第14話・狙われた魔王さま

「買い物行ってくる。物が足りない」


 変わった多くの物が入る箱の中に旅の支度をしている途中で足りない物がわかり勇者に声をかける。大体は勇者がすでに用意していた物の確認だけでありすぐに終わるものと考えていが、女の子に必要な「あれ」がない。


「買いに行くときに気を付けな………目立つからな、お前」


「大丈夫だ。エルミア・マクシミリアン様に剣の手解きをいただいたからな‼ 痛かったぜ」


 木刀で力一杯殴られた。手加減は無しだ。最後の方でやっと防御出来たぐらい鋭い剣捌きだった。


 女であそこまで力強くなれるのに驚いたものだが………マクシミリアン王の時より手加減してくれていた気がする。防御したとき、衝撃は重たくなかった。「何でだろうか?」と疑問に思いながらも感覚で何かを掴めそうな感じがする。


「で、何が足りないんだ? 用意してあったろ?」


 勇者が何時でも出れるように用意してくれていたのを再度確認していたが。こいつは典型的な物しか用意しない。自分もこの身になって初めて苦労した物がない。そう、ある用品が足りない。


「お前は………デリカシーがない。まぁ無いものはない!!」


「おかしいなぁ……絶対用意したはずなのに」


 勇者が悩む。こいつは要らないだろう。だが、悲しいが、泣きたくなるが、いやだが。生理用品がない悲し過ぎる。「ああ男に戻りたい」と声に出して悲しむ。


「なに買ってくるんだ?」


「秘密だバカ」


「おやつは三銅貨までな」


「わかったぞ」


 「子供扱いしよって」と思いながら、生理は大人になるための成長である。それを理解して悶々しながら部屋を出た後、始めての生理を思い出す。


 生理が始めてきたのは使用人の時。ドロッとした血が溢れ、布団に染みていった時は体が凍りついた。病気になったと勘違いしエルミアに相談したら笑われてしまい、無知を恥じた。そして、気を付けないといけないことも教えてもらった。子供が出来るというのはわかる。異種では出来ない事もあるだろうが、余は夢魔であるからこそ気を付けなければならない。


「はぁ………くっそ………早く男に戻りたい。孕むなぞ、気持ち悪い。気味が悪い」


 想像できない。今まで男だった訳だからそんなもの。お腹に子なぞ。


「まぁ………あいつが襲って来ないのだから気にする必要はないな」


 家を出る。そして、トボトボ歩き出した。路地から出た後、下着も買わないといけないことを思い出す。


「ああ、胸当て………買わないと」


 サイズが間違っている。勇者が用意した奴は苦しいしすこしはみ出てしまう。あれもエルミアから聞いて始めてわかったことだった。


 余はギルドのお店へ向かう。少しずつ、女性の体に理解をしていく自分が怖くなりつつあるが。悲しい事にこれが今の余だった。


「あいつか………」


「ん?」


 何か、見られて「あいつか」と声が聞こえた気がして後ろを見る。しかし、誰もいない。「気のせいだったのだろうか?」と思う。


「気のせいか…………ああ、やだやだ。女って奴は」


 面倒だ。本当に女の子は面倒だ。





 買い物帰りの大通り。歩きながら愚痴を溢す。


「高い‼」


 女性の下着等は高い。男物より数倍高い。ビックリする。かわいい物など関係なしに高い。


「へい!! そこの美人のお姉さん!! 果物買っていかない?」


「……………」


「おーい!! そこのお姉さん!!」


「ん?」


「そそ!! 君!!」


 自分が声をかけられているのを自分で指を差し確認する。声をかけられる回数が多いのでもう気にしない。


「余か?」


「そうだよ!! なんか買っておくれ!! 美味しい果物だよ!! この林檎とかどうだい!!」


 果物は好きだ。特に赤くて、小さい種が多く、柔らかくて、甘い果実が好きだ。腐るのが早く中々出回らないらしいが………ここでは珍しく小箱に入って売っている。値段はやはり高い。珍しいものだからだ。


「これ、好きなんだけど高いから………ごめんなさい。今、手持ちなくて」


「そうかい………残念だよ」


「………でも、やっぱり」


 勇者も好きって言ってたな確か。なら………あいつに払わせよう。


「買います」


「ありがとう‼ 姉ちゃん!!」


 少し痛い出費だが、大丈夫だろう。小さい木箱を貰い。そのまま両手で持って歩く。路地に入る。帰って食べるのを楽しみする。


 人混みを避けそれなりの広さの道をうきうきしながら歩き。早く帰って二人で食べようと思っていた瞬間だった。


ザッ!!


 路地の前方に男が二人横から現れ、道を塞がれた。


「…………」


 踵を返し、来た道を戻ろうとした。しかし、後ろにも二人。道を塞いでくる。昔に脱走し捕まった時の事を思い出し、背筋が凍った。マスクで顔が隠した男らしき者達がゆっくり近付く。


「何者だ‼ 余になんのようだ!!」


 荷物を置き、剣を抜く。刀身に炎がちらついた。


「これ以上近付くと切る!! 遠慮はしないぞ‼」


 剣を両手で構えて、相手の出方を待つ。相手も腰につけた鞘から剣を抜いた。自分の剣より短い。リーチはないが路地では短い方が振りやすいだろう。


「一緒に来て頂きたいのですが?」


「ふん!! お前らは刺客か!! なら切るぞ!! 切るからな‼」


「まぁまぁ、お姉さんお話を!!」


「話すことなぞ………ない!!」


スタッ!!


 後ろから音がし、振り返る。すぐ目の前にマスクの男が拳を固めているのが見えた。背後を取られる。


「5人目!?」


 頬を力一杯の力で殴られる。頭が大きく揺れ、意識が一瞬飛ぶ。


 そして考えた……5人目は家の屋根に潜伏し、機を窺っていたのだ。痛みが走り抜ける。


「くっそ!!」


 油断した訳じゃない。とにかく、目の前のを倒さないといけない。


ガシッ!!


「あっがっ!?」


 足を後ろから掴まれ引っ張られた、勢いよく地面に転げる。そこへ二人がのしかかり手などが拘束された。魔法を練ろうにも力が抜けて魔法も不発になる。拘束具が対魔法装備なのだ。


「諦めろ。魔封じのあーティファクトだ」


「放せ!! 余を誰だと思っておる!!」


「ただの冒険者。ネフィアと言うな」


「くっそ!! 誰の差し金だ!!」


「元気だな。少し黙ってもらおう」


「もごっ!?」


 口に布を押し込まれた。そして、担がれ運ばれる。


 どうするつもりかわからない。「また、部屋に閉じ込められるのだろうか」と昔を思い出す。そうなるとまたあの日と仝になり悲しくなってくる。また箱のなかに閉じ込められる。何故か勇者の顔が思い浮かぶ。「またか………また、余はどうして……普通の生き方ができないんだ。どうして、いつも、なにも出来ないんだ………」と防がれた口の中で悔しくて舌を噛んだ。





 夕刻ごろ、ネフィアの帰りが遅く、気になり。ギルドに顔を出した。昼には買い物をすませ帰ったと聞く。


 いつもの何処かに気紛れで遊んでいるのかも知れないと店仕舞いをしている店員に声をかけた。


「すまない。昼間に綺麗な金髪の女性が通らなかったか?」


「ああ、向かいの果物屋から買い物してたね。綺麗な娘だったから覚えてる」


「ありがとう、情報料だ」


 銅貨を一枚渡す。当たりが早い。


「まいど」


 次に向かい側のお店の店員に声をかけた。


「ここに、金髪な美少女が来なかったか?」


「ああ、苺を買ってくれたね。嬉しそうに両手で持って早く帰って食べると言ってたね~どうしたんだい?」


「帰ってこない。ありがとう………情報」


 この店員にも銅貨1枚を渡す。


「………巻き込まれたか何かに。帰って来ない理由はなんだ? 準備出来しだい出発だから。早く準備を進めていたのにほったらかしで遊ぶか?」


 一番外へ旅したがっているのはネフィアだ。用意が出来しだい首都から出る手筈だった。気になり、自分は路地裏に入る。人はいない事を確認し魔法を唱える。


「…………詠唱開始」


 風の魔法を唱え、空中に緑の魔方陣を展開し、その上に乗って建物の上へ登る。


 屋根に上がった後、風を強く感じれるこの場所で再度別の魔法を唱える。いくつかの緑の魔方陣が自分を包む。左目を閉じ、左目の瞼の裏に幾多の路地裏が写り込んだ。


「探知魔法で探すが、見つかるかな? 何処だ?」


 風が大気が自分に情報を伝えた。膨大な情報と魔法の維持によって頭痛が起こる。時間をかければ脳が焼ききれてしまう。暗いため、暗視の魔法も唱え。微量な光でも判断できるようにした。


 一つ、一つ、近場の路地裏を見る。そして、見つける。木箱と………ネフィアの炎の剣が落ちている。屋根からそこへ向かい。飛び降り、着地。周囲を見渡す。


「………剣を抜いている。しかし、血がない」


 剣を拾い、眺める。心の底から黒い感情が溢れそうになった。次に木箱を拾うと中にはネフィアが好きな果実の苺が入っている。ドンピシャリだ。


「何処のどいつだ………拐った奴は………」


 綺麗な女性は価値がある事は知っている。だけど油断した。人拐い。人身売買。奴隷。お金になる事を気にしてなかった。目立つのに。売春宿でも売られてしまう。


「探知………風は動いていない残り香があれば…………いい」


 もう一度、屋根へ上がる。そこで、大きく息を吸い魔法を唱えた。緑の魔方陣が何枚も重なった。頭痛が起こるが噛み潰す。デメリットの吐き気なぞは気のせいだとして噛み潰す。全て小事として、脳が壊れるまで酷使しようと思う。


「俺が潰れるか先か……………見つけるか先か…………」


 風で探索する魔法で全ての会話を風で拾い自分に伝えたものを吟味し糸口を見つけようと考える。何万の会話を、一人の人間が処理をする。自分は口を押さえる。歪んだ口を歪む。怒りで歪む。


「絶対、護ってみせる。何があっても」






 お城の一角。私は自室の寝室で報告を待つ。


トントン


「入れ」


「はい、姫様。捕まえました!!」


 一人の冒険者が入ってくる。彼は満面の笑みで報告する。しかし、その様相も姿も雰囲気も作り物だ。本性は盗賊。お金が貰えるならなんだってする。偽りながら。


「お仕事が早くてよろしいですね。では、そこの金袋でも持っていきなさい」


「ありがとうございます。皇子にもお伝えしました」


「御苦労様。お兄様もきっとお喜びになるわ」


「いやーいつもいつも、ありがとうございます‼ 姫様!!」


 袋を担ぎ上げ、部屋から去っていく。その姿を見ながら笑いながら窓の外に声をかける。


「聞きまして?」


「はい、姫様」


「では、お願いしますわ。お給料は今さっきの金袋と同じよ。後払い」


「はい………畏まりました」


「後で、黒騎士と一緒に視察するわ」


 窓の外から気配が消えた。仕事を始めようとするのだろう。


「三途の川のお駄賃は如何なものなのかしら? ふふふふ………ネフィアさん」


 ベランダから出たあと夜風に触れる。眼下を見下ろしながら今夜はぐっすり眠れそうだと思うのだった。報告はきっと女の子の亡骸を楽しみにして。






「はぁ、いい女だったなぁ」


「確かにな。勿体ないが皇子の物だ」


「気が強そうだけどベットの上じゃぁな。男が上さ」


 裏通りの酒場。表と違い、騒がしいのが好きじゃない人が集まる。酒場とは商談や冒険者ギルド以外の依頼などを交換しあう場所でもある。裏には隠し通路があり、世界の裏側を見ることが出来る。黒い暗い、お金で安全を買う場所。カウンターに座る二人の男性の隣に……俺は座った。


「綺麗な子が居るの? 紹介してよ」


「盗み聞きはよくねぇなぁ。残念だ、先客がいる」


「そっか、金髪で切れ長の目であり。少し気が強い冒険者の女の子」


「………いったい誰だ? 顔がローブで見えねぇ」


「名前はネフィアって言うんだったかな?」


「お前、誰だ………何のようだ」


「何処へやった彼女を………」


「誰が喋ると思って!!」


ドシュッ


「アガアアアアアアアアア!!」


 カウンターに置いている手に勢いよくナイフを突き刺しカウンターに縫い合わせる。抜けないように強く、縫い付けるように差し込んだ。


「なにしてんだぁあああ!! お前!!」


 もう一人が立ち上がり剣を抜く。


 自分も立ち上がり。長い間、使い続けたツヴァイハンダーを片手で掴んだ。周りの客の一部も各々が武器を持ち、様子を伺っている。


 一般人らしい者は酒場から逃げていった。いるのは手練れのみ。


 カウンターにナイフを縫い合わされた男がナイフを抜こうとするが抜けないのを尻目に覚悟する。


「何者だお前は!!」


「何者かだって?」


 俺はフードを外し、言い放つ。


「答える愚かな者はいないだろう。バカが」


 言葉を発すると同時に目の前の男に斬りかかる。剣で防御をしようとする剣よりも先に。頭から下半身を大剣が通り抜ける。遅い動きに腕の差を感じさせた。


 ある程度、反り血は風で防げる。だが、少しは頬についてしまう。それを拭い。全員の様子を伺った。


「やろぉ!! ここが盗賊ギルドだって知っての………」


 叫ぶ人に指を差し、即席魔法を唱えた。声を奪い静かになる。


「黙ってろ」


「…………!?」


 皆が、驚きながらも自分を囲んでいく。魔法を唱える者も居るが即席魔法以外は今は唱える事が出来ないだろう。音が響かないのだから。そして、俺は囲んでいく者たちに斬りかかる。斬りかかった結果……肉体が二つになる者や。首だけ落ちる者。


 二人いっぺんに横の切り払い真っ二つにしたり。叩き潰し、原型がなくなる者。一人一人、恐怖に顔を歪ませるのを眺めた。懐かしい感覚。黒騎士だった時を思い出すほど戦災な現場となる。


 何人かを斬り伏せた後。誰も向かって来ようとせずに逃げようとする者が現れる。その逃げる背を突き刺し、それを壁に投げつけ。また生きている者を背中から斬って行く。


 床がヌルッとした赤いカーペットを敷くように壁は激しい剣の爪痕が残る。


 酒場の上へ逃げようとする者と出口から逃げようとするものが、逃げないように前もって魔方陣で壁を作り。逃げられずに泣き叫び、自分はそれを剣で黙らせた。


 命乞いをするものは魔法を唱えて呼吸を封じ、首を掴みながら苦しく悶え、動かなくさせた。


 気付けば、手や足は血まみれになり。床には糸や細いもの、踏みつけたら柔らかい物で溢れる。


「はぁ~けほ……むせるな」


 鉄臭い匂い。むせる。終わってゆっくりと深呼吸してため息を吐いた。


 自分は最初にカウンターでナイフを突き刺し、身動きが取れない男に近付く。手に刺しただけでは逃げられるだろうから固定しなおして問いかける。ゆっくり、近付いて笑顔で問いかける。


「さぁ、隠した所は? 地下か?」


「ひぃひいい……神様お願いします。お助けをお助けを………神様………お助けを!!」


 伏せている顔を横から覗く。


「かみさまぁ? 残念。あのくそったれ人間贔屓の女神はお前を助けてはくれなかった。言え」


 誰のかわからないナイフを拾い。もう片方の手を掴みカウンターに乗せる。抵抗するが力が弱いためカウンターに簡単に乗った。


「うわああああああ!! お願い!! 助け!! 助け!!!」


 その手にもナイフを刺し込んだ。男が泣き叫び、絶叫する。そして、何も言わないので仕方がないので仲間の元へ送って差し上げた。頭をカウンターに叩きつけて潰し静かになる。


「探知……風で声を拾えば……」


「上で何かがあった!!」


「どうする!? 鍵閉めようぜ!!」


 地下へ降りる扉が酒場の裏にあるようだ。声が聞こえた。







「んぐ………んんん」


 どれだけ時間が経っただろうか………もがいて疲れきってしまった。


「姉ちゃん元気だな。温存しとけよ!! 王子様が来るからな!! しっかりご奉仕出来る様に」


 下卑た笑い声が部屋に響く。カンテラだけで灯された部屋は薄暗らい。湿気があり、じめっとした空気が肌にまとわりつく。床や壁は黄色く変色した点がいくつもあり、汚れている。しかしベットの上は白い綺麗なシーツが被せてあった。ベットだけは。


ガシャアアアン!!


「ぎゃあああああ!!」


 部屋の外から叫び声がする。悲痛な声が木霊する。


「なんだ!?」


 男が椅子から立ち上がり、木の扉の前へ。耳を立て、伺ったあと。剣を引き抜き。勢いよく部屋から出て行った。少しして悲鳴がまた響く。


 逃げろ、助けて等の声も部屋の中まで聞こえた。「な、何が起こってる? だ、誰か来る!?」と思いびっくりする。足音が床を伝って耳元に届ける。金属を引きずる音。


 扉のドアをゆっくりと開ける。自分は震えた。何者かが襲撃している。何も出来ない。殺されるかもしれない可能性に身が固まる。体を強張らせて目を閉じる。「怖い」と感じて、身震いもした。


キィイ


 木の軋む音。そして………誰かが入ってくる。


「迎えに来た。ネフィア………すまない遅くなって」


 自分はその声に目を見開き、顔を扉の方に向ける。血水泥の勇者が立っていた。強張った体が弛緩する。勇者が近付き血生臭い剣を置いて拘束具を触る。


「今、外す」


 縄と腕輪を外してもらい、体が自由になる。勇者が手を差し伸べてくれた。それを掴むと力を強く引っ張られた。


ギュゥ


 抱き締められてしまった。すこし、ヌメッとする。


「よかった。無事なようで………よかった」


「………うん。バカ、遅かったじゃないか………すごく………すごく。怖かったんだぞ、ひっく……」


 何故だろう、瞳からこぼれだした涙が止まらない。何故だろう、今さっきの恐怖が嘘のように消えて安心している。


「油断した。すまない」


 自分は泣き止むまでずっと勇者に抱き付いていた。泣き止み、勇者から離れた後に顔を抑える。今度は落ち着いた時に恥ずかしさが込み上げる。「今、何をやっていた? 僕は?」と自問自答する。


「落ち着いたか。なら早く出よう………騒ぎになってるから逃げないと」


「…………わ、わかった」


 勇者の背中を追いかける。壁にかけてあるカンテラを奪い通路を照らした。付いていく先に進めば進むほど。血の匂いが濃くなる。


「うぐぅ………」


 暗がりの中で、黒赤い物が紐のような物を地面に広げている。


「うぷっ………勇者………」


「慣れてないだろ。あまり見るんじゃない」


「これ、全部お前が?」


「…………ああ」


 遅れて勇者が返事をする。


「怖くなかったのか?」


「怖いか………がむしゃらに戦ったからわかんない。もっと多くの人に囲まれた事がある」


 何か言うべきかもしれないが何も言葉が浮かんでこない。黙ったまま自分達は通路を歩き階段を上がった。


「うっ!?」


 上がった瞬間、もっとひどい臭いがする。ムワッとする濃い血の臭いが充満していた。口の中まで血に染まったかのような錯覚。舌に鉄の味がする気がした。恐る恐る、前へ進むと惨劇がそこにあった。


「お、おえええ………」


 なにも食べていなかった。胃液だけが紅い床を濡らす。


「ネフィア、大丈夫か? 今は慣れろとしか言えないが。この先もこんなことはあるだろうな」


「はぁはぁ………うん。わかった………そうだ。そうなんだ………自分が知らないだけで魔物に滅ばされた都市や戦場は………こんなのなんだ。うん……大丈夫。余は大丈夫。これが……外の世界なんだ」


 言い聞かせる。この先も刺客とこんな事になる筈。今さら、ショックを受けるなんて馬鹿馬鹿しい。余は元魔王だ。真っ直ぐ惨劇を見つめる。殺し合いの世界なんだここは。


「お前を知っている者は全て口封じた。時間が稼げればいいが。本当に大丈夫か?」


「………ああ、もし同じことがあったらもう一度同じことを?」


「もちろん、何度だってやる」


「そっか………なら、かわいそうだから捕まれないな」


「………そうだな。ネフィア」


「ん? お、おい!!」


 勇者が自分を担ぎ上げる。


「こら!! 下ろせ!!」


「汚れるだろ?」


「女扱いするな‼ お前も汚れてるだろ!!」


「大丈夫、沼を過ぎたら下ろすから」


 勇者は言った通り酒場の入り口で下ろす。


「さぁ、帰って寝よう………今日は疲れた」


「本当に疲れたな………」


 二人で血を拭い、その後、惨劇を後にする。逃げるように家に向かった。



















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