第10話・使用人修行
マクシミリアン騎士団創設者エルミア・マクシミリアンの使用人になった。経緯は脅しである。力あるものによって脅され、奴隷の身分へと落ちてしまったのだ。そして、早朝5時。その元凶に叩き起こされる。
「さぁ!! 起きなさいネフィア!!」
「な、な!?」
小さな使用人の部屋で布団を剥がされた余は少し身震いする。春なので寒くはないだけが救い。しかし、ハエ叩きを持ったエルミアが立っているので全く救いはない。
「使用人の朝は早い‼」
「お、おう……ねむ」
「シャキッとする!!」
バッチーン!!
「あうあ!?」
痛みのせいで一瞬で目が覚めた。ヒリヒリと尻が傷む。
「さぁ!! 着替える!!」
「ううぅ……」
「もう一発?」
「着替える!! 着替えるから!! それやめるのだ!!」
涙目で尻をさわる。
「敬語を使いなさい‼」
「は、はい!!」
「何故、魔王である自分が」と文句を言いながら使用人の服に着替える。少し胸がきつい。
「………けっこう大きいのね。ついてきなさい」
「…………」
「返事は!!」
「は、はい!!」
『助けて、あっ助けない』と自問自答をして余計に気分が落ち込む。
「よし、行くぞ!!」
「はい!!」
何故、こんなことをしているのかをもう一度自問自答したい。何が悪かったのだろうかと悩む。王室で監禁生活してたのに、酷い仕打ちだ。
「そうそう。トキヤ殿は昼前に帝国首都へ向けて出発するからな」
「余を置いて行くのか!?」
「出稼ぎよ。さぁ何時までに集められるかなぁ?」
エルミアがニコニコ笑って楽しそうにする。このクソババァが楽しそうで苛々するが、自分はその気持ちを押さえ、黙って渋々エルミアについていった。そして到着した場所は広い厨房だった。
中には数人の女性のがいる。広い屋敷の使用人達だろう。朝食を作っている最中だった。
「ここの使用人は家事全般を行うことにしてるの。メイド長は彼女よ。紹介するわ。ネネ・マクシミリアン。孫の嫁さんよ」
「大母上様。おはようございます」
「おはようございます」
「お、おはようございます」
「シャキッとせんかぁあああああああ!!」
バッチーン!!
「はい!! おはようございます!! 痛い!! お尻!! すごく痛い!!」
「ふふ、昔を思い出しますね。夫も私も沢山叩かれましたね。でもけっこう遠慮ないですけど………誰でしょうか?」
「痛い………」
「ああ、ネフィアっと言う冒険者で全くっていいほど役に立たないから教育してやろうと思ったのだ。あまりに勇者トキヤ殿が可哀想なのでな」
何か含んだ言い方だったが自分にはそれを察する事が出来なかった。可哀想なのは自分であるとも思う。
「そうですか。それでは一緒に頑張りましょう」
「うむ」
バッチーン!!
「『うむ』でふんぞり返るな!! よろしくお願いしますで頭を下げる」
「よろしくお願いします‼」ペコリ
「ははは………じゃぁお昼の仕込みをお願いしようかな? ジャガイモを剥くのよ。けっこう問題児なのかな?」
包丁と芋を沢山用意する。
「こうやって皮を剥くの」
メイド長が綺麗に一個皮を剥いた。
「さぁ、頑張ってね」
「はい…………」
初めて包丁を持った。ジャガイモをもつ。
「くぅ………綺麗に剥けないぞ」
「ネフィアつべこべ言わずやるの!!」
「はい………お嬢様」
数分後。一個なんとか剥き終える。
「メイド長。私にも一本包丁を」
「えっ? 大母上様?」
「日が暮れるわ。監視よ監視」
「うぐぅ……難しい」
「さぁ、ネフィア。私の技を盗みなさい」
「大母上様。楽しそうですね………すごく」
自分はするするとエルミアの剥き方を感心しながら観察していた。包丁捌きをマスターすればきっと剣を扱いが上手くなりそうと思った。時間をかけながらもそうして全部剥き終わる。
「さぁ次はお掃除よ!!」
「はい!!」
「大母上様………あのぉ………教育は私にお任せを」
「いいえ。この子の観察は大切よ。いっぱい叩かなくては」
すごく、やめてほしい。張り切ってるのも悪い予感しかない。
「では、私の部屋を掃除してもらおうかしら?」
メイド長から用具の保管場所を教えてもらいエルミアお嬢様の部屋に掃除用具を持って向かった。
「では、私は席を外すから掃除しとくこと!! わかった?」
「はい!!」
「元気が良くて善し。では、かかりなさい」
エルミアお嬢様が部屋を出る。それを確認しため息を吐いた。
「はぁ……俺はいままで恵まれていたのだな………にしてもあのクソババァ。バシバシ叩きよって。なにがお嬢様だ。そんな歳でもないだろうに!!」
「はーい!! ネフィアちゃん!! 叩きに来たよ‼」
「地獄耳!? ひゃあああん!!」
バッチーン!!
お尻を叩く音が屋敷に響いた。
*
1時間後。エルミアお嬢様が部屋に入ってくる。
「よし、雑巾掛けしたわね」
「はい」
窓の近くへエルミアお嬢様が近付き、縁に人差し指をなぞる。
「はい、ホコリ」
「えっ……いや、あの」
「口答えしない!! すいません掃除し直しますを言う‼」
「すいません‼ 掃除し直します‼」
なんで、こんなこと言わされてるんだ俺。
「よろしい。だが残念だ!! 今から昼を作るぞ‼ 来い!!」
「はい!!」
用具を保管場所へ戻して厨房に戻る。メイド長に炒める事を教わった。今日はシチューらしい、牛と言う魔物を家畜化させてそれを捌き入れているらしい。
家畜の牛から搾り取った牛乳で煮込む。色々知らない言葉の調味料を言われた通りに入れ煮込んでいく。
「………ネフィアちゃん。筋がいいね料理に関して」
「大母上様。シチューは簡単な料理です。誰でも出来ます」
「鍋をひっくり返したり。不味い物が出来ると思ったのよ……」
「ふふふ!! さすが余だな‼」
バッチーン!!
「あう!? 何故叩く!!」
「調子に乗らない!! 淑女になりなさい‼」
「余は男だ!!」
バッチーン!!
「口答えするなって言ったよね? 私?」
「はい!! お嬢様すみませんでした!!」
自分は気付く。「諦め」と言う事が必要になっていることを。昼食はエルミアお嬢様の寝室。相席で昼食を取ることになった。
「あの、大母上様。使用人等は食堂がございますが?」
「いいの。私の部屋で………あなたもあったでしょ?」
「ははは………はい」
苦笑い。哀れみの目に私は察する。
「昼も一緒とか嫌だ‼」
「文句を言わないの」
ビシッ!!
「つぅ!! すみません!! 自分のお尻どうなる!? というか叩きすぎ!!」
「ふふ、不満そうね。でも魔王でしょ? こんなので魔王名乗られてもねぇ」
「くぅ………その魔王を叩くのはお前だがな」
「もう一発?」
「すみませんでした!! くっそ、魔王に戻ったらマクシミリアン騎士団なぞ潰してやるからな!! 絶対、潰してやる」
料理が運ばれる。クリームのふんわりした美味しそうな匂い。香ばしく焼かれたパン。
「では、いただきましょう。手を合わせて祝詞を」
「「いただきます」」
「この祝詞は東方の文化らしいので覚えるように」
「勇者が東方の出だからか?」
あいつはいつも手を会わせていた。ああいう文化なのだろう。
「勿論。郷に入っては郷に従えです。彼に合わせさせるのも一つの手」
自分はスプーンを握って食べる。
ペシッ!!
「うぐぅ!!」
スプーンがお嬢様によって叩いて落とされる。
「持ち方はこう!! 粗相がないように音をたてず食べること!! ほうばって食べるのは時と場所を選ぶこと!!」
「お、おう……」
「食べるマナーぐらいは魔王として当然覚えてたでしょ?」
「い、いや………その。放置されてたから」
いつも一人で食べていたから覚えようが無い。
「まぁいいわ。徹底的に教えるから」
ご飯の時も息苦しい。
「うぅうう」
「あー美味しい。さぁ食べなさい」
「はい………」
昼もいっぱい手を叩かれた。
*
午後、洗濯物だ。騎士団の下着や鎧の天日干しなどを行う。鎧干しは無いが、常在団員の洗い物を行う。訓練は過酷なのだろう泥々になった下着や服を井戸水を汲んだ桶に洗剤を混ぜて洗う。
「臭い、汚い………こんなものを触れと?」
「男の勲章です。干したら裁縫ですね」
至るところ破れている。何をしたらこうなるのかわからない。
「何をしてこうなるのだ?」
「ああ、これはですね。野戦の取っ組み合いの練習でボロボロになります。武器を使わず己の肉体だけで戦う練習です。マクシミリアン騎士団は一人で10人倒さないと帝国に負けますから」
マクシミリアン騎士団を攻めるのは止しておこう。甚大な被害が出そうだ。
「さぁ、ネフィア。こうやって板に当てて汚れを落とすのです。そのあとに水の魔法で脱水をかけて干す」
エルミアお嬢様が桶の洗濯物を手に取り、ギザギザした洗濯物を押し付けてる。
「お、お嬢様。私たちがしますので………」
「気にしなくていいわ。彼女に教えるためですもの。さぁ!! 早くする!!」
「はい!!」
見よう見まねで服の汚れを落としていく。
「………やっぱりネフィアちゃん筋がいい」
「そうかな?」
「ええ、綺麗に落ちてる」
水で泡を洗い流し、魔法を使える使用人が脱水をかけて、木で出来た物干しで洗濯物を干す。エルミアお嬢様は豊かな胸の前をつきだすかのように腰に手を当て満足気な顔をする。
「洗濯物であなたを叩けなかったのは残念」
「不満そうな顔じゃないぞ?」
「ごめんなさいね。叩けなくって」
「やめてください痛いです」
「ふふふ、お嬢様、楽しそうですね」
「では、乾いたら裁縫です」
本当に自分は何をしているのだろうかと自問自答するのだった。
*
裁縫のお時間。糸を通し、破れた箇所を新しい布で張り付ける。糸を通すのは大変な作業らしい。
「さぁネフィアちゃん。こうやって間隔を短く縫うんですよ。何重に縫って剥がれないようにするんです」
「こ、こうか?」
「…………どれどれ」
ビリリリリ
「あああああああ!! せっかく縫ったのだぞ!?」
縫った布の端を掴み。勢いよく千切られた。
「継ぎ目が甘い!! 指でつかめる!! 千切れる!! やり直し!!」
「鬼!! 悪魔!!」
バッチイイイイン!!
「黙って作業に戻る」
「………はい」
「元気がない」
「はい!!!」
涙が滲みそうになるのを堪える。怒りもあるが敵わない惨めさと悔しさを噛み締め我慢したのだった。
*
夜中。小さい部屋で着替え。床につく。尻の痛みもあるがそれより悔しさで唇を噛む。
「何故余が……こんなことに。勇者早く帰ってこいよ」
布団に入り愚痴を言う。
「あのババァ。叩きすぎ。それに料理洗濯なぞ女がするようなのを………」
そういえば、勇者が洗濯したり料理したりしてた気がする。手伝った記憶もない。
「あいつ………いつもこんなことをやっていたのか?」
いつも、箪笥の上に下着とかあったし。干してるとこを見たことはないが干してるのだろうかと疑問も生まれる。
「………身の回り事を全部していたのか、あいつ」
少しだけ、申し訳ない気持ちになる。
「それよりも悔しいが、まぁ勇者が帰ってくるまでの辛抱だ。我慢しよう」
悔しい思いが少しづつ薄れていく。やることは決まった。今は我慢の時だ。文句は言うが、我慢すれば魔王に戻れると信じよう。それまで目の前の事をゆっくり片付ける。
「早く寝よう。明日も早い」
逃げれないなら、やるまでだ。そう、やるまで。一般の生活も出来ない魔王なんて恥ずかしいだけなのだ。そう思いながらも……少し笑いながら眠る。夢はそれはそれは立派に火事をする。余の姿を見ながら。
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