第15話・逃亡
夜、眠れない。目を閉じれば血塗れの惨劇が目に浮かぶ。
「はぁ………キツい」
初めて、初めて外の世界の暗いところを見た気がする。
コツコツ………
「ん?」
廊下から足音がする。勇者だろう、いや、この家には勇者しかいない。扉を少し開け確認すると3階へ向かって行く背中が見えた。少し上が気になりこっそり付いていく。3階に上がるとまた奧に梯子があり勇者が上がっていく、3階の廊下から入る部屋は鍵がかかっており寝室ではないようだ。
「ここが寝室じゃない? 部屋があるのは知ってたけど。どれだけ自分はアイツを知らないんだ。知らなすぎではないか?」
今まで3階以上に来たことがなかった。梯子を上がって確認すると上がった先は三角形の部屋であり、屋根裏だとわかる。
覗いた先にはベットと諸々の家具。どうやら勇者の寝室は屋根の裏らしい。月明かりが窓から部屋を照らし、屋根の上へ行ける窓が開け放たれている。勇者は今、屋上に居るのだろう。
自分も窓の外へ出るための梯子を登った。顔を出すと勇者が上を向いて夜空を見ている。雲ひとつ無い夜空をただ見つめていた。
その横顔は悲壮感ではなく勇敢な表情だった。そう、真っ直ぐ夜空を見ていた。強い視線を空に向けている。あんな事があっても揺らがないだろう強さを見せる。
トクンッ
「!?」
胸の辺りで跳ねる音が聞こえた。「いったいなに?」と胸を当てた。
「ん? ああ、どうした?」
少し、驚いて小さい音をたててしまったらしい。勇者に気付かれた。髪が夜風で靡く中で屋根に上がってみる。
「眠れない。その中でおまえが上がるのが見えた。何をやってる?」
「風を感じている。そろそろ、夏になるなって思ってさ。春の風は終わるんだなって」
「…………呑気だな」
「まぁ、その~すまない。こんな奴なんだ俺は。同情は出来るが割り切ってるんだ」
申し訳なさそうに勇者が喋る。きっと惨劇の話だろう。
「いや、それが正しい。割り切ってないといけない自分が幼いだけなんだ」
気付かされる。無知なのを全て。壁の外なんかもっと酷いだろう。魔物が蔓延る世界なんだから。
「ネフィア、落ち込んでないで上を見上げろ」
「上を?」
勇者が笑う。見上げた先は夜空。
「夜空が好きなんだ俺は。魔国も、帝国もこの空は変わらないからな。どこに行ったって月はあるんだ」
「…………そんなこと考えたことが無かったな」
「魔国の空はどうだった? 俺は好きだけど?」
「どうだろう。あんまり好んで見てなかったな」
いつも、窓の中から見ても何も思わなかった。代わり映えのしない夜空だって思っていた。
「ふーん、じゃぁ………少し良いものを見せてあげよう」
勇者が手を空にかざす。手の前に緑に輝く魔方陣が生まれ。魔力が高まる。そして気付けば周りの人の生活する灯りと月明かりが消える。
しかし、まったく暗くなかった。
「綺麗………」
自分は声が漏れる。空一面に星が見える。数える事なんて出来ない。頭の上に幾多の星が輝き、世界を照らしている。川のように広がる星に言葉がでない。
「星の明かりは小さい。だから他の灯りと月明かりを消し、星の明かりを増幅させる。すると凄く綺麗なんだ」
「これが風の魔法………綺麗なんだ」
「そう、風の魔法使いだけの世界だ」
「なんだ、お前。他にしっかりできるじゃないか」
「そうだったな。はは、何が出来るか把握できてないな」
勇者の隣で座って星を見続ける。少しした後、眠気が来たので寝室へ戻った。
目を閉じれば星の海が目に浮かび。いつの間にか朝が来てるのだった。
★
昼まで寝ていた様だ。お腹が空き、食事をしに1階へ降りようとした。
ドンッ!!
見えない壁に阻まれて1階へ降りれない。勇者が壁を作っているのかも。魔法壁。空気壁と言う空気を固定させる魔法だろう。
「な、なに?」
「ネフィア起きたか? すまない来客中だ」
「来客中? いったい誰?」
耳を澄ませて1階の様子を探る。聞いたことのある声だ。
「トキヤ。今から色々聞こうと思っている。これも用意した」
「あ………真実のベル。国が持ってるアーティファクトじゃないですか黒騎士団長殿」
「そうだ。わざわざ………取ってきた。お前のために」
「嬉しいことで」
声を聞いてわかった。黒騎士団長がいる。自分は息を潜め会話を聞くことにする。
「ネフィア、気を付けろ……」
「わかった……静かにする」
私は注意されたので息を潜めた。
*
黒騎士団長直々の訪問に自分は背筋が冷える。昨日、盗賊ギルドを雇ったのは黒騎士団長かもしれないと思っている。ネフィアを拐った張本人だと。どこでバレたかも確認する。
「でっなんですか?」
「昨日、盗賊ギルドの一つが壊滅した。黒騎士団が攻め入った。誰一人生きて居なかった」
「それで?」
「大剣を持った男が一人で暴れたことは、逃げた者に聞き出した。そういうことだ。昨日、お前は何処に居た?」
「まどろっこしいのはやめましょう。盗賊ギルド潰しました。相方が拐われましてね……」
「…………ふむ。鳴らないな。嘘ではない」
アーティファクトを黒騎士団長が眺める。音が鳴れば嘘なのだ。
「そうか、今、皇子は牢だ」
「皇子は牢? どう言うことだ? 皇子? どこの誰?」
思い出す王室後継者は最近出会ったナンパ野郎しか思い出せない。多すぎるのだ。
「今回、盗賊ギルドを潰したのは我が黒騎士団になっている。そして、盗賊ギルドの近くで取引していた皇子を拘束」
黒騎士団長が雇った訳ではない。皇子が雇った。酒場の皇子と名乗ったアホをもう一回、思い出す。皇子なら身分は隠すべきだが名乗ったアホである。親友の国外追放者のランスと言う友人も隠してないが隠さなくてもいいほどに強い。弱いくせに喋るのは拐ってくれと言ってるようなもんだ。
「取引?」
「人身の拉致だ。君の相方だったか? 皇子が近付いたのは?」
「はい。酒場で」
「言質は取った。皇子は黒だな」
「それだけですか? 自分に聞きたいのは?」
「いいや……煙草はいいかね?」
「いいですよ」
灰皿の変わりに木の皿を持ってくる。黒騎士団長は煙草に火をつけて大きく息を吸い込んで吐き出す。
「はぁ……姫様から情報があった。拐われているのを見たとな」
「……見た?」
「そうだ。うまく行きすぎている。全てが。皇子は嵌められたと叫んでいるしな。さぁ皇子が消えたら嬉しい奴は多い。姫様もな」
「姫様が? 王位継承権があるのか?」
細かく言うとある剣を抜けば王位継承者であるが……それでは他が面白くないため。色々とある。
「ある。秘密裏だが全て姫様一人の仕業だ。他の盗賊ギルドもお前の後に入ったらしいな。お金が荒らされた形跡がある。段取り通りだな姫様の」
「あいつを連れ去ったのは姫様かよ………」
皇子は違う様で姫様が両方を雇ったらしい。もしかして、あのときに俺がネフィアに色目を使ったのを察したのだろう。恐ろしい女って言うのは感じ取っていたが、ここまでとは思わなかった。姫様と言う身分じゃ無ければ噛み殺してやったのに。歯がゆい。
「釘を刺しに来た。これが用件だ。姫様を殺ろうとするなよ」
「まさか!! そんなことするわけ無いでしょう‼」
悔しいが出来ない。復讐はやる意味がない。
「………鳴らない。わかった信じよう」
来た理由が見えた。黒騎士団長は姫様を庇う。俺が姫様の仕業と嗅いでいると思っていたのだろうがそこまでは俺もわからなかった。風の探知もネフィアと言う言葉だけを探したのでこの方法では姫が犯人とわかりようがない。
「本件は終わりだ。安心したまえ、他になにもない。そうそう。ネフィアさんだったかな? 彼女は何処かの令嬢かな?」
自分は即効魔法を唱えた。音奪い。どんな音も振動させず伝えない。
「いいえ、ただの冒険者です」
リン、ゴーン!!
鐘が鳴ったが俺は音を伝えない。本当に危ない。
「鳴らない。そうか………にしても怪しいな」
気付く魔王とはバレてない。しかし、ヤバイ事に黒騎士団長が嗅いで来やがった。一瞬油断しそうになったが持ち直した。鐘の音を消し去って無ければ危なかった。
「いやいや、姫様がね。知りたがってるだ。ネフィアさんの事を。そして姫様の言い分で目から鱗が落ちたよ。気付かなかったよ」
「ははは、何処にでもいる女の子ですよ。拾ったんです」
「そうか? まぁ聞け………」
黒騎士団長の冷たい視線が自分に向けられる。
「俺の意見はお前がそこまでする理由はなんだ? 盗賊ギルドを壊滅させる理由。壊滅させるのは口封じだろう。死人に口無しだ。姫様に言われた。元黒騎士のトキヤと言う護衛をつけるほどの人物はいったい誰かとな」
姫様余計なことを。いや、好意が邪魔だ。
「安全を確保するのが重要です。そこまでやる理由ですか? 黒騎士団長には絶対にわかりませんよ」
わからないだろう。一途の騎士の意地と言うものは。
「確かに近すぎてわからなかった。さぁ言え……奴はいったい誰だ。お前が護るほどの人物はいったい誰か」
「いや、わかってない」
俺は笑みを向けた。正直に答えてやろうと思うから。
▼
隠れながら会話を聞いていると流れが変わったのに気付く。黒いねっとりした声が廊下に響く。絡みつくように。肌に言葉がうねる。
「俺の意見はお前がそこまでする理由はなんだ? 盗賊ギルドを壊滅させる理由。壊滅させるのは口封じだろう。死人に口無しだ。姫様に言われた。トキヤと言う護衛をつけるほどの人物はいったい誰かとな」
「安全を確保するのが重要です。そこまでやる理由ですか? 黒騎士団長にはわかりませんよ」
「確かに、近すぎてわからなかった。さぁ言え……奴はいったい誰だ。お前が護るほどの人物はいったい誰か」
「いや、わかってない」
自分は恐ろしくなる。余の事が気づかれたかもしれない会話に心臓がキュッと萎んだ気がした。騎士団長の目の前のにいる勇者はもっと圧力があるんじゃないかと思う。尋問だこれは。
「わかってない? 誰かわからないのか?」
「いいや、何故そこまでする理由がわかってない騎士団長殿。あなたはわからない」
「では、教えてもらおうか………」
少し、静かになる。沈黙。聞き耳を立てる。「どうやって乗り切るのだろうか?」と気になる。
「俺は彼女に惚れている。それ以上それ以下の話はない!!」
「ひゃう!?」
ビックリして声をあげてしまう。慌てて口を抑える。耳や顔が熱くなる。何故かすごく恥ずかしい。いきなり予想外のやり方に血が熱くなる。燃えそうに血がわく。目に火が見える。
「………そうだったな。感情が抜けていた」
「騎士団長や姫様は損得で物事を測る癖がある。だから気付かない。マクシミリアンの時もそうだ」
「その通りだ。わかった納得した。惚れた女の子を護るんだろう。精々不幸になれ」
玄関の扉を閉める音が聞こえた。たまらず勇者の元へ行く。勇者は机に屈服して、唸っていた。
「はぁあああああ、ネフィア………緊張でごっつい、疲れたわ……」
「そそそっか!!」
「聞いてたか? 聞いてたよなぁ……」
「い、いいや!! 部屋でビクビクしていたんだ‼」
「ああ、安心していい。一難、去った」
「よかったよかった……」
「だが支度をしてすぐに出る。黒騎士、姫様が嗅いで来やがる。逃げるぞ」
勇者は立ち上がって自分を見た後。支度を始める。余は何も追及できずそのまま流されたのだった。
*
支度が終わり自分は鞄を背負う。勇者も鞄を背負い玄関の扉の前に体をつける。
「偵察………2、3人か」
「いったい何を?」
勇者の右目に魔方陣が浮かぶ。そこに景色が写るのだろう。
「風の魔法で外を覗いている。団長が雇った監視員が3人居る。屋上の屋根は何故かバリスタのスナイパーが構えていて吃驚した」
「風の魔法は便利だなぁ。どうする? どうやって逃げるんだ?」
「静かに逃げる。玄関を開けたら黙ってついてこい。行くぞ」
首を上げ下げして肯定を表した。
キィイイ
勇者が玄関を開け自分が出た瞬間ゆっくり閉める。そして、歩き出し黙ってついていったが人がいて驚く。
「!?」
そして監視を行っている人と目があった。しかし、何もなく彼はまた違う方向を向く。
「????」
絶対に見られた筈なのにわからない。ついて行った先で勇者が制止を促す。
「よし、喋っていい。今から馬を貰う」
「おい!! 今さっき見られたぞ!! どうして何もないんだ!?」
「ああ、あれか。風の魔法で姿を消したんだ。幻惑だな。姿を消した。光をいじっただけだけどな」
「そんなことも出来るのか!?」
「暗殺が得意って言った。専門じゃないが、どの属性よりヤバいからな」
「それは………姿を消すことが出来るとは普通は考えないぞ」
「そうだよな、まぁ少しだけなら惑わせる事が出来る。まぁ詳しい話は後だ。フードを被れ、目立つからな」
フードを深く被る。勇者が向かった先は色々な色を持つ馬が飼育されている場所だった。馬舎、魔国はドラゴンの最劣化種のドレイクが主だが、人間は違う。昔からの名残だろう。たまに魔物らしく蹴り飛ばして人を怪我させるらしい。店主に勇者が声をかけた。
「ひさしぶり。元気にしてた?」
「おお!! トキヤの兄ちゃん!! 兄ちゃんとその子が来たってことは馬だな‼ 用意は出来てるぜ‼」
牧草まみれたおじさんが笑って答える。
「一頭は屈強な荷物持ちだったな。大丈夫さ!! 家畜でも魔物だからな‼」
「ああ、ありがとう」
馬主が馬舎に入り、3頭を連れて歩いてくる。黒い馬と甘栗のような栗毛の2匹だ。
「ご要望の馬たちだ。こいつが荷物持ちだな。屈強だぞ」
自分の鞄を勇者に渡す。それを黒い馬に手際よく引っ掻けて行く。自分も黒い馬に乗れと指示を受け、乗った。堅い毛。生きている熱を彼から感じる。ドレイクと違った乗り心地。あまり馬上は得意じゃない。乗ってこなかったからだ。
「ありがとう。いい馬だ………これが礼賃だ」
硬貨袋を馬主に投げる。馬主が慌てて受けとると困った表情をする。
「飼育費も馬3頭分のお金はすでに貰ってる。これ以上は契約違反だ」
「なに、重たいから軽くしたかったんだ。それにもう帰ってこない。いままでありがとう」
「はん!! まいどあり!!」
勇者も馬に跨がる。
「ついてこい、ネフィア。行き先は門を出てから教える」
「わかったぞ、あまり速くは走らないでくれ。慣れてないんだ馬に」
「了解」
勇者がゆっくり馬を歩かせる。それについていく。もう1匹は長い手綱を引いていた。勇者が後ろに手を振る。馬主も手を振り返し、金袋を見ている。
「あーあ。とうとう、逃げる日が来たかぁ。袋の中身は……金貨!? こんなに!?」
後ろから、大きなありがとうの声が聞こえた。「いったい幾らをあげたのだろうか」と思うが怒りそうなので聞かずに黙った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます