第17話・帝国領になった都市


 次の元都市国家に到着した。外壁はどこも変わらず重々しい雰囲気を持ち、外敵を阻んでいる。


 ここは帝国で最も東の町らしく。東騎士団の一部が駐留しているらしい。勇者と二人で魔物を退けながら到着したのは滅んだ名もない都市から10日後だった。勇者がかすかな声で説明してくれた。その声は何故か耳元で囁かれているように聞き取れる。「魔法だろうか?」と疑問に思う。


「目の前の都市ではフードを深くかぶり、顔を下に向け続けろ」


「な、なぜ?」


「生気がないんだ。ここの住人は」


「だからなぜ?」


「無理矢理帝国民にされてる。圧力だな。最後に帝国に負けたのさ。何度も蜂起しても潰されて、もう力もない」


「………力に屈服したのか?」


「ああ。屈服させたんだ」


 勇者が遠い目をする。「何を見てきたんだろうか?」と思うが声に出さず黙る。目の前で検問が始まったからだ。


「止まれ!! 身分を証明出来るものは‼」


「はい、これ。滞在は1日だけ」


 騎士4人が余を囲む。その一人に対して冒険者ギルドの身分証明を提示する。


「ふん!! 冒険者か。さぞ、スパイ業務は楽しいだろう? はははは」


 下卑た笑いかたをする騎士だ。東騎士団のイメージが悪くなる。


「ささ、どうぞ!! 帝国領へ」


「ああ、安心してるよ」


 勇者がそう言い。そのまま馬の手綱をもって歩きだす。背中を追いかけ、隣に並んだ。


「なんだあの態度は!!」


「騎士団の下はあんなもんだ。4大騎士団長のお里が知れる」


「東西南北の英雄だったかな?」


「さぁな。ただの欲に溺れた4大愚将だったような気がする。まぁ何も知らんがな。ランスの父上が確か……いや。やめておこう」


 帝国人なのにそんなこと言って良いのだろうかと疑問を持ちながら歩くとしっかりした町並みが見える。壁内にも畑がある都市である。


 そのまま街に入ると、窓は木の板で遮られ。大通りなのにも関わらず出店もなく。出歩く人も少ない。皆、顔を伏せている。元気なのは青空だけだった。すぐに空は曇りそうだなと感じるぐらに空気が暗い。


「さぁ……暗く過ごすぞ。元気無いようにな」


「わかった。でも、早くここから抜けたいな」


「ネフィア、全くの同意見だ」


 自分達は何故か居心地が悪く感じる。ここに居るべきでないと肌で感じとる。


 気味を悪がりながら宿屋を探し、すぐ近くに宿屋を見つけて馬舎がある宿屋に受付を済まる。旅で浪費した物の補充を買い出しに行き。部屋で旅の物品を手入れし、その時間だけで一日が終わるのだった。





 次の日、逃げるように宿屋を後にする。早朝の冷めた空気の中で一言も喋らず黙って道を歩き、門の外へ出る。出る場合は騎士には止められなかった。馬の上で自分は背伸びをする。


「ぷっはぁああああ!! この町は!! 息苦しい!!」


「圧迫感があって俺も好きじゃない。風が悪い」


「本当に、元気がないな誰も」


「ああ、元気がない。だから余所者が一目でわかってしまう」


「この町はどうなるんだろうな?」


「わからない。それよりもお前にこれを」


 勇者が大きい袋に手を入れて取り出す。一冊の薄い本。


「それは? 魔術書?」


「いいや、童話。お前が拾ったのと同じ奴だな。内容は知っていたから見つけるのは容易かった」


「お前、わざわざ………」


「だって、お前の好きな童話だったんだろ? 俺も好きだしさ。同じもの読んで大きくなったって知ったらうれしくて、つい」


「……ふん!! 気持ち悪い。まぁでも懐かしいなぁ。内容は読んで思い出すとするか」


 勇者が馬上の自分に本を手渡してくれる。手綱は勇者が引いているので落ちないようにすればいい。本を開く。


「本当に何で嫌いなったんだろうなぁ………内容を封印して忘れるぐらいに」


 長い髪を耳にかけて本を読む。懐かしい絵。人によって書き方が違うが、概ねは同じ。


「あるところに綺麗なお姫様がいました………」


 内容も一緒な筈。


「姫様はある時、悪いドラゴンに捕まってしまいます」


 ゆっくり、読んでいく。声に出さず、噛み締めるように。内容は姫様を連れ去ったドラゴンと騎士の戦いを描いた物。結局、ドラゴンと騎士は相討ちになるが英雄として名を残したという事で終わる。思い出した。嫌いになった沢山の理由。


 男だから騎士に憧れた。だが自分は騎士にはなれないことを知った。姫のように自分を助けてくれる人が皆無で羨ましくて嫌になったのだ。


「ああ、そうだ………大きくなるにつれ現実と物語が違いすぎて嫌になったんだ」


 閉じ込められているのに男だったから姫様のように騎士は現れず。男だったのに騎士のような逞しい強い者になれなず。童話を読むのも思い出すのも辞めたのだ。夢と現実の違いに苦しんだのだ。


「読み終わった?」


「……うむ。あまりいい気分じゃない。現実と童話を同じように考えていたんだ。小さいときは」


「俺も俺も。同じように考えてた」


 勇者がうんうんと頭をふる。それに自分は感想を述べる。


「大きくなると………全く違う感じ方をするな。今、読むと姫様は何もしてない」


 ただ、護られているだけ。それに関してトキヤが返事をする。


「そっか………あんまりそこは気にせずに読んでいなかったな。姫様のためにドラゴンと戦う騎士が格好良くて憧れたんだ。俺は」


「お前もか?」


「ネフィアも?」


「あっ………何でもない」


 顔を伏せ、横目で勇者を見る。胸張って言うべきじゃない。恥ずかしい物だこれは。叶わなかった事。所詮夢は夢である。


「そうそう、俺は憧れた自分になれてる気がして満足だなぁ。黒騎士になったし、今は………まぁ」


 勇者と目が合う。


「姫様護ろうと頑張れるから」


「こっちを見るなバカ。余は姫様じゃない」


 目を反らす。今は護ってくれる人がいた。そういえば今は女性。顔が熱くなる。頭の中で今の立場を思い出して「おかしいなぁ、何故か今は物語の姫様と同じような気がする。まぁ流石にドラゴンなんかと対峙しないだろう」と考えた。


「顔が赤い。大丈夫かネフィア?」


「黒歴史を思い出しただけだ。触れるな、ばか」


「本当にすまん………黒歴史かぁ……おう……」


 沈黙が続き。次に会話をしたのは日が暮れてからだった。







 夕食後、自分は剣の素振りを行う。


「ふん!!」


 昔の悔しさと。騎士の夢を思い出したからか、剣を握る手に力が入る。最近になってやっとこの剣が馴染むようになった。片手で振る。両手で振る。エルミアお嬢をイメージしながら。


「今日も精が出るね。ネフィア」


「うむ、昨日は出来なかったからな」


 鍛練は実は好きだ。引きこもって出来なかった事が出来る。体を動かせる。


「でも、お前には敵わないだろうなぁ」


「わからない。やってみないとわからないぞ。殺し合いは出たとこ勝負だ。最後に立っている奴が勝者。卑怯者と言われようがな」


「………獅子は兎を刈るにも全力を出す」


「兎が切り札を持ってるかもしれないからな」


「そうだったな。余も捕まったときは屋根から襲われて何も出来なかった」


「ああ、それで………剣に血がついて無かったのか」


 あのときは意表を突かれたが。どうすれば切り抜けられたのだろうかと考える。わからないので剣を鞘に戻し聞いてみようと思う。


「なぁ、勇者。お前なら敵が前後に2人、上に1人の状態だったらどうする?」


「前の2人を殺す。そのまま、追ってきた奴も倒す。一人は生かし拷問する。情報を吐かせ始末する」


「…………お前、勇者じゃなくて悪魔じゃないか?」


 神様の加護、光のイメージが全くない。どちらかと言えば邪神の加護がありそうだ。


「悪魔ねぇ。まぁ悪魔でもいいさ別に。さぁ俺も素振りをしよう。ちょっと離れてろ危ないから」


 勇者が剣を鞘から抜く。それを両手で掴み、振り回す。袈裟切り、1回転から再度袈裟切り。横の凪ぎ払い。大きな剣を軽々と振り回す。振られた瞬間の風切り音が耳まで届く。そういえば、どれだけ剣撃が強いか知らない。


「なぁ、1回切り合わない?」


 なので少しだけ気になった。


「いや、危ないから」


「1回だけ防ぐから」


「いやいや、力が違うって」


「大丈夫だ!! マクシミリアン王の一撃を防いだぞ‼ 大丈夫」


「………乗り気にならないなぁ」


「余の命令だ。こうやって防御するから」


 剣を横にし、頭の上に両手で押さえる形をとる。受け止める。


「命令なら仕方がない」


「ははは、まぁ最初に対峙したときもそんなに緊張しなかったしな。さぁ!! 来い!!」


 勇者が剣を振り上げる。


「いくぞ」


 言葉を発した瞬間、背筋が冷えた。真っ直ぐ自分を見る勇者の目に体が緊張する。防げる気がしない。そして、降り下ろされる瞬間。叩き潰される気がして目を閉じてしまう。


キン!!


 手に小さな衝撃。恐る恐る目を開く。勇者が剣を下ろし、申し訳ないと言葉を発した。


「無理だわ、やっぱ。満足してくれ………俺には出来ない」


「……あ、ああ大丈夫だ!! ま、満足した!!」


 足が震える。強く重いもんじゃない。何とも言えないが。対峙したときに本当にやる気が無かったのが理解した。全力なら私は真っ二つになっている。それが体で理解出来た。


「ネフィア、戦い方を変えた方がいい」


「ん?」


「防御をするのをやめた方がいい。受けきれない」


「な、なに!! ああ、いや。うん」


 否定しようが思ったが。今さっき既に無理だって思ったのだ。潰されると感じたのだ。


「防御を捨てて避けることを専念すべきだ」


「………本当にこの体はか弱い」


 力で、押し勝てない。歯痒い。


「まぁ、エルミアにも同じことを言われたがな………あいつは力で押し勝てたのに自分は何が足りないんだ………」


 地面の石ころを蹴る。絶対に何かが足りない。それが何かわかっている筈なのにわからない。


「…………強さはな一朝一夕で染み付かない。大丈夫さ。俺も弱かった」


「それも……そうか。最初っから強い奴は居ないんだよな」


「ああ、居ない。もし、良ければ風の魔法でも修練するか?」


「いいのか!?」


「難しいけど、教えるよ」


 自分が見てきた風の魔法は強い。本当に強くなれるだろう。今の自分に必要だ。だけどそれだけじゃダメだ。


「勇者!! 風の魔法もだが余を強くしろ‼」


「え!?」


「魔王が勇者に教えを乞うなぞおかしい話だが‼ 一番手っ取り早い!! 命令だ!!」


 勇者が自分の目を見る。真っ直ぐ見つめ返す。


「…………よし、わかった。粗削りだが教えよう」


「やった!」


「う!? かわいいな仕草」


 胸の前で握りこぶしを作りガッツポーズをとった。ふと我に返り、胸を張って言い直す。


「お、ほん!! よろしい勇者よ!! しっかり教えるのだぞ‼」


「もちろん、姫様。あかん、かわいい」


「女扱いするなといっただろぉ!!」


「はいはい………姫様。だめだ、かわいすぎるな」


「くっ!! このばか野郎!! かわいい言うな!!」


 勢いよく顔面を殴り付けた。終始、勇者は笑顔だ。いつもいつも。多分これからもこんなのだろう。







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