第13話・「勇敢なる者?」との会話

 最近、勇者との会話が増えた気がする。女扱いは嫌だったのがネフィアという別人格者が肩代わりしてくれていると考えた結果。細かいことを気にしなくなった。


 慣れと心の余裕も生まれ、そういえば自分は勇者のことを何もわかってないことに気がつく。


 臣下の事を一切知らないのは如何なものかと思い。期を見て話しかけようと考える。考えるのだが。「どうやって声をかければいいんだ?」と悶々と悩んでいる。


 勇者は今、昼食の豚の腸詰めを焼いてくれていた。これをパンに挟むと美味しい。いや、今は関係ない話だ。自分から声をかける。意識してやったことがない。気恥ずかしさでどうすればいいかわからない。


「なんだろこの。声をかけるのに躊躇する気分は……………あああ!! まどろこっしい!!」


 だから、勢いよく自分は勇者の頭を叩いた。勢いでなんとかしようとする。


バシッ!!


「いたい………ん? なにか気になる事があった? ごめんな」


 いつもいつも叩いている気がするが今日は申し訳なくなる。意味もなく叩くのだ。怒って当然だろうが勇者は笑うだけ。勇者は謝るだけ。とにかく優しくされる。まるで姫様のように。


「す、すまん。ネフィアが話しかけようと思ったんだけど。ど、どうしたらいいかわからなくて………叩いた。ごめん。痛かったか?」


「大丈夫。それより話がしたいのか? いきなり、かわいい言い訳で不意打ち過ぎるんだか!?」


「かわいいと言うなキモい。そうそう、第二人格の『ネフィア』が会話をしたい。現に自分はお前の事を知らなすぎる。一緒に旅をするのだから最低限知ってないとダメだろうと思う」


 恥ずかしいのでへんな言い訳を言う。別人格に擦り付ける。今はもう、ネファリウスとは別人と思うことにした。勇者が天井を見上げて考える。


「なるほど。一理あるから食後でいいな」


「ああ!! もちろん!!」


「……なんで、こんなに可愛くなったんだろうな………笑うようになったからか」


「あほ、かわいいと言うなと言っただろうが」





 食後、紅茶を貰い。一口すする。あつくて「フーフー」とする。


「で、そろそろ話してもいいかな?」


 勇者が肘をつきながら話を始める。


「いままで、あまり話してこなかったけど。信用に足る存在って思ってくれるなら話そう」


「思うさ、現に行動で示している。それに余はお前しか頼れないようだ」


 庇う瞬間の背中は大きかった。安心出来る背中だった。間違いない。余の剣である。


「じゃぁ秘密にしていた事を色々話すよ。黒騎士団長も知らないことや知っているが内容は知らないことを」


「お、おう………何故、いままで秘密に?」


「ネフィア、お前。話すだろ?」


「バカ言うな‼ 余は口が固い元魔王ぞ!!」


「エルミア嬢は知っている」


「………はい、ネフィアは口が軽い奴でした」


 そうだった。簡単に言ってしまったんだ。金に目が眩んで。しかも、お金もくれなかったなエルミアは。


「俺は黒騎士団の魔法使いだ」


「水の魔法使いだな。この前に水を出してただろ?」


 空だったコップに水を生み出したのはこいつだ。


「ああ、あれかぁ。軽く水魔法に触れているけど厳密には風の魔法で応用だな。俺の得意分野は風の魔法使いだ」


「風の魔法使い? また珍妙な属性を選んだな。聞いたことがない。風を操るのか?」


「そうそう」


「なんか………弱そう。いや、あまり皆が修練しない属性だな」


 水の魔法使いや炎を操る魔法使いの方が格好いい事は知っている。自分も炎の魔法が扱える様になったので炎の魔法使いだが。「俺は風の魔法使い!!」と胸張って威張っても………パッとしない気がする。イメージしにくいのだ。


「バカにしてくれていい。俺には剣と技術があるから。大丈夫さ………侮ってくれて」


「…………お前、また余を騙すか?」


 ハッタリ。余は少し残念そうにし、悲しい顔を演じる。


「自分はまだ………信じて貰えてないんだな……」


 落胆し、チラッとして勇者を眺める。すぐに口を割った。


「ごめん……悪かった。言う言う!! 風の魔法を選んだのは色々な事が出来て便利なんだ。補助的な物なら最高だし……あとは……」


 勇者が慌てて言い直す。焦った姿が何故か可愛く見えて口元が緩んでいる自分がいた。面白い。ネフィアを演じるのも。


「あまり、誉められた強さじゃないが暗殺が得意なんだ」


「えっ? 暗殺?」


「そうだ。風の魔法は隠密に向いているし人探しも出来る。盗み聴く事もでき、物音を立てず忍び寄って急所を刺すことが出来る。野営でも便利であり生活する上で楽なんだ。隠密出来なければ魔王の玉座なんて無理だ。まぁ皆、逃げてたがな」


「とことん勇者らしくないな………まぁなんとなく便利な道具みたいな魔法と言う解釈で問題ない?」


「問題ない。だから旅するときは隠密は得意だから、何かあれば言ってくれ。窃盗も得意だな」


「ますます、自分の勇者像から遠退いてくんだけど?」


 引きこもっていた中で読んだ。物語りは魔族の勇者が王国の王様を仲間と共に冒険し討ち取る物語だった。そんな汚い手を使う奴なんて思いもしない。


「読んだ本は確か……人間の本だったのだが……」


 読んだ本は人間が魔族になっている写本だと知ってはいた。いつの世も、魔王は神かがった力の勇者に倒されるらしい。それでも面白い本なので内容を切り替えたのだろう。種族を変えて、種族を虐げて。


「勇者では無い………ただのネフィアの配下だ」


「それも、そうか………お前は余を倒してないからな」


「まぁな」


「まぁ、他に呼ぶこともないから勇者でいいな」


「…………あまり好きじゃない。その呼び方。魔王を倒す者の称号だから」


「まぁ倒せそうだからいいじゃないか。細かいことは気のするな。変な所に細かいな?」


「自分でも思うよ。他に聞きたいことは?」


「ない。一緒に長い道のりの途中で聞いてくさ」


 勇者とは長い冒険になりそう。そんな予感がする。






 帝国の中心に立つ城。皇帝陛下の城下町に威光を示す建物。その一室に姫である私は伺う。殺してほしい女の相談をするために。


「お兄様、入ります」


 一言、中に居る筈の兄に伝え。扉を開けた。貴族の制服に身を包んだラスティ皇子が紅茶を啜っていた。


「妹君か………なんだい?」


「お兄様とお話がしたいと思い。お伺いしました。今日はお暇なのですね」


「ああ、そうだね………傷心さ」


「ふふふ、フラられたのですね。お店の給仕に」


「冒険者だから無理だってね………はぁ………お金で雇えば大丈夫かな………綺麗な人」


 お兄様は「ネフィア」と言う女性に振られたのを知ったのはここ最近だった。今だに諦めがついていないのも聞いている。残念なことに給仕の仕事は辞めたらしい。運が良いことだ。狙いにくい。


「お兄様、私も実は好きな人がいるのですよ………」


「妹君もかい? 庶民を好きになったのは?」


「はい。庶民の中にも宝石の原石はございますでしょう? 政略結婚でも良いですが………側室は自分の好みがいいでしょう」


 側室じゃない。勇者トキヤは正室にさせる。彼を私の物にしたい。彼の子を王にも出来ると踏んでいる。


「全く、その通りだ。何処の令嬢より綺麗な人が居るんだ。好きになっても仕方がない」


「そこでです、お兄様。ネフィア殿の近くにいる冒険者をご存知ですか?」


「ああ、彼か。同じ冒険者仲間だろう。羨ましいな」


「名前はトキヤ。孤児院出身の元黒騎士です。黒騎士でも黒騎士団長が一目置く、逸材ですね」


 お兄様の顔が険しくなる。黒騎士は帝国では実力者としての側面と盗賊ギルドの様な陰に隠れた者たちであり、何をしているか全貌を知っているのは限られた人たちだろう。事件に黒騎士と付くと途端に何もかもが怪しくなる。


「元黒騎士………だと?」


「はい。私が黒騎士団に視察に行ったとき。決闘をした相手です。手加減してもらい私が勝たせてもらいました。そのときに知り合ってます。勇者の部隊に配属なる少し前ですね」


 あれから何度も遊びに誘ったし、色々と手を出したがあまりいい感触はなかった。理由は「女がいる」て言うのだからわからないわけではない。庶民ほど、こだわる。


「………何故。黒騎士団が。いや、勇者部隊………精鋭」


 多額なお金を払う事を約束した勇者部隊。精鋭と冒険者を集め。魔国に魔王暗殺の任を行う者たち。9割は帰ってこないが脱落し帰ってきた1割のお陰で魔国の内情がわかるようになった。魔王を倒せると信じてないので威力偵察が主な任務で、冒険者に扮して情報収集をするスパイとも言える。


「怪しいですね、あの女。お兄さん」


「黒騎士。勇者部隊の生き残り………彼が護衛する人物だとしっくりくる。彼女は令嬢より綺麗だ。絶対、何処かの姫君で間違いない」


「そうですね、同じ意見です。ネフィアは偽名でしょう。私の知人に調べさせます。それとどうでしょうか?手を組みませんか?」


「見えてきた。妹君は元黒騎士の彼が欲しい。自分はネフィアと言う姫君が欲しい。違うかね?」


「間違いありませんわ。お兄様」


「よし、わかった。手を組もう。令嬢なら正室にも出来る。有名な姫では無い小さい所の出だろう。帝国の圧力で我が嫁に出来る。妹君感謝するぞ」


「いえいえ、利が一致しただけです。それでは失礼します」


私は、踵を返し口元を歪ませる。喜ばしい。これできっと、後継者の一人のお兄様も始末できる。





「トレイン様」


 魔国の仕事場兼自室の部屋で一人の亞人が現れる。婬魔の男性だ。姿形を変え、潜入を得意とする者。殺し損ねた魔王と同じ種族だ。悪魔族の中では下級の者である。


「なんだ? 族長たちが騒がしいか?」


 魔国内を治める多種多様の族長を思い出す。あれらが従わず反旗を翻したのかと考えた。または、魔王保護して摂政として権力奪いに来たかと思う。


「いいえ、帝国に旅立った仲間から魔王を見つけたと報告が上がりました」


「見つけたか」


「一番始めの国で当たるとは運が良いことですね」


「まったくだ。族長たちは?」


「まだ、男として探っているのでしょう。見つけておりません」


「一番乗りか、族長に先を越されるな!! 四天王にもな!!」


「はい」


 部下が一礼したのち、部屋を出る。彼に任せれば大丈夫だろう。暗殺が得意で雇った男なのだ。早々に悪い報告は上がって来ないだろう。


「まったく………ぬかった事がここまで大きな面倒事になるとは」


 計画は失敗した。勇者に倒させ、自分が仇を取り勇者を倒せる者の名実と共に魔王の玉座に座り、一気に族長も従える筈だった。弱体化の薬で弱らせた魔王は倒されるか、薬で死ぬかどっちかだったのだが。何故か女になって逃げられた。


「せっかく、魔王の親族をチマチマと毒殺し。族長含めて暗殺して世襲性を潰し!! 族長達、四天王の一部を出し抜いて新しい魔王となる筈だった!!」


ドンッ!!


 机を勢いよく叩きつける。監禁し、無能となった幼い子を魔王に上げたのに水の泡だ。自分が監禁した子の血族を絶やさないための理由と魔王にしたいと言う噂も流し仇取りの理由を作ったのにも関わらず。全く違う結果になってしまった。


「そして、族長たちめ………魔王が居ないなら俺が魔王だと言い出しやがった。魔王の首を取った奴が魔王と抜かしやがって。四天王も同調するし………くっそくっそ………これも勇者が狂った変人だったのがいけない………魔王を連れ去るとは!!」


 握りしめた鉛筆が折れる。腹の底から呪詛めいた言葉を吐き。魔王ネファリウスと勇者を呪う。狂わされた計画を思い起こして唇噛む。そのまま一呼吸を挟んで壁を見つめて、我が物になった黒い剣を眺める。


「まぁ、魔剣はここにある」


 魔王以外が持てば剣が吹き飛んで離れる。そのため無理やりに紐で引っ張てここに隠している。魔王の象徴。これが持てるようになるのは魔王が死んだとき、魔王から新魔王への譲渡だけである。剣を騙さないといけない。


「ふふふ、大丈夫。落ち着け…………この象徴があれば……まだ。魔王になれる。トップになれる!! この大きい国を全て我が物に出来る」


 自分は椅子から立ち上がり隣にある寝室を覗く。寝室に飾られている魔王の象徴をもう一度眺めて笑みを溢した。いつか自分の物になるものに向かって叫ぶ。


「待っていろ剣よ。俺が必ず主になってやるからな」


 最高の悪魔になってやる。




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