第33話・想い


 朝起きたとき、晴々した気持ちだった。


「勇者!! 何があった!! 気分がすこぶるいい!!」


「歌を歌って寝た。なーんも無かったよ」


 町から出る準備を黙々と勇者が行うのを見ると確かに何もなかったのかもしれない。だが心は晴れやかだ。


「何も無かったか?」


「あっ、歌はすごく良かった。次は明るい曲で頼む」


「う、うん、そっか!! 良かったか!! そうなのか?」


 歌を褒められて悪い気はしない。何を歌ったかは忘れてしまったが。


「そういえばネフィア。ネファリウスに戻る気は無いのか?」


「あーあ、あるぞ‼ まぁでも今はネフィアで慣れてしまったから追々な」


 黙っているが「なんでそんな質問をするのだろうか?」と言う疑問がある。男に戻ったら。そっぽ向かれるだろう事はわかっている。それは胸の奥から痛みがする。嫌だとはっきりと感じる。しかし、もし男に戻ったら、勇者も自由になるんじゃないかとも思う。


「おーい!! もう出るぞ!!」


「あっ……うん!!」


 心の底で「こんな悲しい気持ちも無くなるんだろうか?」と考えもする。





 北門、勇者と馬に乗り。門を潜ろうとした瞬間。馬に乗った騎士に後ろから声をかけられる。「門番だろうか?」と気に掛ける。


「何処ぞの姫様!!」


「わ、私のこと?」


 驚く私は勇者の顔色を伺うと、嫌そうな顔をしていた。


「ええ、お名前を教えて欲しいのです‼ お忍びでしょうが‼ お名前!!」


「な、なぜ?」


「昨日、あの酒場にいました」


 指をさした先にはきっと昨日飲んでいた店があるのだろう。記憶にないが。


「昨日? 何かありましたか?」


「素晴らしい歌声となんとも心を穿たれる曲でした‼ 自分も恋をしており勇気をいただきました!! ですのでお気持ちですがお納めください‼」


 騎士が金袋を渡そうとする。しかし、自分は手で制し言葉を続けた。流石に覚えがないので受けとれもしないし、悪い気がした。


「ネフィア・ネロリリスと言います。褒めていただきありがとうございます。お気持ちだけいただきます。ですのでこれは頂けません。恋をされているのでしたら、その想い人にお使いください。聖職者ではないですが………騎士様に幸あらんことをお祈りしております」


「は、はい!! ありがとうございます!! ネフィア殿、長い旅に幸多くあらんことを!!」


 手を振り騎士と別れる。ちょっと胸があたたかい。騎士は自分達が見えなくなるまで見ていた。彼に何があったかは知らないが勇気が出るなら良いことだと思う。ただ、一人の男は不機嫌だったが。





 森の中、整備された土の道を進む。他に商馬車や護衛、冒険者とすれ違ったり追い越されたりする。けっこう行き来いの多い道で公共の道路になっている。


「ちょっとびっくりしたね。騎士」


「本当にな、それだけ素晴らしかったって事だよ。もう人前で歌うな。注目を浴びてしまう」


「ふふ、うれしい。昔は誰も聞いてくれなかったから。歌を誰かに褒められたの初めて」


「ちっ」


 初めてだった勇者以外の他人に褒められるのは。こんなに嬉しいなんて……初めてだ。


「昔か………ずっと部屋だったんだろ?」


「うん、そう。窓から見える光景と本ばっかりの部屋が私の世界だった」


「狭い世界だな」


「狭い世界だった。ねぇ聞いてくれる?」


「………ああ。聞こうか」


 馬を歩かせながら、自分は勇者の胸にくっつく。目を閉じ、昔を語ろうと思う。彼には知って欲しい。そう思って語る。


「私の父は悪魔の魔王。母は娼婦だった。母はお金欲しさで私を産み父に売ったそうだ。だから忌み子だった」


「他の王子にとってだろ?」


「ああ、それもだけど。保険みたいな扱いだったよ。他の兄弟後継者が死んだ時の保険だから何も危険な事は一切禁じられた」


 鳥籠の鳥のような扱いだった。全くなにもさせてくれない。だから一人で遊んでいた。夢にも渡って遊んでいた。


「しかし、ある日から兄弟が消えていく。一人一人………いつ自分がくるのかと、怖かった。次は私なんじゃないかと。あのときは寝るのが怖く、ずっと起きて朝日が登ったら眠っていた」


「それで………父親も」


「そう、父親も病気でゆっくり息を引き取ったそうだ。族長同士は喧嘩し、次の魔王は自分だと言い合っていた。そして忘れられていた私が側近から魔剣を授かった」


「運がいいのか悪いのか………」


「お前が最初に言った事で玉座は良いのものかどうかを言っていたが………自分にとってはあの鳥籠から抜け出せるいい機会だった。魔剣は私に剣術の知識をくれたよ。直接」


「魔剣スゲー!!」


「勇者!! そこに反応するな!!」


「ごめん、辛気臭い話がどうも苦手なんだ」


 勇者が申し訳なさそうにする。何度も何度も見た。一番、多い表情だ。


「いっつも悪い悪いって………謝ってばかりだな勇者は」


「悪いのは俺だから。現に魔国から連れ出してし」


「ああ、そうだな。連れ出してくれたな」


 自分は少し黙った後。小さな声で囁く。囁くが聞こえるように。


「ありがとう、連れ出してくれて」


「お、おう!?」


「一度しか言わない!! 恥ずかしいからな」


「あ、うん。わかった」


 勇者が狼狽える。それを見ると笑いが込み上げてくる。本当に、情けないぐらい感謝に疎い奴だ。なのにドラゴンとも戦え、私より強いのに全然自慢とかせずにしっかり護ってくれている。あの連れ出した日からずっと。


「あの日、一本のナイフで現れたお馬鹿者がここまで強い殿方とは思わなかった」


「強さを隠すのは良いことだ。油断を誘い刈り取るのにな」


「そういう事を言ってるんじゃない。褒めているんだ」


「あっ……ありがとう。頑張った甲斐があるよ」


「素直でよろしい」


「うぅ……お前、おかしいぞ」


「ふふ、おかしいよ」


 何故か今はすごく幸せを感じているから。彼女を思い出さなければ、彼女を彼が忘れてくれれば。覚悟を決められる。だが、彼は忘れないだろう。


 彼の強さは「彼女」のために。




















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