第26話 ダウン

ゴングが鳴る。


映像で見た桑田はゴングと共に暗黙のルールであるグローブも合わせず突進して攻撃を仕掛けていた。


しかし、リング上で対峙している桑田。


勇二の事を警戒しているのか、映像ではしていなかった暗黙の礼儀であるグローブをチョンと合わせて距離を取った。


勇二は自分の戦法を変えず前に出る。


速いジャブを突きながら右へ左へと回り込む桑田。


それを小刻みに体を揺すり、手で払いながらゆっくりと追う勇二。


1分が経過。


一定のリズムでジャブを突き回り込む桑田。


勇二は左に回り込んだ桑田を追い、体の向きを変えた瞬間。


顎を角材で貫かれたような衝撃が勇二を襲った。


「勇二ーーー!」


君子の声。


目の前にリングの床。


え?俺、倒れたのか?


いきなりのダウンに興奮する観客の声。


ダウンした事のない勇二はダウン経験のあるジム仲間によく聞いていた。


「ダウンした時ってどんな感じ?」


「気がついたら目の前が地面なんよ。」


これか・・・こんな感じなんや・・


山本会長からよく言われていた。


「いいか勇二、ダウンした時は慌てて立ったらダメやからな!自分の手足の感覚を確認して、6まで待ってから立てよ!」


勇二は慌てず、感覚を確認した。


・・右手、よし。


左手・・・動く。


「・・・スリーーー!」


・・右足、動く。


「・・ファーーイブ!」


左足・・動く。


「・・・シーーックス!」


よし!立ち上がるぞ!


焦らずゆっくり体を起こす。カウントをする目の前のレフリーの肩越しにニヤリと笑っている桑田。


俺の7年間の落とし前が1ラウンドKO負け?冗談じゃない。こんなんで終われるかよ!


しかし、その気持ちと反比例して足に力が入らない。雲の上にいるかのようにフワフワしていた。


まだダメージが残っていた。


ダウンするって、こんな感覚なんや。


勇二は未知の世界に触れ新鮮な気持ちだった。


「ファイトっ!」


嵩に掛かって攻めてくる桑田。


なりふり構っていられない。すかさずクリンチで凌ぐ。


クリンチなんてするのは初めてだった。でも、そうしないと倒れてしまうほど足に力が入らない。


不細工にクリンチを繰り返し、なんとかラウンドを凌ぐ。


カーーーン!


1ラウンド終了のゴング。


なんとか凌げた。


フラつきながらコーナーに戻る勇二。


「勇二!大丈夫か!」


心配そうに山本会長が言った。


元々スロースターターな勇二。きっと桑田陣営はそれを見越して対策してきたのだろう。


1分でどれだけダメージが抜けるのだろうか?


「勇二!次のラウンド、桑田は顎狙ってくるから、お前の得意な左ボディ!いいな!左ボディ!」


1分のインターバル。


手短な言葉で激を飛ばす山本会長。


ゴングが鳴る。


2ラウンド開始。


桑田はダメージが残っているであろう勇二を一気に攻めてくる。


顎を狙う桑田。


相打ち覚悟でボディを狙う。倒されたら倒された時。


攻撃に比重がいくと防御が甘くなる。


勇二のボディが桑田の腹にめり込む。


特に肝臓。


左ボディで狙う。


レバーを打たれると、体中の血がダメージを修復しようと肝臓に集まる。だから体が動かなくなるという。


だんだんと動きが鈍くなる桑田。


「勇二、いいぞーーー!効いてる!効いてる!」


山本会長の声。


攻撃している間にだんだん回復してきた勇二。


桑田は勇二の徹底したボディ攻撃にガードが下がり後退する。えずく声が漏れる。


2ラウンド終了のゴング。


「いいぞ!勇次!桑田、ボディ効いてるぞ!続けろ!」


3ラウンド開始。


足を使い徹底的に距離を取る桑田。


若いだけに1分間での回復力は流石だった。


そんな桑田を追い立てる。


時折放つ桑田の右ストレートが勇二にヒットする。


やはりダメージが抜けてないのか反応が遅れる。


これが7年間の錆か?


そんな事を考えながら、桑田が繰り出す右ストレートがヒットする場所を急所の芯からずらす。


それが精一杯。


芯をずらしても蓄積するダメージ。


このラウンドは取られたか?


ラウンド終了のゴング。


「勇二!大丈夫か!桑田の右もらい過ぎや!足の動きが鈍なっとる!」


やはりダウンのダメージが残っているのか?


次のラウンド、勇二は一か八か勝負に出た。

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