第5話 飛ばなかった鳥

勇二が中2、14歳の頃。付き合ってはいなかったけれど、お互い意識し合うような女の子がいた。彼女と呼ぶには、まだ、いろんな部品が足りない淡い関係だった2人。




ある休日、2人で買い物に出掛けた時の事。




「ちょっとゲームやらへん?」




勇二のそんなワガママに付き合ってくれ、買い物をする前にゲームセンターに立ち寄った2人。




なんてことない穏やかな休日。そろそろ、正式に告白してもいいかな?と考えていた勇二。




「おい!お前!さっきこっち見ただろ!」




勇二は声がした方を振り返った。ボンタンを履いた、いかにも不良という男が立っていた。この瞬間から、なんてことない穏やかな休日は地獄へと様変わりする。




その男の後方には8人くらいの不良グループがいた。高校生くらいなのだろうか、勇二よりも一回り程体が大きかった。




変な唾がとめどもなく出てくる。心臓は飛び出さんばかりに脈打つ。頭はぐるぐる回り続けたかのように目眩がした。




「お前、女連れてるからって調子に乗ってんなよ!」




女の子は今にも泣き出しそうな顔になっていた。




神様、お願い!助けて下さい!




勇二は心の中で必死にお願いしていた。2人は近くの公園まで連れて行かれた。




「おいっ!お前、女も連れてゲームって、いいご身分だな!俺たちにもゲームする金よこせよ!」




周りを不良グループに囲まれ、完全に逃げ場を失われた状態。勇二が必死でお願いしていた神様は助けてくれそうになかった。女の子を何とか無事に帰してあげたい一心で必死に考えた。




「お金渡せば許してくれますか?」




「おっ!話がはえーな!有り金全部置いてったら許してやるよ!」




薄ら笑いを浮かべた男が言った。




彼女を守る為・・・




男として抗えない自分が情けなかったけれど、彼女を守る為、仕方ないんだと言い聞かせた。でも、本当は自分に危害を加えられる怖さの方が勝っていたのかもしれなかった。




不良グループは、言葉通り勇二が差し出した金を無造作に鷲掴みして去っていった。




「だ、大丈夫だった?」




全然、自分が大丈夫じゃなかったけれど、形だけでも彼女に声を掛けた。泣いていた彼女は小さく頷き、それからは2人共、無言で家に帰った。男として何も出来なかった情けなさが、化け物みたいな劣等感になって襲ってきた。




翌日、学校に行った勇二。




「おいっ、勇二!昨日、カツアゲにあったんだって?」




クラスメートが茶化すように問いかけてきた。この事実を知っているのは彼女と勇二だけ。勇二は昨日の事を謝ろうと彼女の元へ行った。




「何かアンタと話したくないみたい!」




取り巻きの女子が彼女を庇うように立ちふさがった。勇二がカツアゲされた話はクラス全員が知る事となった。




女を守ってやれない男。




ビビッて金を差し出す情けない男。




結局、その日からクラスのみんなから無視されるという新たな地獄が始まった。




“無視”




そこに居るのに、自分は存在していないかのような扱いをされる。幼い少年の心を殺すのに、そう時間は掛からなかった。




『苦しみながら生きる』か『死んで楽になるか』




幼い少年はこの2択から選らばなければならないくらい追い詰められていた。僅か10年足らずしか人生経験のない少年が苦しい方を選ぶべきもなかった。




勇二は無視した奴らにせめてもの報いをと学校で自殺してやろうと思った。




誰もいない屋上に1人立つ。




眼下には、少し小さく見える朝礼台が目に入った。




勇二は、下ばかり見ていた顔を上げて、最後に空を見ようと顔を上げた。




2羽の鳥が遊んでいるのだろうか、近づいたり離れたりを楽しそうに繰り返していた。




いいなぁ・・・ボクも鳥になりたいな・・こんな地獄みたいな世界なんて逃げたい・・・




勇二は目を瞑り、両手を広げ鳥になろうとした。




正に飛び降りようとしたその瞬間。




コンマ何秒か早く、突風が勇二を吹き付けた。




「あっぶねーーーーーっ!」




心の準備が整っていなかったのか、勇二は目を開けて後ろに尻餅をついていた。




今から死のうとしている人間が、あっぶねーー!って。




なんか笑いが込み上げてきて、気が付くと泣きながら笑っていた勇二。




あ、俺、まだ生きたいんだ!って。




俺、死にたくなかったんだって。




その瞬間、思考のスイッチがパーーーン!と切り替わった。




本当にパーーーンって。




俺が無視されてんじゃねー!俺がお前らを無視してんだよ!って。




死ぬ前に抗ってやる!精一杯抗ってやる!死ぬのはそれからだ!って。




そして、ある映画を見て、主人公の言ったセリフが胸に強く深く突き刺さった。


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