モスキートマン
@ramia294
第1話
シャッター通り商店街。
最近、待望の喫茶店が出来ました。
『本の世界の喫茶店』
看板通り、このお店の壁一面が本棚です。本に囲まれ良い気分。
人通りがまばらな商店街。
で、お客さんは、チラホラ。
ひとりは、ノートパソコンの男の人。どうやら小説執筆中。
もうひとりは、若い女の子。甘いお菓子とお店で借りた本の間を行ったり来たり。
僕は、何度目かのお客さん。お店の本は、あまり知らない本ばかりです。
読んでみると面白い、掘り出し物が多いです。
いつもの様に、ホットコーヒーと、チョコレートケーキを頼みます。今日は、どの本を読もうかなと、いろいろ物色していると、黄色い背表紙の本を発見。
タイトルは、『モスキートマン』
テーブルに持って帰り、最初のページを開きます。
「あらら、見つけちゃったんだ」
僕に、チョコレートケーキとコーヒーを運んできた、店主が、言いました。
とても綺麗な女性の店主。
嬉しそうに、お店の奥へ戻って行きました。
『モスキートマン』
とても短いお話でした。
変身すると、とても小さくなる主人公。
心を病み、話せなくなった少女に気付かれずに近づき、毎日少しずつその悲しみを吸い取ってあげる。
半年後、少女は笑顔を取り戻し、病から立ち直りました。主人公は、少女の事を好きになってしまいましたが、少女は、彼が救ってくれた事に、気づきません。
少女から吸い込み過ぎた悲しみに耐えられず、主人公は、話せなくなりました。
花の様に笑う少女は、彼を見て、何かを忘れている気がします。でも、結局思い出せません。
やがて少女は、別の男の人と結婚して幸せになりましたが、主人公は、悲しみのあまり、死を選ぶという物語。
ケーキを食べ終え、残ったコーヒーをすする間に店主が、小さなガラスのポットを持って来ました。
中に入った金色と銀色の紙にひとつひとつ大切に包まれた、小さな丸いチョコレート。
「注意書きは、読み終わったわね。それじゃあ今日から、あなたがモスキートマン。そして、このお店の店主」
「どういうことですか?」
他のお客さんが帰ると店主が、説明してくれました。
「そのガラスのポット。金色の包みのチョコを一粒食べるとモスキートマンに変身するのよ。銀色の包みのチョコを食べると人間に戻るわ。その本にもある通り、決して悲しみを吸ってはいけないわ。幸せを少しずつ分けて貰いなさい」
お店のご主人の説明では、モスキートマンになる者は、本が選ぶ。
モスキートマン以外の人は、その本を見つける事が、出来ない。
それまでモスキートマンだった者は、次の者が選ばれた時点で、その役割を終えて、普通の人間として、時を刻んでいく。
何の事か分からないので、勧められるままチョコを一粒。
みるみる小さくなりました。
そして、変身しました。
その姿は、まるで古代ローマの剣闘士か、ジャングルの王ターザンか。裸の身体に皮のパンツ。腰には、剣の代わりにストロー。
そして背中には、透明な羽が、二枚。
羽ばたくと身体が浮きました。
「試しに、私を吸ってごらん」
腰のストローを抜きました。
チュー、チュー。
店主の記憶が、流れ込んで来ました。
ある日突然、モスキートウーマン。
黒皮ビキニのモスキートウーマン。
それまで刻まれていた時間が自分だけ止まってしまいました。
周囲の人間は、老いていくのに、自分はいつまでも若いまま。
生に立ち会い、死を見送り。
いつ終わるとも分からない長い時を生きる孤独。
あらゆる幸せを知る喜び。
モスキートマンは、人の記憶を吸う事が、出来ます。幸せの記憶を吸い込み、物語として、書き留めます。
書き留めた本は、このお店で、誰にでも自由に閲覧してもらいます。
「分かって貰えたかな?今日からあなたが、モスキートマン。そして私は、引退」
悲しい記憶も吸い込む事が出来ますが、一緒に吸い込んだ悲しみに、心が支配される場合があります。
御用心。
幸せな記憶だけを吸い込み、本を読む人に、いろいろな幸せを分けてあげる。それがモスキートマン。
「モスキートマンになると、永遠とも思える寿命と老いない肉体がその手に入る。同時に孤独も手に入る。どう過ごすかは、自分次第。このお店は、歴代のモスキートマンたちが、長い時を過ごすために、生み出したもの」
先代の指導を受けながら、通りを挟んだ正面のお鍋屋さんの幸せを少しだけ。
チュー、チュー。
クリスマスの夜の、とても楽しいパーティータイム。特別なお客さんの訪問と、楽しいひとときの記憶をほんの少しいただきました。とても優しい温もりも伝わって来ました。
とっても美味しいお昼ごはん。
ステキなランチを作る同じ並びの可愛いカフェ。
店主の記憶を少しだけ、幸せの記憶を少しだけ。
チュー、チュー。
桜の季節を待ちわびる店主の澪さん。
花の季節の訪問者。
1年に1度だけ、その娘に会える季節を待ちわびる澪さん。
自分の娘の様に、思っています。
とても楽しみにされていて、嬉しそう。
お鍋屋さんは緑と赤の、澪さんは桜色の表紙です。お店の新刊コーナーです。
よければ、読みに来てください。
お隣のパン屋さん。
この商店街が、コンビニと病院だけになってもお店を閉めなかったパン屋さん。
幸せの記憶を少しだけ分けて貰おうと、お店を覗くと、パン屋のご主人と同じ年頃のお婆さんがパンを求めて、いらっしゃいました。
毎日通うお婆さん。ご主人を眩しそうに見るお婆さん。
お二人の幸せを少しだけ。
チュー、チュー。チュー、チュー。
パン屋のご主人とお婆さんは、昔からの幼なじみ。
お二人は、お互い思い合っていましたが、意地っ張りのご主人と、恥ずかしがり屋のお婆さんは、結ばれませんでした。
お互い、それぞれ幸せを手にしましたが、お互い、つれあいをなくし、お互い、1日1度だけ会える時間を楽しみに、暮らしています。
僕はパン屋さんとお婆さんの物語を書いてみました。
本の表紙は、小麦色。
ただし、最後に彼らは、結ばれて幸せになると、付け加えました。
しばらくして、パン屋を訪ねると、レジには、あのお婆さんが、ニコニコ。
とっても楽しい買い物でした。
モスキートマンの能力。
『記憶を分けていただいた方。その方の幸せの記憶に、ほんの少しだけ、幸せを追加して本に書き込みます。するとその書き込まれた幸せは、現実になります。』
え?僕ですか?
僕は、黄色い背表紙の本に、新たに書き込みました。
『モスキートマン、先代をパートナーとする』
シャッター通りの喫茶店。とても小さな喫茶店。
よけれは、訪ねて来て下さい。
美味しいコーヒーが御座います。
甘いケーキも御座います。
僕たち、夫婦がおもてなし。
終わり(^^)
モスキートマン @ramia294
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