第28話・熟練鍛冶屋

「おはよう。ネフィア、鍛冶屋行くぞ」


 朝の時間。日が登り小さな借りた部屋を照らす中、昨日のことは何もなかったかのように彼は私に話しかけた。


 あのあと、部屋に帰ってきて泣き崩れていたのは覚えている。帰ってきた勇者は何も言わなかった。


「おはよう、勇者。鍛冶屋………うん。言ってたね」


 前に行くと言っていたのを思い出す。泣き腫らした目を擦りながら。2段ベットから降りて勇者の目の前で着替えを行う。


「ま、まて!! 俺がいる!! 脱ぐな‼」


「大丈夫、勇者は大丈夫」


「い、いや!! ダメだろ‼」


「だって男だし。それに………なんでもない」


 私を襲うことなんてない。黙々と着替える。


「あのな………他の奴の前では絶対するなよ」


「……わかった」


「す、素直だな」


「…………」


 沈黙。答える言葉が見つからない。今日は力が出ない。胸の中にある喪失感が私を襲う。その静かなまま、部屋を出たあと。何もなく馬舎まで行き馬に乗った。


「ネフィアは前に乗れ………今日のお前は危なっかしい」


「………わかった」


「めっちゃ素直。怖いぞ」


「うるさい」


 馬に乗り、勇者が後ろから声をかけてくれる。


「ネフィア、無理はするな。昨日の魔法の使いすぎによる反動だろう」


「………そっか」


 そうだといいなと考える。魔力は全くなくなるような感じもなかったので違う事はわかる。


「振り落とされないように捕まっとけよ」


「………うん」


 大人しく、彼の言う通りにするのだった。




 鍛冶屋は壁の外に個人で住んでいる。場所は北へ行く道の外れに木の杭で壁を作り囲われた家を見つけた。勇者は門の前で吊るされたハンマーを手に取り鐘を叩く。


カンカンカン


 中から、一人の細身の男が出てきた。細身の体に太い腕。笑顔で話しかける。


「久しぶりじゃないかトキヤ!! その子は?」


「…………始めまして。ネフィアと言います」


「鍛冶屋ボルボだ。よろしく」


「鍛冶屋のおっちゃん!! 例の物、頼むわ」


「ああ、前払いはきちっと貰っている。姉ちゃんちょっと来てくれ」


「あ、はい」


「おーい!! 母さんや‼」


 大きな一人の女性が家から現れる。エプロンで手を拭いている所を見ると主婦なのだろう。


「なんだい? おまえさん」


「彼女のスリーサイズ測ってくれ」


「はいはい、んまぁ!! 可愛いお嬢さんだね~」


「ネフィアと言います。可愛いお嬢さんなんて………ありがとうございます」


 勇者を見る。余所で鍛冶屋と何か打ち合わせをしているようだ。盗み聞き出来るだろうが、しても……意味などないと思う。今は元気がない。


「さぁネフィアちゃんこちらへ」


「………はい」


 大人しくボルボ夫人についていき、工房の中に入る。工房は倉庫を兼ねているのか何本も剣が飾られていた。夫人に案内された先はカーテンで仕切られた区画だ。


「はい、中へ」


「うむ」


「では、脱いで」


「………わかった」


 中へ入り服を脱ぎ出す。なんで脱がなければならないかを考えたが。どうでもよかった。あとで聞くだけ聞いてみよう。


「じゃぁ測りますよ」


「あの………なんで測るんですか?」


「鎧を発注されてるのよ。トキヤ殿からね。彼は上客だから。彼の武器も、あなたのその武器もここで鍛えたのよ」


「そうだったんですね………いい物です」


「ええ、ありがとう。でも夫に言って頂戴。喜ぶから」


「はい………」


「ちょっと揉むから我慢してね?」


「はい?」


「けっこう大きいわね」


ムニュウウウ


「へぅ!? あ!? ひゃああああああ!!」


「ごめんなさいね。敏感だった?」


 胸を捕まれる。そして……優しく揉まれた。振りほどいて自分は自分の胸を守るように手を組む。いきなりのことでビックリした。


「彼から鍛えられてるのね」


「違いますから‼ 触らせてませんから‼」


「あら~ごめんなさい~始めては彼がよかった?」


「あっ………いいえ。大丈夫です。あいつは…………その………他に好きな子が居ますから」


 また、悲しくなる事を思い出す。


「あら………ごめんなさい。失恋してたの」


「失恋? ちがいますよ。そんなのじゃないあいつとはそういう関係じゃないです」


「本当に?」


「はい………本当に」


「でも、あなた。辛そうよ?」


「…………」


「おばさんに話してみなさい。スッキリするわ。測り終えたし、お茶でも出すわ。ついてきて」


 自分は何故かボルボ夫人に黙ってついていくのだった。





 暖かい紅茶が注がれる。工房の隣に休憩用の小屋を作っているらしい。小さな小屋に軽い調理器具等も吊るされていた。


「ハーブティーよ」


「ありがとうございます」


「ふふ、いいのよ。残念なのはすぐに用意できないことかしら」


「用意できない? 何を用意できない物なんですか?」


「あなたの鎧」


「えっ? それってどう言うことですか?」


「あら~聞いてないの?」


 頭を縦に振る。


「彼は昔に注文してたのよ。でもサイズがわからないといけないから連れてきてねて言ったの」


「そ、そうなんですか……」


「そうよ。期待してね‼ 世界に1つしかないオーダーメイドの鎧なんだから」


「はい、期待してます!!」


 『世界に1つしかない』と言うフレーズが少し元気を引き出してくれる。少し気が楽になった。どんな鎧なのか気になる。


「ふふふ、可愛いわねぇ。それで、悩みごとは?」


「あ、そうでした。実は………変なんです」


「変とは?」


 アクアマリンの宝石を握る。


「彼と話すと、ここがきゅっとなったり。痛かったり、寂しかったり、泣き出して止まらなかったりします。変なんです最近」


「あら………それって」


「ご存じあるのですか?」


「あるわ。昔に………それって彼がいないとならないでしょ?」


「はい」


「なら………恋かしらねぇ~若いっていいわぁ~」


「はい!?」


「自覚ないの?」


 自分は体が硬直した。


「恋ですか?」


「恋だと思うわぁ~」


 自分は気持ち悪い気分と同時に男にそんな感情を持つのはどうなのだと自問自答する。


「恋を知らないの?」


「い、いいえ。本で読んだ事があります」


 色々の童話に恋愛物もある。姫と王子が出会う物語なんて沢山書かれてきた。何冊も目にし、憧れを持っている。そう、まるで今のように。


「あっ…………」


 何故、今まで考えなかったのか。考えてはダメだ戻れなくなる事に気が付いた。


「どうしたの?」


「わ、私……」


「おーい、ネフィア!! ボルボ殿が呼んでる!!」


「彼がお呼びね。ふふ、若いっていいわ~」


 小屋に彼が顔をだした。顔を直視出来ない自分は顔をそらして立ち上がる。


「い、いま……行きます」


「どうした? 声が上擦ってるけど」


「……あん?」


 ちょっとイラッとした。ああ、なんでああも怒ったりしたのがわかる気がする。「そうだ!! 別にこいつが誰を好きになっても関係ないじゃないか!!」と考える。少しでも期待してしまったのがいけないんだから。





 鍛冶屋のボルボさんの工房へ赴いた。勇者は私の後ろに控えている。


「どの武器を選んだか見せてほしい」


「これの事? お世話になってる」


 普通の何処にでも売っている剣。しかし、重い一撃でも折れない剣。


「これかぁ……始めに打ち直した奴か。これかぁ」


「あ、あの。この剣が何か?」


「いいや。一番受け取って貰えない剣と思っていたからな。装飾もない剣だ」


「でも、使いやすいですし。切る力はあります。武器としてしっかり役目を果たしてます」


「そっか。嬢ちゃん気に入った!! そう、武器は殺しを行う道具。装飾なんか無くていいんだ」


「俺もそう思う。武器として折れないのが一番だ」


「ははは!! あんたらに武器を売ってよかったよ‼ 特にトキヤ殿。あんたは俺の武器を名剣として押し上げている。さぁ鎧を作るから帰った帰った!!」


 せっかちな人だと私は思ったが職人と言うのを肌で感じれていい経験になったと思う。あとは………自分の感情を確かめるだけ。彼を見つめる。


 『彼女が好き』と言い放ったバカは私の鎧を注文した。何故なのかわからない。まだ、私には見えていない物がある。


「はぁ………」


 女は嫌いだ。落ち着いて思考できない。でも、悪い気持ちでもないか………余は元魔王である。そう考え強く立ち上がろうと思ったのだった。









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