第11話・魔王の才
エルミアお嬢様の調教が始まって一月が経ったころ。午後の洗濯物を洗いながら話しかけられる。
「ネフィアちゃん………」
「はい、お嬢様」
スッと言葉が出る。
「………馴れるの早くない?」
「早いでしょうか?」
とぼけるがその評価は多くの使用人からいただいている。
「え、ええ。尻を叩けないのだけど?」
「それは残念ですね。お嬢様」
もう、愉快な気分で「どやぁ」と言う表情をした。本気になればこんなのは朝飯前だ。
「まぁいいけど。一緒に家事するのが理由だったし」
「そうですか? お嬢様は家事をなされなくてもよろしいかと」
ババァ。早くどっか行け。迷惑だぞ。
「お、怒ってる?」
「いいえ」
「そ、そうなのね」
全力で使用人を演じて冷たくする。自分は考え、使用人をしっかりやれば叩かれず。尚且つ自分にかまって欲しそうにするのを冷たくすれば少しでも嫌な気持ちが湧いて復讐が出来るのではないかと。それを今日、実行に移した。精神攻撃は基本である。
「メイド長、お嬢様が居ては落ち着きませんわね」
「そ、そんなことはありませんわ‼ 大母上様が居て助かります‼」
「そうですね。大助かりですね。お嬢様、一緒に頑張りましょう」
「え、ええ………」
エルミアお嬢様が狼狽えだす。悲しいかな、自分は彼女がここにいるだけで皆が落ち着いて仕事ができない事を感じ取った。
使用人達の休憩での談笑でエルミアお嬢様の凄さを聞いた結果、尊敬されてる事とこの屋敷で仕事ができる誇りを持っているらしい事がわかり、緊張する理由も知れた。存在が大きいのだ。
「そこの洗濯物をとっていただけます?」
隣のメイド長に話しかける。彼女も大変でお嬢様の監視をしている。他の使用人の粗相をいつでも庇うために。謝れるように。それだけの権力を持っている。
「ええネフィアさん、どうぞ」
エルミアお嬢様の方を見る。彼女が何故、避けられるかわかっている。
綺麗なエルフだが、マクシミリアン騎士団長初代であり、この地を纏め上げ。2代目騎士団長と共に帝国から奴隷にならないために楯突き戦い抜いた。
相手の騎士団を潰し、皇帝の目の前まで迫った大英雄様、勇者様だ。この地方の子供の童話として広く広まっており誰でも知っているほどの生ける伝説なのだ。
「そんな人が隣でジャガイモ剥いていたらどう思う?」と大きすぎる存在は寂しい事を学んだ。エルフと言う長命が孤独を生む。
そんな考え事をしていると小柄な可愛らしい使用人に声をかけられる。
「ネフィアさん。ちょっと手伝って貰っていい?」
エルミアお嬢様も来ようとする。
「あっ私も行こうかしら?」
「え、え、え!?」
勿論驚くだろう。逆に余がしなければいけないのは教える事。
「エルミアお嬢様は大丈夫です。自分だけで行ってきます。もう、存在の大きい事が重いんです」
自分が手で制する。来たら邪魔で皆さんが緊張する。そのままお辞儀をして小柄の子に話を伺った。
「えっと、鎧干したいの。いいかな?」
「はい。頑張らせてもらいます」
小さいメイドのお嬢さんに連れられる。演じれている。余は使用人を演じれている。「ヨシヨシ」としたたかに笑みを浮かべる。
「力仕事は女では大変ですね。ネフィアさんは力持ちで羨ましいです」
「ええ、元は色々ありましたから」
少し力が弱まっても元男の片鱗を味わえる力仕事は好きだ。勇者が、ばか力だったので気付かなかったが、そこらの女性より力はある。
屋敷に隣接している兵舎の倉庫から騎士団が訓練で使った鎧を持ち上げ、庭に出す。それを雑巾で拭き乾かす。今日はこれだけで一日が終わるだろう。
「あの~そこのお人」
「………」
「あの~仕事中すみません」
「あっ、ネフィアさんお呼ばれしてますよ?」
「あっはい。なんでしょうか?」
拭いていた兜を置いて声の主に向く。一人の青年が自分の目の前でお辞儀をする。
「一目見てから心を奪われました。もしよろしければ一緒に休日にお食事でもどうでしょうか‼」
「ごめんなさいね。興味はないです」
男に告白されるなんて気持ち悪い。これで二人目だ。自分は男なのだから好きになるわけがない。すっぱり断った。そして一瞥し、鎧を干す作業に戻る。
優しい言葉をかける気はない。
*
夕食前の休憩時間。使用人達で談笑をする。今日の内容はどうも自分らしい。
「ネフィアさんモテますね」
メイド長等も興味深く聞いてくる。
「あら、騎士の誰かに告白でもされたんですの?」
「ネフィアさんが告白されたんですが、すぐに振ったのです」
数人の使用人達も静まり、聞き耳を立てる。これは注目されている。ここで、発言しないときっとしつこく聞かれるのが感覚でわかる。女は、ねちっこいのだ。
「ええ、振りました。彼には可哀想ですが自分とは目指す場所が違います」
魔王として復権のために彼にその任が出来るとは一切感じなかった。というか、まず付き合うなど考えない。
「どうしてです? 彼は選ばれた騎士様ですよ?」
小さな使用人が体を乗り出して聞いてくる。その目は輝いている。しっかり理由を言わないと納得しないだろう気配。
「そ、そうですね。先ずは弱そう、彼の体からは強さを感じませんでした」
思い出す。勇者と対峙した時を、余裕を持った彼の姿を。大剣で多くの死霊の前に笑って見せる余裕。強者でしか出来ないだろう。
「それにあの武器では魔物を倒すのは大変でしょう。一人で倒せなければ、一人で魔都のスケルトンを相手にできないでしょう?」
勇者なら簡単に仕留めるだろう。規格外の実力者だ。
「そ、そうだね。基準が高い」
「ネフィアさん。もしや、一緒に居たお方の事を言っておられるのですか?」
余はビクッとする。
「い、いや!! そんなことはない!!」
「そうですの? ですが、該当が彼を思い浮かべれましたが」
「へぇ~もう決めている人がいるんだ」
「ち、ちが!!」
「ネフィアさん。花嫁修行なのですね。ここでの使用人でいることは」
「はは……は……」
もう、一同に弁明しようとしても照れ隠しと思われてしまった。正直、やってしまった気がする。女は色恋沙汰は脚色が入り、すぐ嘘が広まった。そう、自分は恐ろしい事を学んだ。
*
夕食、エルミアお嬢様の部屋に料理をお持ちする。鳥の焼き物と野菜を切った物。部屋に入ると彼女が椅子に座り落ち着いた雰囲気で待っている。食事の準備をし、自分も対面に座る。
「お嬢様。用意できましたわ」
「え、ええ。本当にすぐに馴れたわね」
「簡単です。魔王なのですから。さぁ、威張りました。どうぞお叩きください」
「………あなたは予想以上に優秀だった。きっとそれを教える機会が無かっただけね」
「ふふふ、淑女を演じると色々得することは多いみたいですね。あなたが困ってる姿は楽しい。気付いてるのでしょ?」
直接的にあなたは避けられている事をほのめかす。
「……………ええ。私はそんなに大きな存在ではないのですがね」
「いいえ、大きい。自分よりも大きいですね」
「大きい?」
「……自分は魔王に即位しても。何もしてこなかったのですから。しかし、お嬢様は違うでしょ? 帝国内に国を作った。皆が尊敬してましたよ」
「そう………そうよね。ええ」
「だから。親しく話せる仲が欲しかった。違いますか?」
「!?」
エルミアお嬢様が顔を上げる。
「ネフィア!? あなた、そこまで感じ取ってあんな冷たくしたの!?」
にやっと口許を緩ませる。いい顔だ。
「勿論、最初の仕返しで………まぁ目が覚めました。自分は何もしてこなかった」
一月、生活して思ったことだ。1日目で勇者の大変さを知った。これから長く苦しい旅が続くんだ。あいつを損耗させるべきじゃない。
「ふふ。じゃぁ………いいわね。手紙を出しましょう。彼を呼びますね」
少し寂しそうな顔をしたあとに手紙を渡してくる。3つ。しっかり届くように予備を含めて。
「明日それを出しなさい。彼が迎えに来るわ」
「はい?」
「交渉はあなたが人として一人前になって手紙を出す事にしているの。お金の取引はないのよ最初っから」
「嵌めましたね」
「ええ、楽しかったわ。他の人は私に対して気軽に話せないらしいから………でも、本当に言うならここに居て欲しいわ」
立場と言うものは大変なんだと学んだ。余の傀儡魔王とは大違いだ。
「…………エルミア・マクシミリアン」
だから。学ばせて貰った御礼に。彼女が求めるものを繋ごうと思う。
「なに? ネフィアちゃん?」
「色んな物を学ばせて貰った。その、全て終わったら遊びに来るよ。友達として」
「ネフィアちゃん?」
「一人は寂しいもんな。わかる」
現に昔は一人ぼっちだった。使用人とも仲良くなったしそこで初めて会話を楽しいと学んだ。
「ふふふ、簡単に大きくなって」
「大きくならないと玉座に座れない。戻れない」
「諦めないのね………」
「ええ、まぁ。目指す先がそこだけだからな……他に無いんだ……」
自分が生きる理由はそれだけしかない。それだけしかないと言い聞かせる。
「ありがとう、頑張ってね。新しい目標見つけれる旅になるといいわね」
「ああ、剣術も教えてもらったからな」
次の日に手紙を出した。そして一週間後に勇者トキヤは迎えに来たのだった。
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