進路面談

 進路面談で両親が学校に呼び出された。

 外国で働いていると言う両親と直接会うのは年に1度あるかどうかだ。

 ただネットを通じて会おうと思えばいつでも会えた。

 だから両親と離れて寂しいと感じる事はなかった。

 爺ちゃん、婆ちゃんがいたからだ。

 久しぶりに会った両親は相変わらず若かった。

 子供の頃から見てきたから自分では違和感がなかったが高校生くらいに見えると担任から指摘があった。

 確かにいつの間にか僕の方が年上に見えるようになっている。


加原かばら君、ふざけているのですか?」


 学級担任が露骨に不快な顔をした。

 だがその理由がわからない。


「御疑いは御最もです。

 童顔でよく年相応に見られない夫婦だって言われますからね」


 父さんの人当たりのいい笑顔。

 この人の笑顔はいつもどこか腹黒く感じてしまう。


「私もこの学校の卒業生なんですよ。

 卒業アルバムに写真があるはずですから御確認を。

 〇〇期、3年D組、学級担任の名前は…」


 学級担任が進路指導室を出て確認に向かう。



「それで武士たけと、あんた高校に進学しないでどうするつもりなの?」


 みやこ、母親のちょっと怒気を含んだ声。

 見た目はJK美少女だが中身は完全におばさんで小言しか言わない。


「進学しない。

 剣士として生きていく」


 その言葉に都は絶句している。

 普通の母親ならそうだろう。

 父さんは顔色一つ変えていない。

 むしろこう言い出すのを予想していたように見えた。

 最初から父さんを説得しなければ僕の夢は叶わない。

 父さんの説得だけに全力を注ぐ。


「2人が生活している場所にはダンジョンってのがあってそこでは剣1本で生きている人が大勢いるんでしょ?

 俺もそんな生き方をしたい」


 年を取るほど子供の頃の記憶は薄れていった。

 幼稚園入園前なのだからそれを覚えている人は少ないだろう。

 断片的に印象が強かった記憶があるだけだ。

 だけど間違いなく現代日本と違う場所で生活していた記憶が残っている。

 妖精・獣人、耳の長い人間は多分エルフという種族。

 子供の頃その事を口にした事で長い間ハブられる結果になったがあれは現実だ。

 またあそこで生きていきたい。

 だってあの頃を思い出すと心が優しい気持ちになる。

 爺ちゃん達に良くしてもらったけどこの世界はどこか俺の居場所じゃない気がする。

 単純に戻りたいんだ。


「普通に生きる方が楽だよ?」


 さらっと言ったように聞こえたがそうじゃない。

 明らかに重みのある言葉。

 この一言でこの人がどんな生き方をしてきたのかを理解した。

 そして心の深い場所から湧き上がる感情。

 これは…恐怖?

 逆らってはいけないという警告とこれに勝ちたいと言う感情。


「僕とミコさん…お母さんは高1の時クラス単位で異世界召喚に巻き込まれた。

 そこは現代日本の常識が通用しない世界だった。

 僕等はそこで生きる事を強制された」


 父さんが少しだけ遠い目をする。


「そこでやらされたのは戦争の片棒担ぎ。

 早い話が人殺しの強制。

 君の行きたいって言っている場所はそういうところだよ?」


 じっと僕の目を見る。

 心の奥底を覗かれているような不思議な感覚。

 モニター越しでは感じられなかった感覚だ。


「剣1本で生きていくなら人を殺す覚悟はあるんだよね?」


 直接心に響く問いかけ…だが即座に頷く。


「テレビの時代劇に憧れているのならやめておいたほうがいい。

 切られた人間は場面が切り替わったらいなくなっているなんて事はない。

 盛大に血を吹きだしながら血の海でのたうっている。

 こっちの命を奪おうと切りかかってきたのに返り討ちにあって恨み言を言いながら死んでいく」


 父さんの言葉に都が顔色を悪くしながら小さく頷く。

 多分そういった経験を2人はした事があるのだろう。


「まともな親ならば子供に人殺しをさせたいとは思わない。

 事情があって君を近くで育てられなかった事を僕らは悔やんでいる。

 出来れば僕らの願いを受け入れてこの日本で生きてもらえないだろうか?」


 その言葉に心が少しだけ動いた。

 だが意思を曲げるわけにはいかない。


「父さんのいる異世界には『魔王』がいるんだよね?」


 その言葉に2人が反応する。


英雄えいゆう先生は『勇者』として『魔王』に挑んで負けてこの世界に送り返された。

 俺はその意思を継いで魔王を倒す!」


 明確な目標。

 ただ剣士として生きるのではなく、将来は魔王を倒す。


「…アンタ、正気?」


 都が顔に手を当て呟く。


「魔王が世界征服をしようとしているんだよね?

 だったら絶対阻止しないと駄目じゃん?」


「魔王がどんなやつか知っているのかい?」


 父さんがなぜかわくわく顔で聞いてくる。

 魔王を倒そうという目標を持っていると知っての事だろう。

 爺ちゃん同様重度のゲーマーだという話だ。

 魔王を倒すRPGっていうのはいつの時代も王道だってのくらいはゲームをしない自分でさえ知っている。


「知らない。

 でも英雄先生が『魔王は剣の攻撃が弱点』って言っていた。

 魔王は剣を極めれば絶対に倒せる!」


 父さんのキラキラ顔と都の絶望に満ちた表情。

 そういえば英雄先生に魔王についての情報はあまり聞かなかったように思う。

 異世界に行ってから調べればいいからだ。

 それに魔王と直接に対決した英雄先生のアドバイスなのだから間違いはないはず。


「英雄先生って名前が何度か出ているけど…まさか?」


黒澤くろざわだよ。

 武士の剣道の先生は同級生だった黒澤英雄くろざわひでお


 2人には英雄先生の事を離さないように厳命されていた。

 話すと手心を加えて欲しいと言われる可能性があるからだと聞いている。

 英雄先生の厳しい指導のおかげで中学剣道大会個人戦男子3連覇の偉業を達成した。

 過去に同県の女子に続き2人目らしい。


「あの糞野郎…やってくれたわね」


「ちょっと!人の恩師を悪く言うのはやめてよ」


 その言葉になぜか都がキレた。


「ハジメ!アンタ知ってたら止めなさいよ!?」


 都が父さんの首を絞めながら叫ぶ。

 いい年をして仲の良い夫婦だ。

 見た目が高校生だからバカップルにしか見えない。


「…魔王を倒すのは簡単じゃないと思うよ?

 それでも君はやるのかい?」


「そのために毎日筋トレしてきた!」


 上着を脱ぎ力こぶを見せる。

 若いうちは成長途中なので負荷の大きい筋トレは避けるようにと言われている。

 だけど爺ちゃんの指導の下で食事管理を意識しつつ筋肉量を増やし続けていた。

 幸いにも自分は母親似で体格に恵まれ、しかも成長が早かった。

 中3ですでに体が出来上がっている。

 英雄先生と爺ちゃんの『筋肉は裏切らない』という教えをしっかり守った結果だと思う。


「脳筋馬鹿に成長してしまったのね…」


「若い頃のミコさんにそっくりだね」


 都の往復ビンタが父さんに炸裂する。

 バカップルは放置しておく。



 しばらくして学級担任が当時の卒業アルバムを持って戻って来た。

 父さんと見比べて『まったく変わっていませんね』と謝罪した。

 実際嘘のように変わっていなかった。

 ただ写真の父さんはまだ子供っぽさを残した雰囲気があった。

 それに比べ実物の父さんは見た目こそ同じだけれど老人のような落ち着きを感じる。


「卒業後は外国で私の仕事を手伝わせます」


 その一言に学級担任が笑顔を作りながらも反論する。

 中学剣道大会個人3連覇の実績を買われ、スポーツ特待生の話が県外の学校を含め多くきているという事だった。

 都も両親の母校である西高に進学して欲しいとそれとなく学級担任の肩を持った。

 だけど学級担任の不用意な質問がそれにピリオドを打つ。


「…失礼ですがお父様の仕事というのは?」


「日本では名前を聞いた事がないでしょうが総合商社の代表です。

 従業員は10万人以上ですね」


 その言葉に学級担任は絶句する。

 僕自身父親の職業を知らなかった。


「…ですがやはり日本の高校・大学を卒業しない事には将来不安が残ります」


 学級担任の意見は最もだ。

 だけれど常識論で、僕にはそれが苦痛だ。

 常に常識、常識と言われ続けられ異世界で暮らしていたという事実を否定され続けた。

 だから自分はこの世界が好きになれない。

 そんな気持ちを理解したのか父さんが優しく言葉を紡ぐ。


「私自身は高校中退でしたから母校である西高を卒業して欲しかったです。

 ですがこの子にはこの環境が窮屈なようですね。

 本人の希望通り別の場所で研鑽を積ませるのがいいでしょう」


「しかし!」


 学級担任の言葉を父さんの手が遮る。

 すぐに父さんの携帯が鳴りだす。


「…はい、お手数をおかけします」


 簡単な挨拶のあとそのまま携帯を学級担任に渡す。


「…私にですか?

 どなたでしょう?」


「日本で一番偉い人ですね」


 胡散臭そうな顔をする学級担任は電話に出るとみるみる顔色が悪くなる。

 こんなに短時間で顔色が悪くなるなんてありえない。


「…内閣総理大臣」


 学級担任の呆然とした一言。


「何と言っていました?」


「貴方を怒らせるな…と」


「…では息子の進路相談はお開きという事で。

 驚かせたお詫びに学校に贈物をしていきますね。

 我が母校も老朽化が激しいですね…建て替えられるように働きかけましょう」


 そう言って学級担任と2人部屋の外へ出ていった。



「武士、久しぶりに会ったから夕飯を一緒しよう。

 何食べたい?」


 鞄をとって戻ってくると校長と教頭がしきりに頭を下げていた。

 ついでに玄関まで見送りに出てくるというありえないビップ対応。


「ってか父さんって何者?」


「ん-、宇宙の帝王?」


 冗談で誤魔化される。


「ほら、何を食べる?」


「じゃあ、『満腹亭』で大盛炒飯。

 通常の5倍くらいの盛りなんだよね」


 満腹亭は中華系の大衆食堂。

 英雄先生に何度か連れて行ってもらった事のあるここいら男飯最強のドカ飯屋だ。


「よりにもよって愛華の実家とか…勘弁して」


 父さんが泣きそうな顔をする。


「アンタ、宇宙の帝王を困らせるとか最強だわ」


 都が呆れているが意味不明。

 もしかして愛華って昔の彼女?


 満腹亭の親父さんとやたらヘコヘコする自称『宇宙の帝王』の父さん。

 さっきまでの威厳がまるでない。

 漏れ聞こえてくる内容は『ウチにも男子を頼む』とか『たまには里帰りして親孝行させろ』とか意味不明。

 ゲッソリした顔で席に着く父さん。


「僕はあまり量が食えないから2人の奮闘に期待する」


 注文以上の品数と量が運ばれて父さんが苦笑している。

 自分的には食い切れそう…多分動けなくなるけど。

 そう考えてひたすら食べていたら最後の記憶がない。

 酔い潰れたならぬ食い潰れた??

 初めての経験だったが事実だ。

 いつの間にか自宅に戻っていた。

 ちょうど夜のニュースが流れていて、国会中に総理が一時席を離れ携帯に出ていたという疑惑で紛糾したというものだった。

 学級担任の携帯の相手は本当に総理?

 …そんなはずがないだろう。

 なんとなく記憶がなくなる前の父さんの言葉を思い出す。


「ある人にとっては正義でも別の立場から見れば悪っていうのが当たり前。

 それを否定する【勇者】なんて因果な天啓職を引き当てた君を哀れに思うよ…」


 …どういう意味だろう?



 進路面談の数日後に校舎の建て替えが全校生徒に発表された。

 匿名の人物が気前よく寄付してくれたという話だ。

 ネットで調べたところ総工事費10憶とか20億とかするレベルらしい。

 まだ雪深い1月なので実際の建設は先。

 近隣住民への説明会の実施もあるが国が全面的にバックアップしてくれるという。

 南高校のように西高と中高一貫校にする案もでているとか。

 父さんって何者?

 だけど自分にとってそれは些細な事だ。

 中学卒業まで約3ヶ月、異世界に行くまでに可能な限り筋肉を大きくする事だけに集中。

 マッスルビルドアップに全集中!



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 脳筋馬鹿な2人の息子。

 作者もひたすら筋肉を大きくする事だけを考えていた時期がありました。

 もう見る影もないですが…。


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