第29話 あとがき

この小説は構想期間20年。



20年というと、すごく練られた物語だと思われてしまうけれども、思いついてから腰上げんのに20年かかっただけの話。しかし、だてに歳月を消費したわけではなく、その間の自身の人生経験などが反映されたと思う。



最初の詩。



“生きる”



人は何の為に生きてるんだろう?



ある悩みから一人公園でベンチに座りボーっとしていた時。



1匹の蟻が自分の何倍もある大きな塊を一生懸命運んでいた。エサでもなさそうな塊。



でもそれは蟻にとって運ばなければならない大事な物。



私はその蟻から目を離せなかった。



人生って、生きるって、こういう事なんじゃないのか?自分しかわからない大事な事を一生懸命やり続ける。他人に笑われようと、自分にとっては大事な大事な譲れない事。



人生って、そんな事の繰り返しじゃないかって。



そして、カツアケされたのも自殺未遂の件も多感な14歳の頃の本当の体験。あの時、私に風が吹きつけてなかったら、私はこの世にいなかったと思う。



だからか、今でもいじめ等で自殺した報道を目にすると本当に心が痛む。



死んでしまったら全てが終わり。自分はそれでいいかもしれないけれど、残された親、兄弟、その他自分に関わっていた人たちには助けて上げられなかった後悔、悔恨の念だけがいつまでも残ってしまう。



生きていれば、命さえあれば、その後に待っている幸せな時間を味わう事ができるのに・・と残念に思う。



でも、死にたくなる人の絶望する気持ちもわかる。



人間、1人で物事を考えると悪い方、ネガティブな底なし沼に陥ったような思考になってしまう。



他人に話す事によって、自分とは違う視点でアドバイスをしてくれたりする。そんなアドバイスが思いのほか悩みを軽くしてくれたりする。



私は本当に“死ぬ”腹が決まって行動した事によって気づかされた。あ、死ぬってやっぱ怖いんだって。自分自身本当は死にたくないんだって。



それに気づいてからは“死ぬ”まで抗ってやる!抗って抗って抗って、それでもダメならやむを得ない死のうと。



そうやって生きていたら、目先に楽しい事が次々待ち構えていた。つらい事もあるけど、それがあったから楽しい事を幸せに感じる。



“死”を意識するからこそ“生”が輝く。



相反する事象だけれど、実は表裏一体。



私は4年間プロボクサーとして活動していた。



身体に残されたダメージ。



鼻は高校生の頃、プロの選手にしこたまどつかれ潰れていた。どんなに鼻血を流そうが心が折れなかった私。



お陰で、その根性を認められプロの選手にかわいがられた。



練習生の頃から打ち合い上等という闘い方だった私は、デビューして間もなく片目が打たれ過ぎからくる飛蚊症になった。その影響で網膜剥離の手前だと医者に言われた。



結局、打ち明けたら引退しろと言われると思い、信頼していたトレーナーはもちろんのこと、ボクサー仲間にも最後まで話さなかった。



片目くらいくれてやらぁ!



目の不自由な方には申し訳ないけれど、それくらい死ぬ覚悟でリングに上がっていた。



耳も何度も鼓膜を破り、医者に行かず綿を詰めて治し続けたせいか片耳が聞こえづらく、聞き間違いが多々ある。



「ほんっと絶坊主って天然よな~。」



と、聞き間違いを笑われる。



いや、鼓膜を何回も破ってるから・・・とか説明するよりも、笑ってくれて場の雰囲気がよくなるならそれでいい。仕事に支障がでなければの話だけれども。



でもね。



それを補って余りあるじゃ追いつかないくらい得る物の方が大きかった。



かけがえのない仲間。



死の恐怖と闘ううちに身についた腹の据わりよう。



他人の立場に立って物事を想像できる優しさ。



ズタボロにやられた人間の気持ち。



強さを得たからこそわかった見せかけじゃない本当の強さ。



本当にたくさんの物を得た。



試合シーンは自分の試合の記憶を頼りに表現した。ただ、ダウンシーンはダウンはした事がなかったので、仲間から聞いた話を元に表現した。どの試合も昨日の事のように思い出す事ができる。



2日前の晩御飯は思い出せないけれど、死を意識して命を燃やした記憶は昨日の事のように思い出せる。



不思議だなと思う。



でも、20年思い続けた小説を書き上げる事ができたのはこの上なく嬉しい。

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飛ばなかった蟻 ~あるボクサーの哀歌~ 絶坊主 @zetubouzu

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