第7話 不思議なボーリング場


昨日の別れ際、勇二は少年に伝えていた。


「もし、君が今の自分よりも強くなりたければ協力するよ。俺は朝6時にそこの公園でトレーニングしているから。」


少年自身も今のままではダメなんだと思ったのだろう。


真っ白く新品の運動靴。少年自身生まれ変わりたい気持ちが表れていた。勇二には少年の気持ちが痛いほど理解できた。


少年の名前は“沢野和也”高校2年生。


高校1年の頃から、あのグループに目をつけられて酷いイジメを受けていた。もう地獄のような学校には行きたくない。


自然と不登校になっていた。でも、方や毎日このままじゃいけないと思う自分もいる。


そんな相反する自分との闘い。


このままじゃいけないと思う自分が勝っている時は勇気を出して学校に行く。


だけど、アイツらは待ってましたとばかりにイジメてくる。アイツらにとっては、遊びの一環なのかもしれない。


しかし、和也にとっては日々心を殺されるような惨めさ苦しさがある。


「お願いします!ボク、強くなって地獄のような毎日を終わりにしたいんです!」


和也は真っ直ぐな目をして勇二に言った。


あの頃、俺もこんな目をしてボクシングを始めたのかな・・・


勇二は、懐かしさにも似た感情を抱いていた。


5キロくらい走り、公園に戻った2人。休憩がてらベンチに腰かけて少し話をした。


「和也、中学の頃は部活何かしてたの?」


「はい、バスケットボールしてました!万年補欠でしたけどね。」


そう言って自嘲気味に和也は笑った。


バスケットボールか・・・


勇二の頭の片隅に引っ掛かっていた知識。


「確かバスケットボールってピポッドターンっていうのあったよね。」


「はい、ボク、あれ得意なんです!」


山本会長も勇二の溢れんばかりの突進力をアマチュアボクシングではなく、プロでこそ生きると、うまく誘導してくれた。


和也の得意なピポッドターンを利用して奴らに対抗できると勇二は思った。


そして、この日から勇二と和也の二人三脚のトレーニングが始まった。








その日の夜、山本会長から電話があった。


「勇二、階級は決まったか?」


勇二の今の体重は66㎏。現役の頃は、スーパーバンタム級55,3㎏でリングに上がっていた。試合以外、普段の体重も日頃から節制していたので61㎏前後で、減量は5㎏程だった。


引退したボクサーが、現役時代の激しい減量の反動からか無様に太っている姿。勇二は、それが嫌で最低限の体型維持のトレーニングはしていた。


試合までの3か月をなるべく減量に裂きたくはなかった。


現役時代の階級は10㎏近く落とさなければならない。3か月で実戦の勘と減量の2つを満たすのは難しいと思った。減量は現役時代と同じ5㎏が限界だろう。すると、ライト級(61、2㎏)が妥当か。


「ライト級でお願いします。それと、対戦相手なんですけど・・」


勇二には対戦相手にどうしてもこだわりたい理由があった。


「強い選手。できたら無敗の選手をお願いします!」


「無敗?でも、お前ブランク7年もあるんだぞ。大丈夫か?」


「いや、会長これは清の為だけじゃないんです。自分の過去に落とし前つけなきゃいけないんです!」


しばしの沈黙の後、会長は言った。


「そうか・・お前らしいな。やはり、7年前のあの出来事か。ワシはお前が逃げたなんて、これっぽっちも思ってなかった。」


決してチャラにはできないと思う。しかし、強い選手と闘うことで、自分の中でケジメがつくような気がしていた。


「わかった!お前の納得する相手を探してやるからな!それと、練習できるジムは、今、交渉しているから。とりあえず、このボーリング場の2階にサンドバッグが打てる施設があるらしいんや。ジムの交渉がまとまるまでは、そこで練習してくれ!」


会長は嬉しそうに言った後、ボーリング場の住所を教えて電話を切った。


本当は古巣の山本ジムで練習したかった。しかし、勇二が住んでいる県は山本ジムがある県の隣。さすがに県をまたいで練習には行けない。


側で聞いていた君子は不安そうな顔をしていた。


翌日、昨日、会長から教えられた住所にあるボーリング場に行った勇二。


1階はボーリング場で、2階に上がると卓球台が10台くらいあり、その奥にサンドバッグが4基とシングルとダブルのパンチングボールがあった。


卓球とボクシング。


不思議な組み合わせだなと勇二は思った。しかし、そんな呑気な事を考えている余裕は勇二にはない。一刻も早く実戦の勘を取り戻さなければならない。


受付にいる若者に会長から聞いた通り500円を支払い、更衣室で着替えた。


練習場には先客がいた。7、8人のグループ。上半身裸で、刺青を入れている人間もいた。


どうやら、そのグループはキックボクシングの団体らしく、サンドバッグを蹴ったりしていた。


勇二は刺青をこれ見よがしに見せる人間が大嫌いだった。


着替えが終わり、タオル、バンテージ、グローブを持ち、いつもそうしていたように入り口で挨拶をした。


「お願いしまーーすっ!」


勇二の大きな声に反応した集団。突き刺さるような視線を感じた。


構わず、黙々と仕事に取りかかった。バンテージを巻き、柔軟体操。


その間もチラチラとした視線を感じた。


ジムと同じように大きな鏡があり、自分のフォームを確認しながらシャドウ。


コイツはどの程度の実力なのだろうか?


他ジムに出稽古に行った時を思い出す。皆、初めて見る私の事を突き刺すような視線で見てくる。


ゴングではなく、ブザー音で3分経った事を教えてくれた。いよいよ7年振りのサンドバッグ。ブザーが鳴り、新たなラウンドが始まる。


最初は軽く確認しながらパンチを繰り出す。ラウンドの半分過ぎた辺りから力を込めて拳をバッグにめり込ませる。


見る人が見ればわかるだろう。


押すようなパンチだと無駄にサンドバッグが左右に揺れる。本当にパンチ力がある選手のバッグ打ちはサンドバッグが縦に揺れる。


そして何より音が違う。縦に揺れるから吊ってある鎖の音が派手に聞こえる。


勇二が打ち込むバッグは縦に揺れて鎖の音が場内に響き渡っていた。明らかに手を止めて勇二のバッグ打ちを見られているのがわかった。


久しぶりだったので4Rで息が上がった。


さすがに7年という月日は、あらゆる面で勇二を退化させていた。クールダウンし、座ってリングシューズの紐を解いていた。


すると、視界にたくさんの足が目に入った。


見上げると、キックボクシングの集団がそこにいた。

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