第16話・逃避行
向かう先は帝国から東。都市連合国と言う帝国と停戦中の場所だ。何故そこへ行くかと問うと北の緩衝地スパルタ国と砂漠地帯では余と渡るのは危ないとの事。東から迂回して通った道のが安全と言うことだ。
細かく言うなら最短は追っての予想がつきやすいと言う。あと砂漠は魔法があってもしんどいとの事。
「だからって遠回りではないか!!」
「遠回りでも安全を優先する。あと美味しいもん食いたくないか?」
「美味しいもの……」
「美味しいものな」
「………」
「………」
「仕方がない。余に砂漠は無理だ」
砂漠で何人の冒険者が消えたかを私はしっている。物語で。
「そうだな」
食い意地があるわけではない、決してあるわけではない。勇者が美味しいものと言う物にハズレは無かったのだ。きっと美味しいに違いない。イチゴも旨かった。あの落とした苺、勿体なかったと思う。
「ん? 分かれ道?」
森の舗装されていない草が生えているボロボロの道を進んでいくと二手に分かれた道が標識もなく現れる。
「こっちだ。よし、お前は向こうへ……自由だぞ」
一匹、馬の手綱を外しもう片方の道へ誘導する。勢いよく、片方の道を走り出して嘶いた。魔物らしい、迷いがない走り。言葉を理解し自由を謳歌する。
「何故? 放した?」
「追撃に気付かれたとき、片方にも馬を走らせたり。放牧したりすると追いかける側は迷うんだ。半分に部隊を分けないといけないしな」
「手慣れてるな?」
「まぁ、何度もやって来た事だから」
何度もやって来た。追いかけられたことがあるのだろう。
「本当に底の知れない奴だなお前は」
「底が知れたら、漬け込まれるからな。相手が嫌がることは積極的に。それが戦争」
本当に自分はこいつが味方で良かったと思うのだった。
*
野宿、道を外れて森の中に入り込み自分だけ寝袋を広げる。勇者はローブだけで十分らしい。寒くないのだろうかと疑問に感じた。
野宿の準備が終わり次第、勇者が用意した堅パンをゆっくり食べる。堅パンとは水分を飛ばしたカチカチのパンであり、味は小麦の風味のパサパサした感触。携行食としては優秀だが。味気ない。
「不味い、小麦の味しかしない」
「まぁ待て。こんなのもあるから」
勇者が鞄から瓶を取り出す。赤い赤い液体のような物が入っている。瓶の蓋を外しスプーンで小さく砕いた堅パンに少し塗る。血のような紅。
「砂糖は高級品だが、手に入らない訳じゃないからな。ほれ、俺はあまり好きじゃない」
「ほう、ちょっとグロテスクだが………どれ」
一つ、口に運ぶ。甘さと果物の優しい風味が口に広がる。そして、その風味は記憶が正しければ大好きな苺の味。
「ん!? ん!? 何これ!? ん? んんん??」
堅いパンが甘いお菓子に変わる。
「苺をすりつぶし、砂糖と一緒に煮込むんだ。するとこのように保存が効くジャムになる。高級品だがな」
「美味しい!? もしかしてこの苺は……」
「ああ、お前が買って来た苺だ。見に行ったらあったからな、拾って煮沸して食べれるようにした」
「美味しい!! そのままでくれ!!」
「ダメだ!! 濃いからな!! 胃袋が荒れる!!」
「そんなこと言わずに!!」
寄っていく。勇者が瓶を持ち上げる。自分はそれに手を伸ばす。
「ダメだ!! 抱きついてキスするぞ!!」
「くぅ!? し、仕方がないと……でも言うか!! ばか野郎!!」
「あー!! 近付くなぁ!! 溢れる!!」
溢れたら困るのでしぶしぶ離れた。最初からあるのなら用意してくれてもよかったのに。
「はぁ……わかった。諦める」
「これを直で食べる奴、始めて見たぞ………健康に悪いからなぁ過剰摂取は」
「うまいものは体に悪いんだなぁ……」
「過、剰、摂、取!!」
「ああ、わかったわかった。でも旅のほんの少し楽しみが出来たのは嬉しいなぁ!!」
「………お前、食い意地が張ってない?」
「はぁ!? 余は元魔王ぞ!! 嗜好品が好きなだけだ‼」
「いや、それ………食い意地」
会話を続けながら食事を取り、寝る準備を行った。ゴツゴツした石を退けて、木の根元で眠りにつく。目を閉じながら考えることは今日は魔物に会わなかった。
会っていたら、お肉料理になっただろう。ある意味で命拾いした魔物たちを私は想った。
*
次の日、早朝から同じように舗装されていない道を進み、森を抜ける。森を抜けた先は草原になっており風に青草の匂いが交じり。髪を撫でた。
奥に四角い建物が見えた。勇者はもう一匹をそこで放す。残った黒い馬に荷物を乗せ替えを行う。逞しく大きい黒い馬は難なく荷物を乗せ、自分と勇者を乗せても大丈夫そうだった。しかし、懸念がある。
「二人乗りしないからな!!」
「何故?」
「そ、それは……だ、だな!! 二人乗りなぞ!! そんなこと!! 女扱いじゃないか‼ 何処の姫様だ!! 余は男だ!! 二人乗りなぞ許容できん!!」
「男同士でも乗るけどなぁ……」
「それでもだ!! 絶対余は前であろう!!」
「勿論、俺より体が小さいからな」
「いやだ!!」
「…………わかった。もし、何かあれば二人乗りになるから覚悟しろ」
「し、仕方がないな」
勇者が徒歩で馬の手綱を持ち自分が馬に乗る。何となくこれも姫様扱いされてて落ち着かなが、考え過ぎなのかもしれない。ネフィアに切り替えて考えるのをやめる。
少しずつ、遠くの四角い物が鮮明になる。石壁だ。それもそれなりに大きい。
「あれは町か?」
「ああ、都市国家の一つだった物だな」
「ん? 今は都市国家ではないのか?」
「帝国との緩衝用の都市だった。今は滅んでいる」
「ほ、滅んでいる!?」
「誰もいないのさ。帝国も連合国も」
「な、なぜ?」
「……………俺たちが滅ぼした。いいや、連合国もか」
少し怖いが近付く。幽霊は嫌いだ。殴れないから。不浄地で幽霊が主だったらどうしようと思う。
「避けて行かないか?」
「今夜はあそこで野宿だ」
「や、やめよう!! 嫌だ‼」
「ん?」
「不浄地だ!! 嫌だ‼ 不浄地なぞは過ぎるか迂回するべきだ‼」
「ああ、そうだな。だからあそこがいい。魔物は絶対来ないからな」
「魔物以上に厄介なものがいる!!」
「大丈夫、地縛霊や幽霊も弱い奴は見えないし触れない。害はない」
「居るじゃないか‼ 幽霊!!」
「………もしかして、元魔王の男だったのに幽霊怖いのか?」
「うぐ!? い、いや!! そんなことないぞ!! 余は怖いもの知らずだ‼」
嘘である。幽霊も怖いし、拉致も怖い。
「よし、なら大丈夫だな。さすが元魔王」
「はははは!! そうであろう‼ そうであろう‼」
心の中で「あああああああああああああああああああ!!」と叫ぶ。頭を押さえて泣きたくなる。
「顔、強張ってる」
「気のせい、気のせい」
ゆっくりと滅んだ都市に近付く。近付く度に心の底から恐怖が生まる。この世は怖いものが多い。
「安心しろ、幽霊は喰ってやるから。近付かせたりしない」
「た、頼む」
「任された」
どうやって倒すのかわからないが、信じて心を決め都市に入る。崩れた門の下を通り様子をみた。魔都よりも激しい崩れかたをし、家は全て瓦礫となっていた。一部だけそのまま残っているが。窓は壊れ、誰も住んでいる雰囲気は無かった。燃えた後も痛々しい。
「………何故、この都市は滅んだ?」
「中立を宣言。運悪くその後、帝国軍と連合国軍がこの都市を跨いで対立。睨み合いが続いたが帝国軍が攻勢。都市が滅び占拠されそのまま連合国と衝突。住民は逃げるし、領主も逃げた。激戦後帝国は進撃しここを駐屯地とせず見せしめに壊して次の都市が帝国の物になった」
「何故駐屯地にしない?」
「壁が壊れすぎた。門も見ただろ? 機能がしないんだ」
「………確かに攻め落とすのは簡単だな」
守る壁が無いのだ。防御側の有利は無いのだろう。
「俺もここで戦ったけど。領主はアホだったな。みーんな殺されたよ。連合国側に逃げた奴も皆」
「そうか………」
周りを見る。徹底的に壊されている。壁も、何もかも。だが、気味が悪い雰囲気はしなかった。
「多くの人が死んだ筈。なのに雰囲気がそこまで………」
「逃げたからな全員。ここより少し離れたところが不浄地だ。帝国も連合国も仲良くそこで始末したからな~取り決めで」
「…………どちらに与すれば良かったんだろうか?」
「結果論でなら帝国。このあともずっと快進撃で都市を落としたからな。次の都市は帝国領だ」
「そうか………無惨だな」
盗賊ギルドの惨状より酷かったのだろうと予想ができる。
「まぁ、もう数年前の事だな。初陣だから」
「お前は参加していたんだな。でっ帝国が勝ったんだろ?」
「領地拡大したな」
「お前は黒騎士で参加を?」
「そそ、その時から剣を振っている。魔法使いなんだけどな」
「………何故。いやいい」
どうせ、教えてくれない気がした。魔法使いではなく剣を振っている理由は何度聞いてもはぐらかされる。まだ、信用に値しないのだろう。
「好き」て言う言葉で、「惚れているから」と言う言葉の壁で何かを覆い隠してる。気になる。しかし、聞いても無理。聞いてみたい私はいるが、だが聞いても無駄。だがしかし、希望もある。
「おい!! おいって!! ネフィア!!」
「う!? うむ!! なんだ!!」
勇者が覗き込んできた。
「考え事か?」
「いいや、違う。悩み事だ」
思考の堂々巡りだった。
「まぁいいや。今日はあの本屋に泊まろう」
「本屋?」
「ああ、本屋だった」
比較的綺麗な建物に入る。誰も住んでいないためか埃が層になり、歩いたところは足跡がつき。魔導書以外の本が散らばっている。
勇者が割れた窓を解き放ち、埃臭いを空気を入れ換えて消していく。少しだけましになった程度だが。
「使い物にならない本だけがあるな。日が暮れだした。飯にしよう」
「うむ。そうだな………ん?」
一冊、埃が被った本に目が止まる。近付き拾い上げ、埃を払う。
懐かしい一冊だった。小さいとき、数年前に良く読んでいた童話だった。人間の本。しかし、内容は覚えていない。
読まなくなったのは………いつからか嫌になったからだ。思い出すのも嫌になるほど。
どんな嫌な内容だったのだろうか。それでも好きだった筈なのに忘れたいほどに記憶を封じる物は。記憶を消すほどに。あんなにも好きでたまらなかった筈なのに童話は所詮、子供向けなのだろうか。
「………ここの本は」
「拾ってもいい………読まれることもなく朽ちるだけさ」
「いや、盗むのはよくない」
本を元の位置に戻す。
「そっか、俺なら遠慮なく盗んだ」
「ははははは、お前は勇者失格だな」
「喜ばしいことで」
全く、こいつは本当に勇者らしくない。そうこうして勇者と会話しながら今夜は過ごすのだった。
*
滅びた都市から旅を続け、草原で魔物に出会った。黒い狼の群れ。小さい体だから群れで集まり生存競争を生き抜いている一団に出会った。
「ファイアーボール!!」
右手に現出させた火球を一匹の狼に当て、こんがり焼く。囲まれている中、自分だけは剣を抜き応戦する。
「中々、いいじゃないか?」
「上手いだろ?」
「ああ、だがな。上には上が居るもんだ」
勇者が呪文を唱え両手に魔法陣を生み出す。狼たちは距離を離し唸る。
「全員で来ないからいけないんだ。火球」
勇者が一言、右手に火球を現出させ頭上に投げる。
「嵐」
小さなつむじ風が大きくなり風の渦となる。火球を飲み込み。風の渦の魔力が引火し火の渦に変わり、狼を飲み込んでいく。まるで、ワームに補食されるかのように飲み込まれ、肉が焦げる臭いを撒き散らす。
そして渦は小さくなり、消えたころには狼の死体だけだった。
「一部は逃げたか? いい判断………狼は美味くないが肉だぞ」
「お、おう……」
一瞬の出来事でビックリしている。
「火の魔法、使えるんだな………自分よりも」
「火の魔法はほんの少ししか使えない。ただ、風の魔法で増幅させただけ」
「………くぅ。余の方がうまく使えると思ったのに‼」
「いいや、上手いだろ? 火球制御してぶつけてるんだ。上級魔法さ。誘導ってのはなかなか出来る物じゃない」
「………あんなもの見せられたら微妙だ」
「そうか? まぁまだお前が自分の思う魔法に至って無いだけだけどな」
「……くぅ覚えておれ。必ず越えるからな!!」
「ああ、越えてくれ。全てを熱し、全てを塵芥に帰すほど激しい物で神も全て踏み潰せて前へ行くぐらい」
「はははは!! もちろんだ!!」
「期待してる。さぁ今日の飯は狼肉だな」
「うまいかなぁ?」
「固いかな?」
二人で少量を剥いで別の場所で焼き直し、塩をふって食べるのだった。いい匂いで別の魔物が来るだろうからすぐさまそこから離れて旅を続ける。
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