第6話 男は強くなければ大切な人はみんな遠くへ行ってしまう


思考のスイッチが切り替わった勇二。ある日、テレビで映画を見ていた時のこと。


「男は強くなければ大切な人はみんな遠くへ行ってしまうんだぞ!」


主人公が言ったセリフに心を撃ち抜かれたかのような衝撃を受けた。


あれ以来、彼女は勇二に近付こうともしなくなった。むしろ避けられていた。


男は強く・・強くなければ・・・大切な人はみんな遠くへ行ってしまう・・・・


たまたま学校帰りに目に入ったのが山本ジムだった。


「中に入ってみるか?」


ジムのガラス越しに食い入るように見ていた勇二に声を掛けてきたのが山本会長だった。恐る恐るジムの中に入り、練習を見させてもらった。


サンドバッグを殴る音。シャドーボクシングをしているボクサーの息遣い。


テレビでボクシングの試合は見た事があったけれど、生で見る練習は迫力満点だった。


これだ!俺が強くなるにはボクシングだ!


勇二は決めた。


「君、ボクシングやりたいんか?」


「はい!ボク、強くなりたいです!」


即答した勇二に会長は言った。


「なんで強くなりたいんや?」


勇二は正直に答えた。


「・・・アイツらに仕返ししたいんです!」


アイツらにカツアゲされた事。男として彼女を守れなかった事。


不純な動機だから、ジムによっては断られたかもしれなかった。


「よっしゃ!わかった!明日から頑張ろう!」


「はいっ!」


明確な目標が出来た勇二はボクシングにのめり込んだ。日に日に強くなっている自分を感じる充実感。


数日前まで死のうと思っていた自分がウソみたいに生きる希望に満ち溢れていた。


そんな日々を1年過ごし、自分の拳に自信が持てた頃。あの忌まわしいゲームセンターにいる不良グループに仕返しに行こうと考えていた勇二。


「勇二。お前、まだ仕返しする事、考えてるのか?」


練習が終わり、更衣室で着替えていた勇二に山本会長が声を掛けた。


「は・・はい。」


会長に見透かされているように感じて、正直に答えた。


「いいか、勇二。お前の拳は、もう1年前の拳じゃない。」


会長はいつになく真剣に勇二を見据えて語りかけた。


「お前の闘い方は狂気すら感じさせる攻撃的なファイトスタイルや!お前はアマチュアボクシングに行ったら反則を取られて、お前の持ち味が発揮できない。だから、プロに行け!プロになれ!」


勇二の心に山本会長の言葉は響きすぎるくらい響いた。


「勇二!お前、プロに行け!」


繰り返し強く会長は言った。


親以外の大人に真剣に言われて、泣きそうになるくらい嬉しかった。あの不良グループに拳を使うのがちっぽけに思えた。


そして、勇二はプロボクサーになった。


勇二は少年に、あの時の山本会長のように真剣に語りかけた。


「男は強くなければ大切な人はみんな遠くへ行ってしまうんだよ・・。」


少年は黙って勇二の話を聞いていた。








翌朝、勇二がロードワークの前に準備体操をしていた。


屈伸運動をしていた時。


地面を見ていた勇二の視界に真新しい新品の運動靴が目に入った。勇二が顔を上げると、そこには昨日の少年が立っていた。

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