第25話 死刑囚の目

いつもそうしていたように、大きく息を吸い込み力強く息を吐き出す。


「はっ!!」


これでリングに上がる腹が決まる。それは、リングに上がる恐怖、相手に対する恐怖、死に対する恐怖、その全ての恐怖を吐き出すかの如く。


清、一緒にリングあがろうぜ・・・


ゆっくり一段ずつ階段を上がる。


果たしてリングを降りる自分は、どういう心境なのだろうか?


リングイン。


既にリングインしている桑田はシャドーしながら鋭い視線で勇二を見つめていた。


リングコールが終わり、レフリーにリング中央へと呼ばれる。


“魂のメンチの切り合い”


勇二はこの時間をそう思っている。人間の殺気を明確に感じとれる空間。


デビューしたての4回戦の頃はチンピラみたいな睨み方をしてくる奴がいる。しかし、6回戦、8回戦と上のレベルになってくると、そんな見せかけの強がりは無駄な労力というか、必要なくなってくる。


皆、判で押したような視線で見つめてくる。


ボクシングというルールの元、両拳だけを使って相手を攻撃する。たとえその結果が相手の命を奪ってしまったとしても罪に問われない。


つまり、相手も自分を殺すつもりで攻撃をしてくるという事。


殺るか殺られるか。


ある実話雑誌の記者が殺人を犯した死刑囚たちにインタビューをした時の記事が勇二は印象に残っている。


その死刑囚たち皆、犯行時の事を回想しながら話す時。皆、トロンとした目になり、恍惚とした表情になるという。


あ~やっぱアイツら殺しにきてたんや。


妙に合点がいった勇二。


そして今。


目の前にいる桑田。


トロンとした恍惚感に包まれた顔。殺しにきている顔。


おそらく勇二も同じ顔をして桑田を見つめている事だろう。


まさに今から殺し合いをする2人が、レフリーの注意を聞くというルールの元、至近距離で対峙していた。考えてみたら滑稽だ。


「勇二、桑田最初っからガンガン詰めてくるからな!気をつけろ!」


桑田の試合の映像。


好戦的な選手で打ち合い上等と言わんばかりに距離を詰めてくる。

勇二とタイプが非常に似ていた。


我慢比べの消耗戦になるだろうな。


激しい闘いになるのは覚悟していた。


そしてゴングが鳴る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る