メンテ中…。

玄武堂 孝

加原 武士の物語

英雄先生

 僕は俗に言う『ぼっち』だ。

 無邪気な幼稚園児だった頃の何気ない一言が理由で学校ではまともな友達が出来なかった。


「妖精を見た事があるよ」


 自分にとって妖精なんて周囲を飛び回っているありふれた存在だった。

 だけど幼稚園のみんなは僕を『嘘吐き』呼ばわりした。

 両親と暮らしていた場所では確かに妖精が飛び回っていた。

 エルフのお姉さん達からちやほやされた。

 将来は結婚しようなんてお誘いは数知れず。

 獣人のお姉さんから顔をペロペロされた。

 舌がざらざらしていたのはいまだに忘れられない。

 子供だったので理由はわからないがその後僕は父方の祖父の元に預けられた。

 僕にとっては日常の事をただ語っただけなのに嘘吐きってひどい。

 子供の頃の『空想の友達』は成長すれば自然と消えると幼稚園の先生が爺ちゃんに言った。


「アンタらは常識の中でしか生きられないんだろうよ。

 でもこの子は常識の外で生きる事が出来る。

 いや、常識の外でこそ輝ける!」


 その日から僕は幼稚園に行かなくてよくなった。

 憂鬱な幼稚園に行かなくなった代わりに僕は母方の曽祖父の道場で日々を過ごす事になる。

 100歳を超えているにも関わらず背筋がしゃんとした曽祖父に鍛えられて育った。

 そこに爺ちゃんが仕事の合間に加わって鍛えられた。

 小学校に入ると幼稚園で一緒だったヤツが僕を馬鹿にしようと群がったがそのすべてを叩きのめした。

 僕自身から手を出したことはない。

 ただ虫が寄って来たので払いのけた程度だった。

 祖母が教育委員会のお偉いさんだった事もあり担任教師は『喧嘩両成敗』という玉虫色の決着で終了。

 次第に僕に直接ちょっかいを出してくる同級生は減っていった。

 だけど陰で『電波』という仇名が付けられ『ぼっち』が加速した。

 でも僕には曽祖父や爺ちゃんがいたから特に気にもしなかった。

 ただ強くなりたいという気持ちだけが心の中で大きくなっていった。


 学年が進むにつれ僕は自分が見た妖精は本物だったのかという疑問を感じるようになった。

 周囲の言う通り祖父母のところで暮らすようになってからは妖精を見た事はない。

 ぼっちをこじらせた僕は『空想の友達』を生み出してしまっていたのかもしれないと考え始めていた。

 別れてから両親とはほとんど会っていない。

 会った時に妖精の事について質問すると困った顔をしていた。


 …ああ、そういう事なんだ。


 海外で忙しく仕事をしている両親を困らせてしまった。

 妖精なんていない。

 同年代よりは大人の思考が出来た僕はこれ以上周囲を困らせる言動は慎むべきだと理解した。

 英雄えいゆう先生に出会うまでは。



「俺は妖精を見た事があるぞ」


 名前は知っていたが直接声をかけられたのは初めてだった。

 剣道部の顧問をしている先生。

 僕らが柔道の練習をしている横でいつも大きな声を上げている。

 熱血教師と言われる昭和に絶滅した人種だ。

 1人祖父の迎えの車を待っていたタイミング。

 まるでこの時を待っていたようで少し気持ち悪かったのを覚えている。


「俺は高1の時にこことは違う異世界に召喚された。

 そこで勇者をやっていた」


 笑顔で話す剣道部顧問。

 僕にこんな感じで話しかけてくる教師は何人かいた。

 でも最終的に『妖精なんていない』って言うんだ。

 もう騙されない。


「ゲームの話ですよね?

 僕はゲームしないし漫画やアニメって嫌いだから見ません」


 僕をからかう相手の定型文は『ゲームやり過ぎ』と『漫画・アニメの見過ぎ』だ。

 だから意識してそういった行動をしないようにしている。

 爺ちゃんがヲタクでお勧めの漫画なんかを差し入れてくれるが付き合いで流し読みする程度。

 クリスマスプレゼントにゲーム機を贈ってくれたが開きもしなかった。

 仕方なしに爺ちゃんが1人プレイを始めると婆ちゃんが『孫のおもちゃをとるな!』と剣かを始める始末。

 結果として同級生のゲームの話題には加われないのでぼっちがさらに加速してしまう。

 悪循環と言えば悪循環だ。


「ヲタク加原かばらの息子じゃないみたいだな。

 一橋に似たんだろうな」


 トクンと胸が鳴った。

 海外で仕事をしている父親が子供の頃は重度のヲタクだったと知っている人はいない。

 そして母親の旧姓を知っている。


「両親を知っているんですか?」


「ああ、俺達は高1の時にクラス単位で異世界召喚されたからな。

 結局そのまま多くのクラスメイトが異世界に残った。

 お前の両親もそうだ」


「…嘘だ。

 両親は海外で仕事をしているって…」


 喉が渇く。

 そんな事を信じられるほど子供じゃない。


「さすがに異世界とは言えないだろ?

 嘘も方便ってやつだ」


「クラス単位で異世界に行ったらテレビや新聞が大騒ぎになる…はず」


「ああ、それな。

 俺らがこの世界から消えたときは大騒ぎだったらしいけどよ…戻ってきたら平常運転になった。

 当時の新聞を見たけどそのことが書かれているものを見せても驚かねえ。

 不思議な事にな」


 その言葉のあと少し離れた場所にあった鞄からタブレットを持ってきた。

 指を走らせとあるネット情報を僕に見せる。


「信じられないなら自宅のネット環境から接続してみるんだな」


 僕は疑いの目でその記事の内容を読んだ。

 平成最後の4月、地元の高校1年生がクラス単位で失踪した事件。

 学級担任と生徒40名。

 そして無残にも下半身だけの死体が一つ。

 マスコミは連日この事件を取り上げた。

 当初新聞ではクラスの名簿は公開されていなかったが週刊誌がリークする。

 顔写真と名前を確認する。

 一橋 みやこ…母親の旧姓と最近会ったときとなんら変わっていない風貌。

 加原かばら はじめ…父親も今と全く変わっていない。

 黒澤くろざわ英雄ひでお…目の前にいる剣道部顧問だけが年齢の経過とともに過去の事件だと感じさせた。


「この人たちって…」


「ああ、想像通りだ。

 異世界で神に教えを受けて記録を伸ばしてオリンピックで金メダルをとったな」


 地元の英雄だ。

 高校入学と同時に記録をありえないほど伸ばした。

 当時はドーピングを疑われたらしいが3大会連続金メダルを獲得した3人。

 互いが切磋琢磨した結果だと最近は美談としても語られる。

 揃って国民栄誉賞をもらった。


「そして俺達が帰還した日を境に世間はぷっつりとこの話題に触れなくなった」


 剣道部顧問がタブレット上の指を走らせる。

 その日の前日までは追うのも難しい量の情報がヒットするのに帰還した日を境に全く情報はなくなっている。

 おかしい。

 ありえない。


「これはあくまでも想像だが。

 …聞く気はあるか?」


「…はい」


 僕が頷くと剣道部顧問がニイと笑う。

 不敵に。

 その顔には少しだけ悪意も感じとれた。


「これは魔法だ。

 そしてこの魔法を使ったのは多分魔王」


「魔王?」


「そうだ。

 俺は勇者として魔王に戦いを挑んだが破れた。

 再度戦いを挑みたいがあの世界に戻る事は出来ないみたいだ」


「…どうして?」


「さあな…『呪い』かもな」


 剣道部顧問はふっと寂しげに笑った。


「だが勇者である以上魔王を倒すのは諦めちゃいねえ。

 加原の息子!お前が俺の意思を継いで魔王を倒せ!!」


 その言葉と同時に手に持った竹刀が光始める。


「この世界は魔素が少ない。

 MP回復には時間がかかるから何度も見せてやれない

 ……【稲妻切り】!!」


 その言葉と同時に振り下ろされた面が何もない空間を…切った。

 ブン!という音と共に風が走る。

 間違いなく人間の、いや現実の剣技ではない。


「俺の指導を受けて魔王を倒して欲しい」


 僕はこの人の教えを受けたい。

 そしていつか魔王を倒す事を心に誓った。

 これが僕と英雄先生の出会いだ。



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 次作の主人公は魔王を倒す事を目指す脳筋剣士。

 エロ抑え目で全年齢対象を意識した内容を心掛けます。

 …心掛けたいなぁ。


【 閲覧ありがとうございました 】

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