お任せください!」




祭りに行くとウチの隊の連中も何人かいてやたらと声をかけられた。更にその中の数人とはそのまま一緒に飲むことになった。




「仕事中じゃねーんだからわざわざ俺と一緒に飲む必要はないんだぜ?」




「いえ!せっかく隊長と飲める機会!ご一緒させてください!」




「今日の隊長もすごかったですね!俺たちが必要あるのか不安になるほどですよ!」




「せっかくのお祭りです!今日は私たちに酒を奢らせてください!」




「部下に奢らせる隊長がいるかよ!酒は俺のおごりだ!」




「もぐもぐ、俺には奢ってくれていいぜ!」




アリスはイカ串を食べながら清々しく部下の申し出を受けた。




「アリス副長にも毎日お世話になっているのでどんどん食べてください!」




アリスもまた部隊の面々から慕われていた。アリスの魔法によるサポートは正直俺なんかよりも役に立っていたのだから当然だろう。




「今日は飲みましょう!」




この日一緒に飲んだ連中はウチの隊でも中核を担う実力者たちだ。




隊の紅一点でありながら間違いなくうちの隊の主力の一人エンリ・メメシス。若いが魔法の腕は隊一と思われる天才ハンス・リーグ。防御力特化の戦士オールへイス・マーレン。


なぜかはよくわからないが俺とアリスをやたらと慕ってくれている。




「メル様!私の膝の上に座りませんか?」




「メルのお嬢!リンゴ飴もありますよ!」




「メル様の好きなカレーライスもありますよ」




「じゃあエンリの膝の上でリンゴ飴食べながらカレーライスも食べるの!みんなありがとうなの!」




更にウチの隊員たちは皆メルを自分の娘のように可愛がっていた。隊のマスコットのようなものだな。




「隊長もこれを食べてください!」




「隊長!この酒もうまいっすよ!」




「隊長、今日は仕事を忘れて祭りをお楽しみください」




この日は少し飲み過ぎた。楽しかったから。アリスと二人きりで生きてきた俺にもこのハーネスで仲間と呼べるものができた。守りたいものがまた増えてしまった。


守りたいものが増えれば増えるほど縛られていく。生きていく上では不利になっていっていると言っていい。だがそれでいいと思った。こんな時間があるのなら縛られていてもいい。




この日の祭りはハーネスを建国したとされる吸血鬼族の目と髪の色にあやかって、空を真っ赤に染める花火で幕を閉じた。




それからも俺たちはハーネスの防衛に務め、週休二日貰い、給料も結構貰うというぬくぬくとした生活を続けた。


めちゃめちゃぬくぬくしていた。だから外のことなど考えてはいなかったのだ。忘れたかったのかもしれない。この安らぎに甘えて。




と、まあそういうのはまた今度考えるとして、俺とアリス、ミルは休みの日を利用して外食に出かけることにした。ちなみにミルはハーネスに帰って来てからは少女の姿でいることが多くなった。なんでだろう。気になったので聞いてみた。




「こっちの方が圧倒的にかわいいことに気付いたの!」




うん、そんな重要な理由はなかった。




「シド!今日は休みだからうまいもんを食うぜ!」




「そうだな!金も結構貰ってるし豪遊してやろうぜー!」




「おおーー!!!」




「ミルもー!」




ミルがアリスに抱き着く。




「てかミル、お前女王の側付きだろ。好き勝手動き回っていいのか?」




「ミルのお仕事変わったの!シドお兄ちゃんとアリスお姉ちゃんと一緒に遊ぶ係なの!」




とんでもなくふざけた役職だな。まあ俺たちの監視でも任されたんだろう。いや、違うか。こいつにそんな仕事できるわけない。ということは




「ミルが女王にごねたんだろ?」




「なぜわかったの!シドお兄ちゃんは名探偵なの!」




「さすがシドだな!」




まあいいや。飯いこ。




そうして俺たちはハーネスでも有名なレストランへと向かう。この日は寿司を食べた。




このように俺たちは日々いい暮らしを満喫していた。規則正しい生活、安定した収入。これが公務員というやつか。たまらん。




勘当されて家を出た時には、国に飼われるなんてクソだと思っていたが、国に飼われるのもいいもんだ。衣食住の心配はないし、冒険者と違って社会的地位も高い。仕事に向かうときはほぼ100%の確率で何かしらのばあさんがおにぎりかそれに準ずるものをくれる。公務員はばあさんたちにとって仏と変わらないらしい。




だがやはりこの穏やかな生活も長くは続かなかった。

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