第9話・理由と身売り
二人で話すと言われ、厄介払いされた自分は渋々と借りている部屋に戻る。部屋に入り、ベッドの上で三角座りして少しいじける。何故かソワソワと落ち着かないのを我慢しながら「むむむ」と唸った。
「二人でいったい何を………」
気になる。すごく気になる。胸の奥がモヤモヤするのだ。
「何故……気になるのだろうか?」
今の心境に戸惑う。焦っている。なにかに焦っている。
「はぁ………」
パフッ
自分はベッドに横になり、枕で顔を半分隠す。指で文字を書くように布団を指で弄った。
「早く帰ってこないかなぁ………」
……………はぁ?
「ちがーう!! 別に寂しくない!! 寂しくないんだ!! なんでもない!! なんでもない!!」
キモい、気持ち悪い。今さっきの一言もそう思う。
「くっそ………絶対男に戻ってやる」
「絶対に男に戻ってやるんだ」と言う意思を固め、恥ずかしさをまぎらわせる。今の女々しい発言を戒めるために頬をつねった。早くしないと戻れなくなる危機感も感じながら慌てしまう。
「くそ………なんでこんなに不安になるんだよ」
とうとう余は枕を壁に投げつけて布団にくるまった。早く寝て忘れようと考える。変なことを考えてしまう前に余は目を閉じた。
*
ネフィアは部屋を出た後に、彼女が盗み聞きしていないことを確認したエルミア嬢が話しを切り出す。
「二人っきりになれましたね。トキヤ殿」
「じゃぁ交渉しよう。先にいいですか?」
「どうぞ」
エルミア嬢が手を差し伸べ、話を促す。話しやすい人だ。
「依頼の報酬の話で相談がある。単刀直入で言うと金などいらない。助けた事の恩を残したい」
「理由を知りたい。続けて」
「理由は自分に何かがあればネフィアを頼みたい。もしくは彼女の力になって欲しい」
真っ直ぐエルミア嬢を見つめる。エルミア嬢が少しだけキツく声を発した。
「その行動は愛から?」
俺はその返答には絶対な答えが決まっていた。
「俺は俺の信念のため。決めた姫様を護るのが務めだ。何があっても。姫を護る騎士だ」
エルミア嬢の表情がスッと柔らかくなる。逆に笑みを浮かべる。
「ふふ、似てるね。死んだ彼にすごく。わかった……恩を貰います。返せる日が来ない事を願うわ」
自分は頭を下げた。そして、すぐに頭を上げる。エルミア嬢が話を始めたからだ。
「しかし、条件がある」
「なんでしょうか?」
「絶対、あなたは彼女のために命を投げ出すでしょう。それを咎めます。絶対に死んではダメ。死んだ物の想いを絶対、持っていくでしょう。それが呪いにならないとは言いきれません」
「…………無理ですよ、きっと」
現に敵は多い。魔王としても、魔王を狙う奴にも魅力的な餌である。
「わかる。大変なのも。でも無駄に命を投げ出さないで。残された方は寂しいわ」
「善処します。俺だって見たい笑顔を見なずに死にたくない」
「よろしい」
エルミア嬢が笑う。彼女の言葉は重たいと思った。長く苦しんだ言葉だった。そしてまたエルミアお嬢は真面目な顔で俺に質問する。
「では、次に私から。何故そこまでわがままの姫を庇う? 異常なほどに。出会ったのはここ最近だった筈」
出会ったのはここ最近。間違いない。ネフィアも同じことを疑問に思っている。
「今の彼女に魅力を感じない、にも関わらずです。トキヤ殿ならもっといい人と出会える筈。彼女を選ぶ理由がわからない」
俺はその過小評価に首を振る。
「出会えませんよ」
「ん?」
「彼女ほどいい女性はいない。彼女よりも、もっといい。そう、彼女よりいい彼女です」
「彼女より……いい女性でありながら彼女?」
エメリア嬢が困惑する。首を傾げながら目を細める。変な言葉に聞こえるが、彼女であり彼女ではない人が素晴らしいと言う話だ。
「彼女の笑顔を知りたい。意味を知りたいんです。絶対に暖かい笑顔を『俺』だけに向けているんです」
「トキヤ殿は何を言ってるの?」
自分は手を握り締める。思い出すのだ、目を閉じれば思い出す瞼の裏での彼女の笑みを。俺は彼女の姿で温かく微笑む姿を知っている。それは「未来」の事である。
「彼女に関わるのは彼女の笑顔の理由を知りたい。何を笑って、何を感じ、何を囁いたのか。占い師に占って貰ったんです昔に。それからでした。心を奪われて、ずっとずっと……求めてる」
隠す必要はない、彼女の口は固い筈だ。
「………では、彼女の占いで出た笑顔のためにだけで戦ってるのか? 未来の花嫁でも見たのか?」
頷き、肯定する。全くのその通りだ。
「そんな占い一つでそこまでするのか? 気が狂ってる。そんな事で………黒騎士を………敵に」
「ええ、気が狂ってるのは誉め言葉です。あと花嫁では無いです。出会う、女性の一人として占って貰いました。そう、花嫁候補の一人です」
エメリア嬢がため息を吐く。
「もっと野心があると思ったのに。魔王の臣下として恩を売る。他に愛する人のためかと思っていたわ」
「いや、好きなのは好きですよ。でも、野心もなにもかも捨てました」
「………そこまで?」
「そこまでの価値があるんです。占いで助けるなんて馬鹿馬鹿しいですよね。でも、俺は……呪われた」
ネフィアには黙っていたい。こんなバカらしいこと。信じて貰えるなんて思ってもない。それ以上に自分は踏み石でいい、踏み石で。そう、彼女に出逢えるだけで奇跡だからだ。
「そうね、わかった。決めたわ。彼女を貸して頂戴!!」
「内容によります」
「後悔はさせませんから……必ず。いい娘にします」
自分は何をするかを聞き出し。その内容に満足して頷くのだった。第二の人生の一歩になればと考えて。
*
トントン
ガチャ
「んっ……んんん。勇者?」
「いいえ………エルミアです。勇者は風を感じに外へ散歩しに行きました」
エルミアがベッドに腰掛ける。「何があったのだろうか?」と首を傾げる。
「二人で話しました。次はあなたと話そうと思います」
「余と?」
「ええ、あなたは何をしたいですか?」
質問の意味を考える。
「男に戻りたい。魔王に戻りたい」
今はそういう言葉しか出ない。
「なんで?」
「そう言われても。元男だからだ。魔王も同じ」
「そう、彼はどうするの?」
「魔王になれば臣下の一人ぐらい自由に出来るだろう」
エルミアが微笑む。嬉しそうに。
「なんだ!! ネフィアちゃんは彼を臣下にするんだ~嫌ってるわけじゃないんだね」
「はっ!? い、いや!! 決着はつけるぞ‼ 決着は!!」
「素直になりなよ」
「素直だ!!」
決着はつける。殺さない殺されない程度に。
「まぁ、でも。本当にそんな態度でいいの?」
「?」
自分は首を傾げた。意味がわからない。
「いいわ。おばあちゃんのお節介よ。あなたはただの偉そうな弱い冒険者の女よ。なんも価値もないわ」
自分の表情が強張るのがわかる。背筋が冷える。怒られている。自分が、この元魔王が。
「不満そうな顔ね。でも、それが現実で彼はそんなものに命を賭けている。可哀想………もし、愛想が切れたらあなたは死ぬ」
「……………わかってる」
小さく返答をする。気付いてない訳じゃない。もし私一人になった場合。永遠に魔国に帰れる気がしないのだ。刺客だって居るだろう。もしくは魔国全土が敵。魔王になりたいやつは多く。最悪はそれを全部、倒さなくちゃいけない。
「わかってるが………どうしろというんだよ」
「女に成りきるの彼の前だけ。悪女でもいい」
「なっ!? 出来るわけないだろ‼」
「出来る。出来ないじゃない。やるの、あなたは魔王ではないネフィアという女の子を演じる。彼に褒美をあげればいい。対価よ」
自分は無言になる。対価。そう対価だ。確かに貰ってばっかりだ。護って貰ってばかり。
「…………ん、確かに。対価はいるか?」
確かに考えてみると。ずっと頼ってばっかりでそれは果たして良いことなのだろうかと思う。臣下に給料を払うのも魔王の務めだ。
「あなたには彼ほど魔王の座に戻るのに覚悟が足りない。手に入れたいなら何かを犠牲にしなくちゃいけない場合もある。死ぬより安いでしょう?」
「………ああ、そうだな」
演じるだけで奴を操れるなら、安い。側近に復讐するのにも覚悟が足りなかったかもしれない。女になってるなんて死ぬより安いような気がする。生きている方が何倍も大切だ。
「ネフィアちゃん。私は草でも食ってでも生き長らえた。その覚悟ぐらい持ちなよ、元魔王さん」
「……………ありがとう、お説教。でもどうやって演じればいい?」
「大丈夫。彼から買ったから」
「は?」
「さぁ!! 使用人ネフィアちゃん!! 部屋を案内するわ」
「えっ!? ちょ!?」
「厳しくするわ。我が子のように」
「くそやろおおおおおお!! はめたなぁああああああ」
自分は叫ぶ。気付いた。あいつは自分を売りやがったのだ。
「ただいま。荒れてるけどどうした?」
扉を開けて勇者が帰ってくる。丁度いい、怒りが込み上げていた所だ。
「お、お前えええええ!!」
ベッドから起き上がり、拳に力を入れ全力で顔面に突き刺す。力一杯殴り抜けた。勇者は廊下の壁まで吹っ飛び、ぶつかる。
「はぁはぁはぁ………余を売るとはなんたる不敬!!」
勇者がふらふら立ち上がる。
「すまねぇ、騎士団総出でお前を魔王として討ち取る交渉で負けたんだ」
「ふざけるな!! 使用人なぞやれるかああああ!! まだ店員なら許せるが!! 使用人なぞ!!」
「ネフィア。使用人が客人に手を出すとは………」
「えっ、エルミア? そ、それなに?」
「よくしなる木で作ったハエ叩きよ。昔から悪い子には使ってたの」
エルミアがそれを両手で振り抜く。
ばっちいいいいいいいん!!
「ひゃあああああい!!!!」
エルミアにお尻をフルスイングで叩かれた。
「さぁ、あなたは使用人。ビシバシいくわ」
「エルミア!! やめろ!! 我は元魔王!!」
「ふーん。まだ足りない?」
バシ!!
「あっ!! う!! ごめんなさい‼ ごめんなさい‼」
「わかればいいわ」
「何故……余がこんなことに………」
「そうそう、使用人の期間は彼が売った金額の倍まで稼いだら。それまでの辛抱よ……簡単でしょ?」
自分は少し泣きそうになる。滅茶苦茶痛い。
「なんで、なんで、なんで」
「あなたが自分で元魔王言うからよ」
「そうでした………ああ、昔の自分を殴りたい」
「さぁ使用人の部屋に案内するわ」
「ひゃい………くそ勇者め」
「ごめんな………ネフィア」
とぼとぼ歩いて私は部屋を出た。契約に従わないといけないために。
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