第34話・決着


 次の都市についたのは10日後。森が繁った場所から出たすぐに焦げた農地が広がり、都市を守る壁が見えない。


 都市国家フィールドランド。壁を囲わずに広げた農業を主とし、魔物と戦いながら農家を営む屈強な都市だ。ワイバーンと戦えるガーベラ北騎士団がいる。しかし、そんな騎士団でも目に見えて被害が出ているのがわかるほど焼け野はらだ。遠くから見えるのは膨大な焼き払われた農地が見えるのだ。


「酷い」


 徹底的に潰している。もし、私達が解決しなければあの都市国家もこうなっていたかも知れない。一人の愚かな行いがここまでの怒りを喰らったのだ。


「まぁこの国は農地を縛らないお陰で復興は早いだろう。いつだって隣は無法地帯とワイバーンの通り道。壊れても大丈夫なんだよ。あとこれは焼き畑な」


「えっ?」


「壊されてもすぐ治すのがここの特徴なんだ。不屈な国だよ。植物も強い、もう生えてきてる。これを焼いて肥料にするんだ」


「えっと………生命力が高いのか?」


「そそ、何度も何度も崩壊を迎えようと不屈で立ち上がる。そんな都市国家さ。山が多くって採掘も盛んだしな。何故か滅びない」


「……そっか。凄いんだな」


「そう、凄い。ドラゴンで滅んでないのだからな」


 勇者と共に焦げた農地を進む。何の植物か知らないが確かにポツポツと双葉が生えていた。そして、芋が埋まっていることも聞いた。


「わぁ……凄い生命力」


「植物は舐めてはいけない。俺らが滅ぼうと植物や風は世界にあり続ける。風の魔法使いはこれを理解しないとな」


「さすが勇者………」


「なぁ……本当にそろそろ勇者と言うのやめないか?」


「嫌がる姿が楽しいのでダメです」


 怒らせてもいいと思う。わからず屋なので嫌がらせしたい。そんな悪戯中、門の下まで来ると騎士が身分証提示お願いだれて自分はそれを提示した。勇者も提示する。すると、騎士がじっと彼を見て、そして言葉を発する。


「冒険者トキヤ。待ち人がいます。ここへ」


 一枚の紙を渡される。地図らしく、この都市の一つの酒場の位置が示されていた。


「いったい誰だ? 馬舎のある宿に荷物を置いて向かおう」


「感謝します。近くにある宿はこの地図のここですね」


 宿の位置も教えて貰った。「待ち人とはいったい誰だろう?」と思う。







 宿屋に荷物を置き。言われた酒場へと足を運んだ。入ったとき、カウンターに見覚えのある背中が目に留まる。紫蘭さんだ。アクアマリンの受付嬢がそこに座っていた。


「紫蘭!?」


「紫蘭さん!?」


「思った以上に早かったな。もっとゆっくり仲良く旅してるかと思ったよ」


 彼女が、振り向き鋭い目付きを勇者と私に向ける。何か、真っ直ぐな視線に少し冷たさを感じた。


「なんでここに? いや………冗談は抜きだ」


 勇者が彼女の隣に座る。自分も真似て座った。


「賞金目当てで来たか?」


「それもあるが、話がしたい」


「なんだ?」


「一つ、お前らに連合国内の冒険者ギルドは討伐依頼を出した」


「で? いっぱい敵が来るから気を付けろと?」


「ふん………集まらなかったよ。お前は誰かと正体を教えたら金に目が眩んでたのが全員、目を醒ましやがった。残念だが腰抜けしか居なかったよ。既に戦える奴はもう『居ない』んだ」


「連合国も落ちぶれたもんだ」


「死にたくない奴だけになった……悲しい事だ。知り合いは傭兵のオークと旅をしているし、霧散したんだ」


 自分は息を飲む。一本の糸がピンっと張っている空気に緊張感で頭が痺れる。


「で、そんな情報を伝えに? わざわざ先回りして元同じ騎士団に伝言を?」


「いいや、これを」


 何か手紙みたいな物を彼女は勇者に手渡す。


「これは……!?」


「ああ、そうだな。相手は私だ………誰も狩りたがらないからな仕方なく狩ってやろう『魔物』を」


 自分はそれが何かを覗き込むがわからない。


「………刀は捨てたんじゃなかったのか!!」


 勇者が強く言い放つ。


「さぁな、拾い直しただけ。トキヤ、彼女と二人っきりでいいか? 話がしたい」


 鋭い目付きを私に投げる。その威圧に押し負けるように顔を縦に振った。


「ネフィア!! ダメだこいつはお前を………」


「大丈夫、お前と事が終わるまで。それまで手を出さない。刀に誓って」


「しかし……」


「勇者、大丈夫。そこまで言うんだから信じましょう」


「くっ…………わかった!!」


ダンッ!!


 勇者がカウンターを強く叩き、立ち上がる。


「紫蘭、何かしたら……………死より過酷な事を覚悟しとけよ」


「…………わかった。何もしない」


 底が冷える声で凄んだ勇者がマントを翻して酒場を出ていく。彼女と二人っきりなった。さぁ何を喋るのだろう。身構える。


「………別れなさい」


「!?」


「あなたは彼を不幸にし、死地へ追いやるわ」


「なっ!! なっ!!」


 慌てて音を切る。勇者に聞こえないように。


「彼は何も言わないでしょうけど。あなたは巨額の賞金首。連合国にいなくても帝国。いいえ何者かもわからないほど数多くの者と戦うでしょう」


「そ、それは………」


「考えてなかったでしょ?」


 確かに私は賞金首。しかし、彼なら。そう私は信じる。


「彼なら………大丈夫」


バチーン!!!


 頬に痛みがする。怒られてる。ヒリヒリ痛む頬に触れる。


「ふざけないで、あなたを護って死ねって?」


「死ねって………そんな、言ってない!!」


「あなたをね。護るために彼は自分を犠牲にする。ああいう馬鹿は死んでも治らないの」


「……………絶対死なない。絶対死なない!!」


「だから、何度同じことを!!」


 自分は目に涙を浮かべる。彼は死なない絶対。その理由に胸が締め付けられる。頬の痛みより痛い。紫蘭が言葉を窮する。忘れていた訳じゃない。そう私は勇者を利用しているのだ。


「勇者は………ロケットペンタンドに描かれてる『彼女』に会うまで死ねないってきっと思ってる。私じゃない、私に似た誰かさんに逢いたいから。教えて貰ったから。あの強さはそのために……だから」


「…………なら、なんであなたがずっと彼の近くに飛び回ってるの? 別にあなた強いでしょ? ワイバーン戦で見てたわ」


「それは………」


「ふん、一騎討ち彼じゃなくてあなたにすれば良かったわ。彼、かわいそう。好きでもない人を護ってね」


 紫蘭が立ち上がり、私を一瞥し酒場を去っていく。入れ替わるように勇者が入ってきた。罰が悪そうな顔をして。


「ネフィア? なんで泣いてるんだ?」


「なんでもない!!」


 私は立ち上がり、酒場を去ろうとして、彼に聞こえないように声を消して叫ぶ。


 「彼女が言っていることはわかってる‼ わかってる‼ 彼は義務として、私に悪いと思って助けてくれている。それを利用してるのは私だ!! そうしようと考えた!! だけど、だけど!! 一緒にいたいって!! 思ってしまってるんだ‼ 考えたくなかった考えたくなかった!! 見ないように見ないように見ないように見ないように!!見ないように………してたのに」


 彼女の影が私を苛む。私の心の奥の感情が『ネファリウス』を苛む。


ガシッ!!


 強く腕を捕まれた。


「待て。何を言われたか……知らないが一人で行くな」


「離して!! 一人にして‼」


「無理だ!!」


「『彼女』の元へ行けばいいじゃない!! ロケットペンタンドの『彼女』の元へ!!」


「何を吹き込まれたか…………こっちへ」


 強く引っ張られる。痛いほど。路地裏に連れられ、彼は自分を抱き締める。強く、逃げられそうにないほどに。


「逃がさない、何を言われた!! 言うんだ‼」


「…………私が近くにいると『不幸になる』て賞金首だから………沢山、沢山来るって」


「………」


「勇者は死地へ向かわせてるのは私だって言ってた………そうだと思う。もう私一人で生きていけるぐらい大丈夫なのに頼ってるって………それでそれで………」


 好きでもない奴とか………そこは伏せて話をした。言いたいことは別にあるけど。言えないでいる。


「そうか、あいつはそう言ったんだな?」


「うん………だから、ごめん。離れて……その通りだと思う。私一人で大丈夫だから。お荷物だから」


「絶対嫌だ」


「!?」


「絶対離さない。最後まで戦う、絶対だ。紫蘭は関係ない。俺の意志は俺が決める。お前が嫌がろうとな。残念だが、諦めろ」


「………うぅ」


「だから、いつか言った嫌われても勝手に護る。わかったな」


 勇者が抱擁を解く。


「俺が正しいか紫蘭が正しいか明日でわかる。果たし状、一騎討ちを頼まれたからな。気が乗り気じゃなかったが…………気分が変わったよ。俺が……決めないといけないんだ」


「う、うう………」


「………今日はもう宿に行こう」


 抱擁を解いても彼は私の手を絶対離さなかった。逃がさないように強く強く握りしめられ。やっとその手が離れたのは部屋に戻ってからでした。





 次に日、早朝。果たし状とは一騎討ちの挑戦状や白い手袋を投げる意味と同じものだった。それを知り、不安になりながら一言も喋らず朝食を済ましてその場所に向かった。


 壁の外、焦げた農地を勇者の後について歩いていた。遠くに、片腕の剣士が立っている。騎士の鎧を身に包み。肩に華の騎士団のマークがある。彼女だろう。


「逃げずに来たな。トキヤ」


「ああ、ネフィア離れてろ……邪魔だ」


「う、うん」


「トキヤに護られているお姫様はさぞ楽で良いだろうね」


「…………おい。挑発は俺にしてこい。それと俺を倒したら………ネフィアをどうする?」


「勿論同じところへ送ってあげる。慈悲深く。私は……お前と違う」


「ありがとう。聞けてよかった」


 二人は距離を取る。そして、殺し合いの用意をするのだ。勇者が剣を担ぎ。紫蘭は刀の柄をつかむ。


 ピンっと空気が引き締まる。


 そして、二人は走りだし距離を縮めた。切り合いが始まるっと思っていた。だが切り合いなんか一切なかった。


 勇者が剣を離して近付き、紫蘭の右手を左手で掴み。そして右手にはあのナイフで紫蘭の腹を突かれ鮮血が鎧の間から滴る。


 勇者が両手を離して蹴飛ばし、距離を取った瞬間、手放した両手剣を持ち直し、そのまま斬りかかった。


 それに応じ抜き放った紫蘭の刀を上から叩きつけ、彼女を斬り払う。圧倒的な、圧倒的な決着に唖然とする。


「えっ?」


 状況を見ていた自分は、情けない声を出した。紫蘭が倒れ、終わってみればあっという間だった。容赦のない……太刀筋に私は狼狽える。これが戦い。





 痛い、一瞬。一瞬だった。何が起こったか考える。


 相手の大剣と刀のリーチ差を考え深く踏み込んだ筈だったのに。気付けば刀を抑えられ居合いを止められ、腹に痛みがし、後ろへ下がったと思ったら剣を降り下ろしている瞬間だった。それに居合いを放ったのに………それすらも力で押し返される。


 そして今、私は空を仰いでいる。激痛のなかで温かい液体が体を濡らしている。


「紫蘭………強かった。そして、さようなら。俺は地獄行きだからさ。次は逢えないと思うよ」


「バカ強いな、トキヤ」


 全く歯が立たなかった。いや、わかっていた。ずっと戦い続けて来たんだこいつは私は全盛期から変わってない太刀筋だったのに。ここまで差が開いた事に満足する。


「紫蘭さん………ごめんなさい」


 近くでネフィアの声と同時に頭に触れるものがある。激痛が引いていき何も感じなくなった。四肢は動かないが、意識はまだあった。私の手をネフィアが両手で掴んでいる。


「ごめんなさい。痛みだけ感じなようにしました………ごめんなさい。私にはそれが精一杯です……ひぐ……」


「ネフィア!! 手を貸してはダメだ!! 果たし状に書いていただろ、御法度だ!!」


「勇者!! ごめん!! でも………少しの間、会話させて」


「………」


 手が温かい。彼女を見ると目があった。


「ごめんなさい。昨日、怒ってくれたこと感謝します。それで………何故一緒にいるかお答えしようと思います。彼には聞かれたくないのでこっそりいいます」


 涙を含んだ目で真っ直ぐ見つめる彼女。多分言いたいことはわかる。わかってしまう。


「私は、彼が好きです。だから一緒にいたい…………それは間違いないです。だから、本当に迷惑かけるんです」


「…………そう…………やっぱり」


「!?」


「ふふ、私も強い男は好き………彼も騎士団長も皆………でも皆、私を置いて旅立って行った。皆が空へ」


 ああ、もう最後だし言っていいか。優しい彼女に。語っても。


「恨んだよトキヤを。殺さなかった事を」


「…………」


「皆と一緒に行けなかった事を。でも、トキヤは変わってなかった」


 静かに自分の言葉を聞く彼女。こんな最後でよかった。もっと早くもっと早く。終わりたかった。


「変わってないとさ、思い出す。皆のこと、置いてかれた気がしてさ………はは」


「………死後のあなたに奇跡有らんことを願います。また仲間に出会える奇跡を。魔族の夢魔だけど、祈ります」


「優しいね。本当にごめんね。叩いて。妬いたんだ少し、昔を知ってる人が幸せそうにしてるの。妬いたんだその幸せそうにしているお相手に」


「大丈夫です。ありがとう。気付かせてくれて。でも……でも………他にいい方法………なかったんですか!! 絶対に死ぬってわかっていたでしょう!!」


「ごめん。ギルド長に命令されたし………それに………トキヤの昔の私の勇姿を聞いたら、もう一度戦いたいって…………ああ、勝てない訳だ。だってさ」


 あのとき殺される筈だったのに、それを今になっただけなのだから。優しい行為の残酷な行為。


「あー、トキヤ…………殺さなかったの恨んでるから………そして、ありがとう戦ってくれて。全力で……………」


 目が霞む。眠い。


「………そしてごめん。未来を希望も全て生かされたのに。お前のいう女になれなくて、戦って死ぬしかない武人ですまない。トキヤ、好きだったぞ」


 目を閉じる。目蓋に写る仲間たち。すまない。遅くなった。


「今、行くから。遅くなって……すまない、皆」







 私は、目を閉じた彼女を見届ける。あまりにも呆気ない終わりに心が軋む。あっさりすぎる終わりにポロポロと涙を流す。


「同情するな。戦争とはそういうものだ。俺の不始末で彼女は苦しんだんだな。悪いことをした…………本当に悪いことした……一人残してしまったんだ俺が……」


「そうだね………でも。大丈夫。満足した顔だよ」


「はぁ………綺麗な女性で好敵手だったから紅塗って男と幸せになって欲しかったのに」


「それが出来なかったんだよ。好きな人がこの世にいないから。そして……なんでもない」


 彼女もきっと惚れたのだろう。勇者に。だけど、もう彼女には何も出来なかった。


「…………俺が斬った誰かだったんだろうか? 好きな人。恨まれて当然の事をしてる自覚はあるが。堪えるな」


 彼女は喋らない。もう眠ってしまった。


「何処か……彼女を供養できる場所は無い……かな」


「騎士としての最後だ。騎士に頼もう」


「うん…………もし、私が居なかったら勇者は彼女と仲良くしてたのかな………」


「無い。絶対ないから。考えても無駄だから。お前は悪くない。俺が悪い」


「………………そっか」


 彼女は勇者を本当に好きだったのだろう。いや、新しく惚れたのかも。私と一騎討ちすればよかったと言った真意は………私が邪魔だったからだろう。でも無理だ。私の前には彼が立つから。だからこそ彼女は最初から彼を選んだ。


「!?……………ああ、そっか。諦めきれなかったんだ彼女」


 一騎討ちし、もし勇者が瀕死にしたあと私を切るつもりだったんだ。恋を知ったからわかる。自分は彼女と同じことをする絶対。[彼女]に同じことを。そう、勇者を瀕死にし[彼女]を殺る。


「今、私………何を考えた?」


 黒い感情が沸き上がる。またあの時のように黒く黒く。嫉妬の心が生まれる。


「ネフィア、行こう………」


「あっ………うん」


 私は立ち上がった。少しへんな妄想を振り払って彼女の死後に幸あらん事を願うのだった。































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