第8話・亡き王との決着

ガンッ!!


 凶刃の恐怖で私は目を閉じていた。しかし、いつになっても死の痛みは訪れない。


「ん……」


 恐る恐る目を開ける。ほんの少し風を感じた先に大きな、凄く大きな背中が見えた。剣を片手で振り上げた姿で、そのまま剣を下ろして王を退ける。そして彼は振り向いた。申し訳無さそうな表情だが余は安心する。


「ごめん。遅くなった」


「ゆ、うしゃ?」


 小さく細い声を漏らし、それに勇者は頷いて背中を向けた。


「ああ、大丈夫だ。安心しろネフィア。それよりもエルミア嬢!!」


 エルミアが声に反応しこちらに顔を向ける。


「助太刀はいるか?」


「いいえ………………大丈夫ですから。目が覚めました」


「エルミア!!!!」


 自分は彼女に向かって叫ぶ。安心した結果、余は言わないといけないと思い声を張り上げる。


「お前が彼と何があったかは知らない!! でも、諦めろ‼ もう………意識はない。優しい王はもういないんだ!!」


 勇者の背後で声を出す。我ながら情けない姿をさらしていたが、今ここで叫ばずにはいられなかった。なんとなくわかる。彼女と彼の関係は愛人だ。ならば………終わらせてあげなければならない。


「…………そうね。吹っ切れたわ」


 エルミアが立ち上がる。剣を強く握って。


「マクシミリアン王。お覚悟を」


 両手で剣を構え直し、勢いよく彼に斬りかかった。今度はエルミアが攻勢に出る。激しい打ち合う音が部屋に響いた。激しく右へ、激しく左へ、前へ、前へ。力強く攻撃を続ける。あまりの速さに「強いな」と勇者は感想を述べた。


「あなたの剣は重い。王だからこそ背負っている!!」


 黒い騎士が少しずつ後ろへ下がる。


「でもね!!」


 防戦一方の黒い騎士の剣が左右に弾かれ出す。エルミアの剣の振る力がさらに強まる。


「私のあなたへの想いのが今は強い!!」


ガッキン!!!


 黒い騎士が大きく後ろへ大きく下がった。エルミアはそれに追いすがり剣を振り続ける。


「ずっと………ずっと…………忘れずに何年も!!」


 黒い騎士が弾かれた剣を力強く握り、振り降ろした。エルミアはそれに合わせ剣を振り上げる。力強く、足に力を入れ、切り上げる。騎士の剣が輝きの一閃を錆びた剣に当てた。


ギャギィイイイイイイイイン!!


 剣と剣が重なり、大きな音を立てて錆びた剣が砕け折れる。


「はぁあああああああ!!」


 そのままエルミアが剣を弾き、もう一度、一閃をおみまいする。騎士の鎧は深々と切り払われた。そのまま黒騎士が膝から崩れる。


ガシャン!!


 上半身と下半身に鎧が離れ中身がみえた。中は空洞だった。既に肉体は無く、その亡骸にエルミアがゆっくりと近付いた。


「マクシミリアンは滅びませんでした。安心してお眠りください………王」


 兜に剣を突き入れ、深く深く、ゆっくりと刺し込む。そして、そのままエルミアが動かなくなった。少し体が震えている。


「ネフィア。決着はついたから外へ出るぞ」


「う、うむ」


 勇者の後に余はついて行く。後ろを向くと、一人の少女が地面に手をついていた。嗚咽と大きな大きな涙と共に。


「………ネフィア。一人にするべきだ。何があったかは後で聞けるんだ」


「わかった………」


 「彼女の最後の強さは何だったのだろうか?」と心に疑問を残し、ゆっくりとそれが感覚で答えを得る。その強さに余は目を奪われていた。いつか、あのような強い人に成りたいと私は願うのだった。




 数分後。目が真っ赤なエルミアが玉座の間から出て来る。勇者はスケルトンを無効化したらしく帰りはそこまで危険を感じず。来た道を帰るだけで魔都を安全に脱出することが出来た。


 途中、同士討ちを行うスケルトンの一団の横を抜け。無言のまま魔都から離れた。そのまま少ししてエルミアが口を開く。


「何故、彼が優しい事を知ってたの? ネフィアちゃん」


「余は夢で見たんだ」


 夢の出来事を説明する。きっとあれはエルミアの記憶。きっと自分の血、夢魔が悪さをしている。勇者が顎に手をやり悩むそぶりをして話に加わる。


「夢はたしか記憶が元だったな」


「そうだ。余はそれを見たのだろうな」


「ネフィア。お前は………いや、なんでもない」


「勇者。はっきり言え」


 エルミアがはっとした顔をする。「やはりバレたか」と私は言葉を漏らす。


「いいのか? お前の種族の話だから」


 勇者、エルミアは心当たりがあるのだろう。なら、隠しても意味はない。


「ああ、そうだ夢魔だ。母がな、忌々しい夢魔。婬魔なぞの血が入っている。おぞましい」


 勇者が鼻を掻く。


「そっか。俺は気にしないけどな」


「私も気にしません。納得しました」


「………余は気にする」


 少し惨めになる。自分を高値で売った母親。売春婦だった母親。物語本で読む母親とは違う。


「大丈夫です。奴隷だった私より綺麗でしょ?」


「えっ?」


 勇者が驚いた声をあげた。自分は、知っていたけれど勇者は知らないことを思い出す。帰ったら全部教えて貰おう。勇者と共に、そうすれば勇者も納得するだろう。





 旅の途中、数人の騎士のお迎えに合流し屋敷に戻った。騎士たちは焦った声でエルミアに何度も無事かどうかを聞いている。


 騎士団にとって重要な人物なのがそれだけで伺える。独断で魔都に向かった事を知って追いかけて来たようだ。


 そして騎士団が慌てて追いかけるために使った馬を借り、そのまま駆けて深夜での帰宅。帰ったすぐに風呂場で汚れを落とし疲れからかすぐに眠りについた。


 疲れていたせいで、昼まで寝た後。起きたすぐにエルミアに寝室にお呼ばれする。


「ありがとう。報酬は明日1日使って用意させるわ」


「やった!! これで旅が出来る‼」


「…………もう一つの報酬は今からか」


「ええ、黙っててごめんなさい。魔都へ行きたかった理由ですね」


 エルミアが深呼吸をして昔話をする。


「私は元々ハイエルフの森の住人でした」


 知っている。ハイエルフはそこにしかいない。


「ですが、私は禁を犯した。外に遊びに行ったのです。遠くへ、遠くへと。そして、人間の商人に出会った。まだ人間が今より多く、魔物が少ない時代です」


 昔は魔物が弱かった。誰だって剣を持ち歩き回っていた時代らしい。だから戦争ばかりだった。


「その商人はすぐに私を捕らえ、色々調教を施しました。泣き叫べば殴られ。下半身はいつもいつも白い物で溢れてました。そんな日々に心を閉ざしていた私は売られていきます」


 勇者が複雑そうな顔をする。綺麗な話じゃない。だから、恐る恐る言葉を勇者が発する。


「………もしや、買ったのは」


「マクシミリアン王です。マクシミリアンの治める国は絶頂期であり帝国と同じく強大でした」


「しかし滅んだ。魔物によって」


「はい…………新種の強くなった魔物の群れが集まり。長い長い戦いの末に滅びました。最後の方は死霊術で死体も動かし、毒沼を作って魔物を突き落としたりと酷いものでした。最初は人間らしい戦いでしたが次第に死人だけの戦いになり。そして、魔物が逃げ去った後はただの生きた者のいない魔都になってしまった」


 エルミアが葡萄酒を口に含み。窓の外を見る。


「色んな人が死にました」


 彼女の横顔は疲れきった顔だった。自分達が思う以上に辛く険しかったのだろう。勇者が続きを促す。


「最後まで魔都に?」


「いいえ、途中私達は国を捨てました。魔物の包囲を突破し………帝国へ落ち延びました。ある者は魔物に、ある者は野盗に殺されていき、バラバラに散り。女子供は皆、体力を奪われ死んでいきました」


 自分達は淡々と話す彼女の悲惨な過去を黙って聞いている。想像を越えての悲惨な過去。


「ふふ、ごめんなさい。懐かしんでただけよ。悲しいけどね」


 クスクスとエルミアは笑う。重たい笑み。


「貴族は弱かったわ。恐怖で壊れて。マクシミリアン王にすがるだけ。滑稽だった。マクシミリアン王はね、本当は自分も逃げたかったのにね。マクシミリアン王を皆は知らなかった…………」


 エルミアが過去を話し出す。懐かしみながら幸せだった日を。





「エルミア………聞いてくれ」


「はい。なんでしょうか?」


「死ぬのが怖い。皆が俺に期待だけをする。怖い」


「私と一緒ですね王。思い出させてくれました。死ぬのが怖い事を」


「死んだ目をしてたからな」


「はい。でも王が目覚めさせてくれました」


「…………綺麗だったから。笑った方がいい」


「じゃぁ王も笑ってください。今日もベットの上で」


「ああ、お誘いか?」


「はい…………王は優しいです。私に出来ることはこれぐらいです」


「…………抱き締めてくれ」


「はい。王」





「エルミア…………最近魔物による被害が多い」


「そうなんですか? 私も戦います‼ 王に教えて貰った剣で‼」


「いいや、お前は戦わなくていい。一言、誉めてくれ」


「王はお強い。頑張ってください」


「ありがとう。勇気が出た………騎士の仕事は女子供を護ることだからな」





「エルミア………すまない。逃げるんだ」


「嫌です‼ 王様を捨ててなんて‼ まだ恩返しもなにもしてない!!」


「エルミア。生きろ………絶対生きるんだ」


「嫌です‼ 一緒に最後まで!!」


「…………いいや。ダメだ。お前にはやり残したことがある。血を絶やさぬことだ」


「血を? しかし、王の子を護れと言うことですか? 一人でも生き残れば………」


「いいや、違う。お前は自分だけで全力で生き抜けよ………そして、ありがとう。勇気をくれて。マクシミリアンは不屈だ」


「王………」


「名前は、アッシュがいいな」


「王? なんのお話ですか?」


「何でもない………絶対に死ぬな約束してくれ。俺のために」


「…………はい。約束します」





 エルミアが過去のマクシミリアン王の間にあった出来事を話し終える。少し目は潤んでいた。


「沢山、彼と思い出があった。今でも思い出すぐらいに私は愛してたと想う。一度も好きとも愛してるとも言ってなかったけどね」


「うぅううううううう」


 自分は号泣している。勇者が布を貸してくれてそれで涙を拭う。内容は悲愛だった。


「そして、彼は私に託した。宝物を」


 エルミアがお腹を擦り、懐かしむ。そして微笑えんだ。


「逃げた帝国で彼との子を奇跡的に産んだ。正室、側室の子は全滅して彼の子は私が産んだ子だけになった。売春婦に身を落としても育て上げたわ。そして、いつしかマクシミリアンの生き残りを纏めあげ。魔都の近くに国を興した。息子は軌道に乗った時。帝国の侵略戦争で亡くなったけどね」


 しかし、笑みは消えエルミアが目をつむる。


「皮肉ね。結局生き残ったのは奴隷の私。エルフは子供が産まれにくいのに彼だけが私を孕ませた。結果、繋ぎ止めた………あの魔物の襲撃が無ければ私の子は殺されていたのでしょうね。正室側室に。以上が昔話よ。なんで魔都へ行きたかった理由は簡単でしょ? 皆が止める理由も」


 自分は鼻をかむ。夢で見ている故に涙が止まらない。


「わかる。王に会いたかったんだ」


「ええそうね。『死んでもいいかな』て思ってた。でも、それよりも王を休ませなくちゃとも。魔都に彼がアンデットで動いていると聞いたときは悩んだわ」


「エルミア嬢………少し、二人っきりでいいか? ネフィアは廊下で待っていてくれ」


「勇者? なんだ?」


「少しだけ、話をしたい」


「トキヤ殿。私も聞きたいわ」


「むぅ。余を邪険に扱うか!! ズビビ」


「ネフィアちゃん。ごめんね………後でネフィアちゃんにも二人っきりで話をしに行くから」


「………わかった。余は自分の部屋へ戻る」


 自分はしぶしぶ部屋を後にした。

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