第20話・港街のアクアマリンでの「私」

 旅の途中で自分達は目的地へ到着した。大陸最東の場所であり、漁業が盛んな連合国最大の都市アクアマリンだ。海の上にも壁が立ち水棲魔物から民を護っており、水を称える都市であるらしい。


 勇者トキヤの情報によれば。海の魔物に対する海軍力を持ち、屈強な戦士も多い国らしい。刀という極東の剣を持つ騎士も多く。連合国では頭1つ飛び抜けた国である。だが、海軍は海の軍であり、大陸内では帝国に屈している。それに帝国は海からは魔物もおり、全く攻めないと言う。


 遠くから見える城は白く、屋根は海の色のように蒼かった。我々は衛兵に身分証を示し壁の中に入れさせてもらう。壁の中も白い壁、白い煉瓦の建物であり、明るい雰囲気を感じとる。


 勇者に教えてもらった磯の香りは風が届けてくれた。海のように雲1つ無い快晴で眩しく。余は目を細める。


「ついたな。ここが都市アクアマリンだ」


「帝国の首都より小さいなぁ」


「帝国が異常に大きいだけだ。こっちの方が装飾は綺麗だし。噴水も多い。飯もうまい。旅行者も多い。では先ずは短期間だけ部屋を借りよう」


「短期間? 長い間ここにいるのか?」


「短期間って言ったよな? まぁ資金稼ぎ。ネフィアを鍛えるための時間稼ぎ」


「ふーん、そうだな、時間があるならそれがいいなぁ。まぁそれよりも!!」


 何故、資金稼ぎが必要なのか疑問に思ったが聞かず。それよりもワクワクする気持ちが止められずに馬から降りる。隙間の無い石畳みに足をおろし異国の地を楽しむ。


「うわぁ~全部白い。出店は無いのか?」


「海側にある。こっちは移住区、農業区、産業区だ」


 勇者の説明によると海の方に商業区があるらしい。魚の魔物の水揚げは海側で行うためと聞いた。


「早く!! 部屋を借りよう!!」


「お、おう………何ではしゃぐんだ?」


「お前がここの国は素晴らしいものが多いと言った!! 期待!!」


「あー信じてくれるのか?」


「もちろん!! 嘘じゃなさそうだしな‼」


 美味しいものが多いと聞いている。素っ気ない堅いパンばっかりだったから美味しいのが今は食べたいと思うのは普通の事だと思う。決して食い意地が張っている訳ではないと言い聞かせる。


「そんな顔をするなぁあ!! はやくいくぞ!!」


「へいへい」


 勇者が少し呆れながら馬の手綱を引く。今、自分はすごく楽しい。






 小さな部屋を借りた。上下2段のベットの細長い部屋。こんな部屋が集まった建物らしく隣近所にも人がいるらしい。建物は3階立ての集合住宅だ。壁の中の限られた移住区はギチギチになっており、宿屋はいつもこんなものらしい。風呂は無い。トイレも共用である。荷物を置いたすぐに勇者が窓枠を調べ、窓を叩き逃走経路を確認する。そして部屋の外の逃走経路探索が終わってやっと荷崩しを行う。


 水などは部屋の外にある井戸から汲めるらしいが海水が染みてきた物らしいので塩分がある。塩分があるので魔法で塩を抜かなければならないらしく。水瓶は空だ。


「勇者、あのぉ~風呂は? 汚れを落としたいのだが?」


「ああ、大衆浴場があるな。国営の」


「大衆浴場?」


「大きな風呂だ。連合国には大衆浴場の文化が根強い」


「ほほう!! 行こうではないか‼ 冒険者ギルドは明日でいいな!!」


「明日でいい」


「行こう行こう。綺麗さっぱりしたい!!」


「へーい」


 皮の鎧を脱ぎ。勇者には出ていってもらった普段着に着替える。私服に身を包み、支度を済ませてすぐに部屋を出た。そして、勇者は廊下で着替えていた。余はその行為に気が付く。


「すまぬな」


「いや、いい………着替えの時は女の様に気をつけ出したな」


「ああ、だるいなぁ。男の時は何処でも着替えられるというのに………気になってしょうがない」


「ここで着替えていいぞ。眺めるし、魔法で隠してやるから」


「そ・れ・が・い・や・な・ん・だ!! 覗くな‼」


「なら、気を付けな。可愛いんだから」


 勇者がにっこり笑いかける。


「お、おう……くっそ、やめろ。心臓が痛くなる」


「えーと、地図は。ああここか大衆浴場。じゃぁ行くぞ~ネフィア」


「わ、わかった」


 勇者に後ろからついていく。フードで顔を伏せながら。





 旅の疲れを癒すためについた建物は白い壁は共通だったが屋根は赤く、棒状の煙突が高く立ち上がり、煙を吹いている。


 道中、タオルを購入しその大きな門みたいな扉を潜る。変な布が垂れ下がって「湯」と書いてあった。


 暖簾と言うらしい。店にもかけてあるから気にしなかったが初めて知る色濃く残った極東の文化を感じ取った。ゆっくりと帝国も同じように暖簾文化に染められていっているらしい。


「ふむぅ」


 中に入ると軽装の兵士が受付している。銅硬貨で支払い、中に入れて貰う。勇者についていくと何故か周囲が自分を見てる気がする。


「なぁ、ネフィア」


「なんだ?」


「こっち、男湯」


「……どうした?」


「お前、大衆浴場は男湯と女湯があってだな。お前はこっちに来ちゃいけない」


「余は男ぞ? 男ぞ、男ぞ」


「言い聞かせてもダメだ。出ていく」


 勇者が兵士を呼ぶ。近くにいた女性の兵士に手を引かれて連れていかれそうになる。兵士に硬貨を勇者は渡した。


「すまない。令嬢だからわからないんだ。教えてあげてくれ。はい、駄賃だ」


「そうですか。わかりました。気前がいい貴族様」


「あ、あああ………あうぅ」


 逃げられない。


「北から来たのですか? 混浴は無いんですよ、ごめんなさい」


「ネフィア。お姉さんについて行けばいい」


 余は首を振って惨めな気持ちで「くそったれ!!!! くそったれええええええええええ!!!」と心の中で叫ぶ。


 案内された先で女兵士に一通り説明を受けたあと肩を落とした。貴重品は宝物庫にいれてくださいとも教えてもらう。


「…………女湯」


 脱衣場に渋々入る。中は棚が沢山ある。そこに衣類を入れるらしい。「それよりも‼ いっぱい裸の女性がいる!!」と心でいけない事をしているような気持ちになった。それが何故かとても辛い。覗き見してる気もするし、男だった自分が自分以外の女性の裸を初めて見た。


 マクシミリアン騎士団の時は時間で避けて風呂に入った。「抜かった!! 大衆浴場を知らなかった!! あああああああああああああ」と頭を抱える。綺麗な乳房、若い女性も、沢山おり。自分の体が変わった事を再確認させられる。気が動転し勇者に助けをと考えて。「勇者は男湯だぁああああ!!」とアホな事を考える。


「あのーもしかして、初めてですか?」


「あ、ああ。そ、そうです。どうすればいいんでしょうか? あまり、外へ出たのも最近で」


 嘘ではない。気恥ずかしい。


「あら、やはり何処かのお嬢さんですね。案内します」


 近くにいた人の親切に落ち着きを取り戻す。「少し申し訳ない」と思いつつ、脱衣場の説明を受けて服を脱いだ。棚に服を収めた。風呂場は驚くぐらいに大きく装飾も綺麗だろうがまったく落ち着けなかった。


 「こんなのがずっと………続いてくのだろうか? 辛いなぁ………」


 慣れる日は来るのだろうかと余は不安になる。





「どっと疲れた。さっぱりしたのに心が淀んでしまった………申すわけない。女性たちよ」


 出た後に、休憩場所の長椅子に罪悪感で頭を抱えて座る。勇者はまだ入っているのだろう。


「ああ、女って大変だぁなぁ」


ピトッ!!


「ひゃう!? 冷た!!」


「かわいい、悲鳴だなぁ。ほれ、高いんだぞこれ。ここの名物なんだ」


「う、うん?」


 瓶に入った牛乳を渡される。ほんのり赤い。それを勇者が首に押し当てたのだろう。今は、怒る元気もなくそのまま受け取った。


 牛乳はそこまで珍しくはない。帝国にもあった。勇者がガラス蓋を取り、それを真似て自分も栓を取る。


 そして勇者は腰を当てて、美味しそうに一気飲みをする。豪快に。満面の笑みで。「そんなにうまいのかなぁ?」と自分も食べる。


「いただきます」


 冷たい飲み物を含んだ。一口でわかる。甘さ、仄かの苺の風味。なめらかな牛乳の飲み口。


「美味しい!?」


 ミルクの柔かい飲み心地に風味と甘さの絶妙なバランス。今まで飲んだ物よりも驚きが隠せない。


「なにこれ!? なにこれ!?」


「苺をすりつぶして牛乳に混ぜただけなんだが。調合バランスがすごくいいんだよなぁここ。他の店もあるけど一番ここのが旨いと思う」


「すごく………美味しい」


 飲み干して、余韻に浸る。飲み干してしまった寂しさも、満足感もあり。今さっき悩んでいたのがバカみたいに思えた。


「はぁ……美味しかった」


「よかったなネフィア」


「うん!! あっ……えっと!! 余は満足!! くるしゅうない!!」


「飲み終わった瓶は返すから。くれ」


 勇者が瓶を受け取り、返却箱とかかれている箱におさめた。素直に返事をしてしまい、恥ずかしい思いをする。


「まだ少し日が高いな。じゃぁ次は商店でも見に行くか」


「そ、そうだな。行く」


 女湯だった愚痴を言おうと思ったのに。全部、あの飲み物で鬱憤が消えてしまった。それぐらいに本当に美味しかった。






 大浴場の宝物庫から貴重品を取り出して商店へ、長い道のりをお金を払い馬車で移動しないといけないぐらいに遠い。見える商店は帝国と同じ感じであったが置いている商品が違っている。


「ここが、この国の商店」


 出店が立ち並び自分達以外の冒険者や、どこからの観光客がいる。ここに来る観光客は金持ちだろうと思う。魔物を倒せる冒険者を雇って来なければいけないからだ。帝国からの旅行客だろう。装いが違う。


「ん………んん!?」


 そんな商業地を歩いていると芳醇な、甘さと炭と焦げ臭い油の匂いで反応する。


「な、なに!? この匂い!!」


「これは…………あっちか」


ぐうううううう


「ネフィア、お腹すいたから何かを食べよう。ちょうどいい匂いがするしな」


「女だからって気にしてるわけじゃないからな‼ お腹が鳴ったのは自然な事!! 気を使うな‼」


 どうしてこんなに恥ずかしいのかわからないが照れ隠しをする。


「はいはい、でもお腹すいたし。食べ歩きながら見ていこう」


「軽く流しよって………余は恥ずかしかったんだぞ」


「そっか、あっちから匂うな。けっこう距離あるぞ」


 勇者が魔法で場所を突き止め、先行し歩く。自分は後ろをついていき。さすが風の魔法使いと言ったところかと感心した。


 勇者が止まり一つのお店に指を指す。近くに寄ると何かを炭で焼いてお客に渡しているのがわかる。


「へい!! 屈強そうな姉ちゃん兄ちゃん!! 珍しいかい?」


「ああ、珍しいな。ここでしか食えない。鰻の蒲焼き」


「おっ!? 通だなぁ‼ 姉ちゃんはマジマジと見てるから知らないもんかと思ったぞ‼ そこ姉ちゃん、鰻の蒲焼きって言うんだ。うまいから買ってくれや」


「うなぎのかばやき?」


 聞いたこともない。


「3本頂戴」


「へい!! 焼きますぜ」


 何かの身を串に刺し、つぼの中には黒い液体につけて炭で焼いていく。いい香りだ。勇者がお代を皿の上に置き、そのまま待つ。


「へい、お代は丁度!! ちょっと待ちな」


 焼いていく物をひっくり返し、黒い液体を筆で塗っていく。何故か自分は口の中が湿ってる気がする。


「食べたことがないはずなのに………じゅる」


「姉ちゃん初めてだろう、美味しいぜ‼」


「ネフィア。期待していいぞ」


「うむ、ワクワクするな」


 両手で握り拳を作り眺めた。


「はいよ!! 出来たぜ!! まいどあり~ゴミは他の店にでも渡してくれ。ポイ捨ては罰金だぜ」


 焼いた何かを大きな葉っぱの上に置き、それを食べ歩けるように。勇者はそれを持ち、歩く。


「ほら、ネフィア。1本取りな」


「うむぅ!! いただきます‼」


 たまらず、勢いよく食べる。ざらっとした身だった。小骨もある。だが、味は予想外だった。


「………うまい。甘く辛い味と炭の焦げた風味が合わさって。美味しい」


「鰻と言う生で食べると毒の魔物だ。焼けばうまいんだよ」


「うむい~」


 お腹が空いていたのか一本を勇者より早く食べ終える。


「多目にもう1本買ったから食べていいぞ。醤油に蜂蜜って合うんだよなぁ。このタレはそれで甘さを出してる」


「いいのか?」


「いいぞ、笑って食べる姿は幸せそうだから」


「うむぅ。かたじけない」


 1本食べ終え。もう一本を掴む。2本目は、美味しさより。満たされる物があった。暖かい、優しい味がする気がして、少し戸惑う。「なんだろう? 最近、頭がおかしい」と首を傾げるが、原因がわからない。そんな中で大きい声によって思考が遮られる。


「退いた退いたあああああ!! 通るよぉ‼」


 道の奥から大きな声と馬の蹄の音。そして、ゆっくりと大きな大きな生き物の死体が馬によって引っ張られ。道の真ん中を通っていく。銀色と黒色の光沢。大きな目。たぶん魚だと思うが建物のように大きく太い。


「おっ!? 今回いいもの釣れてるじゃん‼」


「ははは!! 兄ちゃん期待してな!! ククク今回大量だから‼」


「何人やられた? この魔物に」


「ああ。わっかんねぇ………しかし、悔いは無いだろうさ‼」


 勇者が兵士に声をかけ、仲良く話をする。多分他人だろうけど。これが冒険者と言うものだと感心する。


「さぁ、ネフィア。行こうか」


「あれは何だ? あの大きな魚は!!」


「海の魔物だ。人食い黒マグロって言って美味なんだ。美味いから命を賭けて狩るんだよ。この国は食べ物関連では化け物だからね」


「美味なのか………」


「脂の乗った大トロって言う部位の高級食材が美味い。後は頭の方のカマトロかな? 今日は安く食べられそうだ。まぁ安いって言っても高いけど」


「………期待してもいい?」


「もちろん。この国に来たのは。楽しんで貰うためだからな」


「へ?」


 勇者が嬉しそうに、楽しそうに微笑む。


「ネフィアが楽しんでる姿が一番のご褒美さ。俺はそのためにいる」


「…………」


 声が出なくなる。優しい声と格好いいその顔で言われて顔から火を吹き出すぐらい暑くなる。


「さぁ!! 行こうか、この先に牡蠣っと言う大人向けの貝がある。俺は好きだなぁ」


「う、うん。私もまだもっと食べてみたい」


 余は口を抑える。「私」と言ってしまったことに気が付いて。


「よし、いこう」


 勇者が気付かずに前を歩く。それに対して自分は「私」を隠して大人しくついていくのだった。













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