第12話・久しぶりの奴の家


「勇者の家に帰ってきた!! 勇者の家に帰ってきたぞおおおおお!! 我は帰ってきたぞおおお!! いやー!! 落ち着くうううううう!!」


 第一声を叫んだあと、自分の部屋の布団に一目散に飛び付く。もちろん、軽装に着替えてからだ。


「開放感がたまらん!!」


 布団にバタバタと手と足を振り回して自由を謳歌する。今まで窮屈な使用人の生活だった。後半は馴れて会話等を楽しむ場だったが、それでも使用人から開放された気分はひと味違う。


 勇者との会話も昔より楽に出来る気がするし、道中は勇者が何をしていたかを難なく聞けた。


 お金を集めてくれたみたいなのであと少しで旅が出来ると言う言葉を頂き。臣下としてしっかり働いている事に満足している。順風満帆で事が進んでいる。


「うまく事が運ばれている。店長には申し訳ないがもうあの店で働くことはないだろうな」


 ちょっと寂しい気分でもあるが。冒険者なのだから仕方がない。勇者はというと荷物を整理してイゴイゴしていた。今は気にしないでおこう。

 

 それよりも昼寝しよう。マクシミリアンの領地からここまで早足で逃げるように帰って来たので疲れている。野宿からふかふかのベットは違う。「もう二度と使用人なんかなるものか‼」と心に決めた。


「ふふふ、おやすみ~」


 目を閉じ、昼寝をする。





 数時間後、体を起こし背伸びをする。時間的には夕刻だ。


「よし、よし。疲れはとれたし、あの店に行き飯でも食おう」


 部屋を扉を開けて早足で階段を降りる。勇者が吃驚した顔を向けてきた。


「ご飯、食べに行こう!! 余は自由だ!!」


「………マクシミリアンで何があったんだ?」


「色々あった。お前のせいでな。今日はいっぱい愚痴を聞いてもらうぞ‼」


「お、おう………変わったと聞いていたが。変わりすぎな気がするが?」


「気にするな!!」





 久しぶりにお店に顔を出す。店長に挨拶と申し訳ないがもう働けない事を伝えた。店長は「残念、また頼むよ」と言い。冒険者と言う事を理解していたため引き留めることもなかった。


 お店は夜は酒場となっているため、活気があり。歌ったり踊ったりしている者もいるがあれは踊り子と言うのだろう、綺麗な女性が男たちを楽しませている。夕食のナポリタンは美味い。自由の味がした。


「ああ、開放されたんだなぁ」


 染々、思い出す。数日間、尻が叩かれ続けた事も今や過去である。


「苦労したんだなぁ。いっぱい叩かれて」


 勇者が笑っている。知っているなこいつと納得する。


「ああ、苦労した。演じ続けるのは息苦しかったよ。お前の前でも演じれと言われたが。まったくその気が無くなったよ。余はこれが余だ。たまには演じてやろう。気紛れでな」


「ありがとう。まぁでも演じるとそりゃそうだ。息苦しいな………自由に生きたいだろ?」


「もちろんだ!!」


「はは、いい笑顔だ」


 葡萄酒を注いでくれる。労ってくれている気がして少し心地いい。本当に優しいなこいつ。


 だからこそ、その優しさに今まで気付かなかった事に申し訳ないと思いつつ。利用してやろうと思っている。占い師の言う通りに使わせてもらおう。


「さぁ今日は飲めばいい。使用人の時には飲めなかっただろう?」


「そうそう、使用人の時な………」


 そして、自分は何故かこいつにだけは何でも話せる気がした。使用人の時にあった。エルミアの愚痴をいっぱい聞いてもらう。


 そして時間が過ぎ1時間後。勇者が席を立つ。


「まだ!! 終わってないぞ!!」


「まぁ待て。トイレだ」


「すぐ帰ってこい」


「はいはい」


「店長おかわり!!」


「どうぞ!!…………にしても明るくなったね」


「そうか? それよりも!! うー!! 酒が美味しいなぁ。なんでだろーなぁー?」


 ふわふわした気分。これも久しぶりの自由の味のせいなのだろうかと思う。


トントン


「君、一人かい?」


 隣で机を叩く音が聞こえ、そちらを向く。目の前に豪華な服を着た青年が自分をみつめている。「こいつ、誰だ?」と思う。


「どちら様でしょうか?」


 切り替える。ネフィアっと言う女性を演じるのだ。最近、自分が男をたぶらかせる事の出来る婬魔として動けることを知った。


 あまり婬魔と言う自分が好きじゃないが使える道具として考え。自分ではないネフィアっと言う淫魔と思い込んで我慢する。


「初めまして。皇子のラスティっと申します」


「皇子ですか?」


「はい、この国の皇子です」


「そうなんですね。それで何の用でしょうか?」


 心の中で「皇子で偉そうにされてもなぁ………こっちは元魔王だし」と毒つく。顔には出さないが嫌なオーラを出した。


「貴女がここで働いてるときにお目にかかり、気になってました。もしよろしければ………」


ドンッ


 反対側で大きな音がする。勇者が帰ってきたのだ。皇子を睨み付けている。


「ただいま……」


「おかえりなさい。えっと………ごめんなさい、何でしょうか?」


「…………お付き合いされてますか? 彼と」


「いいえ、同じ冒険者仲間です」


「でしたら………自分とお付き合いしませんか? 悪いようにはしません」


 ため息を吐く。なんか最近、吃驚するぐらいにモテる。確かに鏡で見る自分は美少女だろうが自分は男と付き合う趣味は無い。純異性交遊は禁じている。原因はきっと婬魔であることも影響してそうだ。


「ごめんなさい。冒険者なのでまだ落ち着く気はありません。旅をします」


 冒険者お決まりの振るための台詞。便利である。


「そこを!! お金も名声も」


 貴族程度の名声とお金なぞ、王以下。興味が沸かない。今、必要なのは強さだ。しつこそうなので勇者に会計を頼んだ。


「ごめんなさい。帰りましょう」


「だ、そうだ。皇子さま。ごめんな」


「くぅ………諦めませんから‼」


 無駄なことを。魔国に帰るのに相手を知りもせず告白する愚か者。会計を済まし店を余たちは出る。


「酔いが覚めた」


「何処かに寄って買って帰ろうか?」


「気が利くな。ああ、買ってきてくれ」


「わかった。葡萄酒でいいな?」


「うむ、ありがとうな」


「うぐっ!? あ、ああ」


 勇者が明後日の方向を向くが気にしない。それよりもなんて楽なんだ。頼めば買ってきてくれるなんて。本当に………優しいなこいつと見直すのだった。





 次の日。やらかした。


「ウゥオ、オエエエエエ」


 トイレに向かって。昨日の胃に残った物を吐く。胃液の酸味が気持ち悪い。頭もガンガンする。リビングに戻り勇者が水の入ったコップと粉末の薬を頂いた。


「昨日、イッキ飲みするから………」


「は、羽目を外しすぎた。気持ち悪いぃ……」


「一日、安静にしろ。黒騎士団長に呼ばれたから行ってくる。えっと、まぁ昼には帰ってくる」


「お、おう」


フラッ


ガシッ!!


「大丈夫じゃないなぁ」


「す、すこし目眩しただけだ。降りてこなければ布団が恐ろしいことに………」


 布団で吐くなんて嫌だから降りてきた。とにかく、気分が悪い。


「よっと!!」


ヒョイッ!!


「お、おい……うぷ」


「黙って安静にしろよ」


 勇者が自分を持ち上げて寝室に運んでくれる。ベットの上に自分を置いた後、彼は出掛けて行った。


「…………やっぱり優しいなあいつ」


 思いの外、本当に優しい事に気が付いた。


「いい奴だったんだなぁ」


 今更であるが、落ち着き色々と考えられる時間ができたお陰か余裕が出来た。あの使用人の一月は自分にとって自信がついたのかもしれない。


「褒美を取らせるか……まぁ追々、考えよう」


 目を閉じて安静にする。昼には回復するだろう。きっと。






 俺は久しぶりに出会って変わりすぎている事に驚いた。今までにない笑顔を見せたり、男らしい口調なのだが可愛いと思えるネフィアにドキドキしている自分がいた。そんな中で一呼吸をし、黒騎士団長様がいる。部屋の扉を開ける。


「黒騎士団長、こんにちは。マクシミリアンの依頼は終わったぞ」


「ふむ。厳しかったか?」


「ああ、騎士団動かさなくてよかったな。恩が売れた」


「それは、それは。動かさなくて良かったとは言えないな」


「で、用件って?」


「姫様を覚えているかな?」


「覚えてない」


「全く、お前と言う奴は姫様が気付いた。お前が帰ってきたことを嗅いだらしいな」


「そっか。まぁおれはあいつの事なんて興味はないが」


「それは。俺の口から何度も言ったが………姫様はお前のご執心だそうだ」


「何が彼女を惹き付けるんだろうね?」


「………さぁな。姫様も騎士として腕を鍛えた。お前がいいのだろうさ」


「あいつのための強さじゃぁねぇのに………」


 あれは自分が護るべき者とは遥かに違う。美少女だろうと彼女は素晴らしくない。あんな綺麗な笑みを浮かべたり出来ないだろう。瞼の裏に写る彼女とは遥かに遠い。それに心は黒い。政権に染まりすぎてる。


「本当に姫様の婿になる気がないのだな」


「ない」


「姫様にはもう一度考えなすことを言ってみよう」


「用件はそれだけだな」


「ああ、説得をお願いされた。残念だが私には無理だ」


「騎士団長さまのご判断に感謝します。では失礼」


「……………」


ガチャ


 自分は部屋を後にした。そろそろ………ここに留まっとくのは良くないようだ。あまり、姫様と関わりたくない。






 昼過ぎ。勇者が帰ってきた。シチューを分けてもらい。寝ている自分のためにパンもふやかして用意してくれたものを昼食で頂いた。


「………ありがとう」


「いいさ、頭は大丈夫か?」


「もう、大丈夫」


「今度から、控えめにな」


「わかった………」


「素直になったな」


「いがみ合いは時間の無駄だ」


ドンドン!!


ドンドン!!ドンドン!!ドンドン!!


 玄関から勢いよくドアを叩く大きな音が聞こえる。


「うぅうう……頭に響く」


「ネフィア、待ってろ。はいはい、誰ですか‼」


 勇者が扉を開ける。そこにはピンク色のドレスみたいな装飾過多の騎士鎧を着た女性が立っていた。初めて見る人。顔は見えない。


「お久しぶりですわ‼ トキヤさまぁ!!」


 その人がいきなり勇者に抱きつこうとして勇者に避けられている。


「おわっ!? 姫様!!」


 トキヤが一瞬剣を掴もうとする素振りがあったがやめてしまう。姫と言ったのは聞き間違えではないだろう。


「何で避けま……………あら?」


 こちらと目線が会う。一瞬顔が歪み睨まれたあとに満面の笑みで話しかけてくる。


「初めまして、第一皇女ネリス・インペリウムです。あなたはどちら様でしょうか?」


 席を立ち、深々とお辞儀をし自己紹介をする。


「はい、私は冒険者のネフィアです。トキヤ殿と一緒に旅をさせてもらっています」


「ふーん」


 勇者の腕を掴み皇女自身の胸を押し付ける。胸当てはしていないようで腕に柔らかそうな物が押し付けている。


 何故か少しだけ、ほんの少しだけ。イラッとした。


「えーと、トキヤ殿? 薬で皇女殿とは?」


「あっ!?…………そうだなぁ、何でもないただのライバル。剣で腕を競い合った仲だよ!!」


「トキヤ殿、嘘はいけませんわ。フィアンセでしょう?」


「全力で否定してやろう。誰がお前と一緒になるか」


 勇者が真顔で言い放つ。何故か胸がスカッとする。


「あら? トキヤ殿、いいんですか? 皇女を蔑ろにして?」


「…………はぁ、蔑ろにしていい。他にもっと素晴らしい人が居るだろう」


「そうですか………残念ですねぇ、絶対私の物にならない。だからこそ欲しい」


 毒蛇に噛まれているようなイメージが浮かぶ。これは毒だ。


「さぁ、帰った帰った。おれはこいつとそろそろ旅の計画を練るんだ」


「わかりました。ふふ、ネフィアって言いましたわね?」


「はい」


「覚えといてあげる」


 自分は絶対、忘れてやる。皇女は自分を睨み付けて、背中を向けて出て行った。


「全く、ネフィア………関わるなよ。面倒な奴だから」


「あんなくそ女どうでもいい。皇女なら皇女らしく淑女になれ」


「………」


「なんだよ、勇者?」


「お前の口からそんな言葉出て吃驚だ」


「よし、一発ぶん殴らせろ」


 少しだけ、癪に触った。少しだけ。





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