第10話 残酷な結末・・・


減量も順調。パンチもこれ以上ないくらい切れていた。スタミナも走り込みをこれまでにないくらいにこなしてバッチリだった。




間違いなく自分のこれまでの試合の中で最高の仕上がり。その反面、恐怖心も尋常じゃないくらい感じていた。




倒れた事のない自分が受けた事がないくらいのパンチ力を持つ相手。




実際、ゴンザレスと試合をして再起不能になった選手もいるくらい危険な相手。




強者とやる際の独特な感覚。




体が震えるほどの恐怖心を抱きつつ、自分が壊されるかもしれないという恍惚感。“滅びの美学”とでも言うのだろうか?




『選ばれし者の恍惚と不安二つ我あり』




勇二の好きな言葉。この言葉は、正にリングに上がる選手の気持ちそのものだと思う。




メディアにも取り上げられたせいか、街中でも声をかけられる事が多くなった。




「頑張って下さい!」




「応援してます!」




しかし、この中の1人でも本気で勇二が勝つと思ってくれている人間がいるのだろうか?




どうせ皆、自分が無様に倒される様を見たいのだろう。心の中で勇二はそう考えていた。それくらい、ゴンザレスの強さは圧倒的だった。だが、勇二は本気で勝つつもりでいた。負けるつもりでリングに上がるボクサーなんていない。皆、負けると思ってたからこそオファーを断ったのだろう。




1R持ったら100万円?舐めやがって!




試合が決まってから勇二の根底には常にこの気持ちがあった。100万と世界ランキング、2つとも奪いとってやる!かつてないほどのハングリー精神を感じていた。




「よし!試合まで5日だ!減量も順調だから、徐々に疲れを取っていこう!今日は軽く調整程度にマススパーで終わりにしよう!」




順調な仕上がりの勇二にトレーナーが言った。




ゴングが鳴り、ゴンザレスを想定した相手が早いジャブを連打し、降り下ろしぎみの右を軽く打ってきた。




この右で、ことごとく相手を破壊してきた。対策してきたウィービングとダッキングを併用し、相手の懐に入る。そして、ボディーに連打を入れる。




もう一度。




この数ヶ月間何度も何度も繰り返し、身体に覚えこませてきた。




「勇二!踏み込みのスピードな!」




トレーナーの檄が飛ぶ。




もう一度・・・




相手の早いジャブの引き際に合わせて、中に・・




膝を使ってウィービングしたその瞬間。






ゴキッ!






稲妻のような衝撃が勇二の身体を貫いた。その場に崩れ落ちる勇二。




「ゆ、勇二っ!大丈夫かっ!」




トレーナーが慌ててリングに入ってきた。下半身にまったく力が入らなくなり、立ち上がる事ができなかった。






ウソでしょ・・・






勇二は動かなくなった体を抱えられてリングの外に運ばれている自分が、夢の中の出来事のように思えて仕方なかった。

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