第21話 選ばれし者の恍惚と不安二つ我あり

ゴンザレスから逃げたと思われた7年。


自分には生きる価値なんてない。


だからといって死ぬ勇気もない。


絶望の底のような出口の見えない長い長いトンネルをただ俯いて歩いていた7年間。


そして君子という女性と出会い結婚。


清の死。


俺と君子の子。


再びリングに上がる自分。


その全てが1本の糸で繋がっている。





そして試合前日の計量会場。


ホテルの一室を借り切っての計量。試合に出場するボクサー達がロビーに集合していた。


「あれが桑田や。」


山本会長が勇二に耳打ちして指差した男。勝ち星全てKO勝ちらしくパンチのありそうな上腕。ボディビルダーとは違った筋肉の付き方をしている隆起。


危険な相手。


しかし、そう思えば思うほど、恐怖感と裏腹に何とも言えない高揚感。


“選ばれし者の恍惚と不安二つ我あり”


勇二の好きな言葉。リングに上がる人間の感情を絶妙に言い表している。密かに抱いている破滅願望のせいだろうか?強者であればあるほど興奮してくる。


桑田もトレーナーから勇二の事を教えてもらったのだろう。一瞬、視線がぶつかる。この計量の時から勝負は始まっている。


対戦相手の肌艶、顔色、筋肉の付き方。様々な情報をそれとなく見ている。という事は自分も見られているという事だ。


無事にリミット一杯で計量を終えた。ホテルを後にし、自宅に戻った勇二。


「勇二、何食べたい?」


君子がエプロンをして台所にいた。


「そうやな・・リゾットかな。」


「え?お肉とかじゃなく?」


前日計量が終わり、たらふく食べて、翌日のリングに上がる時にはキロ単位で増量している選手がいる。勇二には考えられない事だった。


“欲しがりません勝つまでは”


というわけではないけれど、相手に対する殺意を維持するためあえて抑制する。そんな感じだろうか。


「勇二、明日、無事に帰ってきてね。」


「・・・あ~勿論。」


そう言って早々と就寝した。


不安がないと言えば嘘になる。


7年。


止まっていた時計が動き出してから3ヶ月。


あん時の自分を助けなきゃ・・・


勇二は静かに目を閉じた。

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