第2話・弱味


 鳥のさえずりが聞こえて意識がハッキリする。目の前が目を閉じていてもまぶしく感じる中でゆっくり瞼を開けた。暗闇から浮き上がるようなそんな感覚で体はどこも痛みはなかった。


「うん……ん?」


 木造の天井が見える。窓から日の光が降り注ぎ、太陽が、今の時間が朝だと知らせてくれた。部屋を見渡すと「机」「椅子」「箪笥」「大きな鏡」の質素な部屋であり、気絶する前の死闘を繰り広げた場所ではない事がわかる。


「死後の世界? いや違う。何故?」


 立ち上がり周りを見ながら、確認する。服を着ていない事よりもなぜか体が小さくなっている気がして落ち着かず。鏡の前へ進んで自身の姿を見たときに余に起きている出来事を理解することが出来た。


「えっ?」


 変に高い声。鏡を見た瞬間に驚くのは顔以外が別人だったからだ。頬を摘まみ。痛みがすると同時に鏡の中も同じ動きをする。夢ではなく目の前は余である。夢でないのにおかしな事が起こっていた。


 全裸で金髪の長い髪をおろし、綺麗な鋭い目つきに険しい表情。胸のあたりに大きな丸いできもの。細い腰、に驚くほど健康的な白い肌。全てじっくり、観察し答えを考える。どこからどう見ても答えは一つ。


「女じゃないか!! ちょっと待て、これは本当に余か!? 声も高い!?」


 自分の姿に体や手足が震え。心の底から恐怖を覚える。華奢な体付きでありながら、豊満な胸に蠱惑的な美しい少女なのだ。自分の忌々しい婬魔の血族を思い起こさせるほど、人型には魅力的だ。余が「うぐうぅ」と唸っていると木製の扉の開く音が聞こえ、そちらに顔を向ける。


「起きたか魔王。おはよう」


 宿敵。暗殺者の勇者が布の服を着た軽装、部屋着の状態で入ってきたのだ。もちろん、余は近付き。奴の胸倉を掴んで揺さぶる。「こいつのせいだ!!」と憤りながら。


「勇者貴様ぁあああ!! 何をしたぁあああああああ!!」


「魔王、落ち着け。あと、箪笥から服を出すから手を退かしてくれ。目のやり場に困る」


 勇者が両手を上げ敵意がないことを示す。


「落ち着いていられるか!! なぜ我は生きている!! 女になっている!! お前が何故ここにいるのだ!! ここは何処だ!! 男の体に戻せ!! 殺すぞ!!」


「あーあー、落ち着こうな? ゆっくり説明するから」


「ふざけるな!! 質問に応え……!!」


グイッ


 腰に手が回されたと同時に胸倉の手を強く払われた。勇者の顔が近づき。顔が触れてやわらかい感触に一瞬、時が止まった気がした。そして、何が起こったかを理解し、手を勇者に当てる。


ドンっ!!


 そのまま余は勇者を突き飛ばす。勇者は後ろにのけぞった後、何事もなかったように、箪笥を弄り出した。余は勇者を指を指し叫ぶ。


「お、お前!! な、何をしたかわわわかって!!」


「すまん、つい手が出た。手っ取り早く胸倉から手を退かしてほしかったし。ショック療法」


「同性愛者かお前は!! 汚らわしい!! くそ!! くそ!!」


 勇者が箪笥から折りたたまれた服を取り出し、近づいてくる。ビクッと私は反応する。初めてのキスで怯える。


「はい、服。本当にごめんな。そんな姿では落ち着けないだろうし、安物の服だが我慢してくれ」


「近づくな!!」


 こいつ怖い。


「じゃぁ。服を着て、落ち着くなら近づかないし、もうキスもしない」


「くっ!! 勇者、我に指図するな!!」


「近づこうか? もう一回か?」


「や、やめ!! やめろ……」


「ここに置いとくから。落ち着いたら下に降りて来てくれ」


 服を机に置き、部屋を出て行こうとして勇者は立ち止まる。


「場所だけは言っておこう。ここは帝国領だ」


「なに!? 帝国!!」


 勇者はそれだけを言い残し部屋から出た。帝国ドレットノートの情報を思い出す。人間の収める国の一つであり魔国の敵対国。そこに我がいる。そう敵のど真ん中に。


「落ち着こう………落ち着け我よ。先ずは服を着よう。それからでも………ん? これは……」


 服を広げて確認すると、女物の服だった。可愛らしいフリルがついているスカートだ。


「くっ……し、しかし。裸で走り回ってはただの変態だ」


 我は箪笥を開けるが同じ物しかなかった。諦めて仕方がなく服を着たあとに鏡を見るとよく似合っている。鏡の前で何度も目を閉じて開けてを繰り返し、夢ではないことを確認した。そして現実は自分はやはり女性であることに溜め息を吐く。


「うぐぅ」


 女装をしているようで気持ち悪い状態のまま部屋を出た。下着のつけ方もわからず……服だけである。パンツは履いた。上がわからない。


「スカートはなぜこうもスースーする!! まったく慣れそうにもない!!」


 廊下に出るとパンが焼けるいい匂いが鼻をくすぐる。匂いにつられ階段を降りると台所にテーブル、竈があり。勇者の背中が見てとれた。


 竈の構造も、台所も魔国と似ていて魔力で水を引き込みする水道。竈は魔晶石で火を起こす構造で簡単な物だ。


「魔王。ベーコンに玉子は食べられるか? 朝イチで買って来た物だから腐ってない筈だ」


 勇者は雰囲気で我の存在を感じ取ったのかこちらを見ずに調理をしながら声をかける。


「食べられる。魔王に好き嫌いはない!!」


「それは、よかった。テーブルで待っていてくれ」


 我は椅子に座りふんぞり返る。勇者が調理を終えたものを皿に移し目の前に置いてくれた。満月のような綺麗な黄色い丸の卵焼きに少し焦げたベーコンとパンだ。


「口に合うかわからないが、軍食よりうまいはずだ」


「お前、敵にご飯を………」


 待っていた我が言うのもあれだが……変な話だ。


「敵意はないから、敵じゃない。毒も入ってない。毒入れて殺すなら。寝込みを刺すだろ? 安心してくれ」


「……………」


グウウウウウ


「よかったよかった。じゃぁ食事後にいろいろ質問があるだろうから応えよう。わかる範囲で。食べきらなければ答えないがな」


「くぅ。仕方がない!! まだ安心してないからな!!」


 眠っていたからなのか。思った以上に空いていた。質問は食べてからにする。とにかく今はお腹に入れたい。毒とか気にせずに。そして……簡素ながら、すごく暖かくて、美味しかった。


「うむ。まぁまぁかな」


「魔王の口に合ってよかったよ」


「では、落ち着いたし。1つ1つ聞いていくぞ」


「どんとこい!!」


「何故!! 余は生きている!! 魔法を避けれなかっただろう!!」


 自分は先ず、あのときの決戦を思い出していた。確かに魔法で消滅させられる瞬間だったはずである。勇者は白い羽のような固形物を出して説明してくれる。


「なんだこれは?」


「壊れた古代のアーティファクト。もう、二度とあのような事はできない。何処かで同じ物を持っていないとな。効果は危険から強制退避。この家に逃げてきたんだよ、こいつを使ってな。国家予算級の品物だったが命より安い」


「そ、そうなのか………なるほど」


 何もわからないが助けて貰ったのはわかった。今さっきからの行動は敵に対するものではないし嘘は言ってないのだろう。すごい道具があるんだと結論づける。


「では次に何故、余を助けた。勇者よ」


「魔王、惚れた弱味ってあると思う。今のお前は綺麗だと思う。俺の中では1番だ」


「!?」


「キスに関しては我慢が足りなかった。今さっきの事は本当にすまないと思ってる。許してほしい。なんでもする」


 勇者が机に頭を下げ黒髪のてっぺんを見せつける。私はその行為と今さっき出会った相手に告白されると思わなかった事で驚いた。


「くっ、朝食や助けた事でチャラにしてやる!!」


 そして……許す。窮地から救った事やご飯の恩がある。大目に見てやることにした。ファーストキスは野郎とやった事は忘れようと思う。そうしてそのあとも余は勇者に質問をする。勇者は本当に何でも答えてくれた。


 そして……最後の質問。


「ふむ。じゃぁ次になんで我の体が女なのだ!!!」


「毒の効果だと思うぞ」


「くぅ、アイツ!! 側近め!!」


 拳をテーブルに勢いよく叩きつける。強く叩いた手が痛い。


「落ち着け。女で悪いことはない。好都合だ」


「好都合?」


「魔王は男。だれも女とは知らない。隠れるなら好都合なんだよ」


「隠れる? 我が? 今から魔王城に戻って奴を叩き斬る!! よくも裏切ったなと!!」


「やめとけ。今のお前じゃ無理だ、剣を振れない。そこに剣が転がっている。持ってみるといい」


「ふん………」


 立ち上がり、勇者が指を差す壁にかけている剣を掴んだ。自分が持っていた魔王の剣と同じ大剣の種類だ。剣先が魔剣より細く長いぐらいである。だが、剣はびくともしない。


「も、持ち上がらない!? お、おもい……」


「急激の性別変化で力が弱くなってるんだ。体が変わったから、大剣で今までの戦い方は出来ない。それでも魔王城に帰りたいか?」


「もちろんだ」


「わかった。ついてきてくれ」


 勇者が立ち上がり、手招きする。


「何処へ行く?」


「地下に武器がある。好きなのを選んでいい」


 勇者についていき。階段下にある床の開口部を開けた。そこからは梯子で降り、カビ臭い中を魔法のカンテラで地下を照らす。魔法で照らされた武器が写し出されたときに私はここが武器庫なのを理解した。何種類も武器が飾られており、宝の山だと感じる。


「勇者。これは全てお前のか?」


「そう。大剣は振れそうにないから好きな物を選んでくれ。そう悪くはない物ばかりな筈だ」


「ほう…………言葉に甘えて戴くとしよう」


 何故こうも準備がいいとか、何故武器を渡す事に不思議に思ったが。「好き」と言ったことを思い出し、考えないことにした。「恥ずかしいことを言いやがって!! 男からの告白はキモい!!」と心の中で毒づく。


「ん? これは。量産品じゃないか?」


 余は1本の気になるショートソードを掴み、鞘から抜く。刀身が少し小さく炎が揺らめき。量産品の装飾もない剣から魔力を感じビックリする。


「魔剣!?」


「少し違うが、火山で採れる火石を打ち込んだ剣だ。名鍛冶士の逸品だぞ」


「…………ふん。面白い剣だ。気に入った」


 火を治めて鞘に収める。あまり重い武器は持てないため片手剣がちょうどいい。それに……火が出るのがカッコいい。


「これをいただく。良いのだな?」


 勇者が頷き。「今さっきの御礼だ」と言う。この剣で切ってやろうかと思ったが………あんだけの名剣をくれたんだ。我慢する。


「それにしても、武器もくれる。お前は人間の敵だな。何故、我を助ける? 『好き』だけでは説明つかない。落ち着いて考えたがやはり、お前は異常なほどに我を助けている。それは王国の王に対して裏切りだろう? 本当の理由はなんだ?」


 勇者が腕を組み笑う。屈託なく、満面の笑みで。


「同じことを言った気がするが惚れた弱味って奴だって言ってるじゃないか。他にはない。本当に……それ以外がない」


「気色悪いことを。そっちの趣味はないぞ。少年婦でもないからな?」


「もちろん、冗談は言わない。本当にそうだからだ」


「……会ったばかりなのにか?」


「会ったばかりでも」


 勇者が真っ直ぐ眼を見つめる。勇者の目の奥に気圧され、1歩後ろに下がった。その瞳には嘘が写ってない。またキスされそうで怖い。


「はぁ………まぁよい。敵意よりマシだ」


「信頼は行動で示す。よろしく」


「ふん、精々余のために頑張るんだな」


 鞘に入った剣を眺めながら、側近の裏切りを思い出す。我は我の自由のために魔王の玉座に戻らなければならない。まだ、勇者が信用に値するかは追々考える事にして、目的のために利用するだけと割り切きった。


 一目惚れ等を恥ずかしげもなく言い放つ事を考えると、勇者から変人な匂いがするが余は信用するしかない。


 いや、初めて……信用してもいいかなと思った人だった。





 勇者に武器を貰った後。何故か下着の付け方を教てくれる。勇者が詳しいことを気にせずに黙って着替えてきた。あの勇者に関しては考えを改めよう。変人すぎる。


「我は男なのに………くっそ。邪魔な肉を押さえるためだ。大きいなぁくそ」


 一度服を脱ぎ、下着をつける。こうしないと動いて邪魔らしい。


「はぁ………なぜ、こんなことに」


 地位も何もかも失ってしまった。勇者は女の姿の方が動きやすいと言っていたが簡単に吹っ切れるものじゃない。慣れた体に戻りたい。


「弱い、勇者に頼るしかない自分が惨めだ……」


「魔王、着替えたか?」


 ドアを開けて入ってくる。


「か、勝手に入るな‼ ノックしろ‼」


 この体は恥ずかしい。


「すまない。これ、ローブ。お前は目立つから外に出るときは被って隠れる事だ」


「確かに魔族だからな」


 人型に近いと言っても、小さな所で人間と違う。悪魔の血を持ってるが頭の角などはまだ生えてきていないのが幸いである。


「帝国内でバレたら蜂の巣だな……確かに」


「そうそう、綺麗な女性はそれだけで目立つ。綺麗だぞ魔王ちゃん」


「やめんか!! 我を女扱いするでない!! 虫酸が走る」


「そんな小さいことはいいから。帝国内を紹介してあげよう」


「小さくない小さくないぞ!! 女ではない!! 男だ我は!!」


「今はどこから見ても女性の魔族」


「黙れ!! 知っている!! 言うな!! 惨めになる……うぐぅ」


「わかった。言わないが女扱いだけはするからな。これは譲らない。そうじゃないと協力しないぞ?」


「くぅ、足下見やがって!! 卑怯だぞ‼ 勇者の癖に」


「あ~勇者って言うのやめないか?」


「はん!! 勇者見習いの雑魚だったなお前は!! お前の名前なぞ、呼ばん!! おまえは『おまえ』だ‼ 勇者だ!! 名前なんて絶対呼んでやらん!! いや『下僕』だ!!」


「俺はどうしようか?」


「勝手に好きに呼んでろ。下僕」


 自分はそっぽ向いた。調子が狂うが、何故だろう、すごい今までの生活で一番安心している自分がいる。それはきっと……傀儡ではないからだろう。


「それじゃぁ。偽名でネフィアでいいかな?」


「はん!! 弱々しい女の名前なぞ、やめんか!!」


「好きに呼ばせてもらうから」


「好きにしろ!!」


 その日は罵るだけで終わった。罵っても罵っても、あいつは楽しそうに幸せそうに笑っているのだった。







 次の日の昼過ぎ。テーブルを挟みアイツと顔を見合わせる。今日はトースターという柔らかいパンがご飯だった。まったく堅くなくてビックリする。魔王でもいいご飯は貰ってなかった。


「これからはどうするつもりだ? ネフィア」


「もちろん。魔王城へ行き、裏切り者に復讐だ。傀儡ではなく本当に魔王になる」


「手伝おう。現にあの者の計画は破綻させたからな」


「破綻した?」


「毒でも盛って俺に倒させるか、自分で倒して両方殺し魔王の仇を名乗る予定だったんだろう。下克上だよ」


「そうなのか。さすが、我が側近。悔しいが優秀だな。ずっと裏で操ってた奴だし」


「褒めるな褒めるな。お前を殺しそうとした奴を」


「それも、そうだな。しかし、よく見破った」


「盗み聞きしてたからな」


「勇者とはほど遠いな。お前のそれ」


「よく、言われる」


 物語の勇者像が砕ける。カッコいい騎士のイメージだったが現実は違うようだ。わかっていたが……実物は知らなかった。


「まぁ………悲しいがそんな奴に危機に助けてもらったんだな………悲しいが」


 用意してもらった安物の紅茶を啜り。溜め息を吐く。物語の騎士に憧れがあったと言えばそうだ。


「ネフィア。目的は決まったが数ヶ月は様子を見よう。そうそう玉座は逃げやしない」


「何故だ?」


「弱体化してるだろ? それに資金もいる。情報も」


「ムカツクがお前の言う通り。なにもかも足りないな」


 余は無知である。そう、無知である。


「だから。稼ごう。鍛えよう。情報を集めよう。時間はある」


「あー癪だか郷に入っては郷に従え。仕方がない元魔王がその案に乗ってやろう」


「じゃぁ、長く生活するからここの設備を説明しとく。洗濯物はこの籠に………」


 勇者が部屋を案内し、説明してくれる。そして今日から隠れるような生活が始まった。だが余は監禁監視されていた日々よりも窮屈じゃないと思い……少しだけ喜んでたりするのだった。






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