道草
「このへんには、お茶屋さんがたくさんあるの。時間があるときに来てみるといいわ。みなさん、タエ子先生のことはよくご存じだから、サービスしてもらえるかもよ」
「じゃあ、またつれて行ってください!」
「山田さんは決めるのおそいから、いや」
「ええー、そんなこと言わないでくださいよお」
上を向いて、やっちゃんの文句をかわす。見事なくもり空。もう少ししたら雪が舞いはじまるかもしれない。
わたしたちは駅に背を向け歩きだす。都会的なふんいきがうすれて、住宅街にさしかかる。
先生のお宅までは歩いて十五分ほど。お稽古にはなんとか間に合いそうなので、すこしだけ、あるく速度をゆるめる。
とちゅうに、公園があった。
「ちょっと寄り道しない?」
「はい」
つめたいベンチにこしかける。わたしは手ぬぐいを敷いたが、やっちゃんはそのままドスンと座った。
公園のすみっこには大きな桜の木。まだつぼみすらつけていない。もちろん葉っぱもはえていない。枝だけの、なんともさみしい姿をしている。
「これ、あげるわ」
さっき買ったお菓子をわたす。透明な砂糖菓子で、クリスマスツリー、雪だるまやサンタさんの形をしている。
「うわー、いいんですか! ありがとうございます!」
さっそくガサガサと開けて、ひとつ、放りこむ。
「かわいー、おいしいー」
ほっぺたに手をあてて、お菓子を楽しむやっちゃん。
「ねえ、山田さんはなんでお茶をしようと思ったの?」
「お茶会のときに言ったじゃないですか。釜の音がよかったからです。あ、あと、さっちゃん先輩のお点前がすばらしかったってのもあります」
「お世辞をどうもありがとう」
「おせじじゃないですってば」
やっちゃんはふてくされながら、もうひとつお菓子を放りこむ。この調子だと、すぐになくなりそうだ。
「山田さんのご家族のかたは、茶道するの?」
「してないです。友達にもいません。このまえ、学校で茶道をはじめたって言ったら、クラス中に笑われました。『やっちゃんには似合わない』って」
「そうね」
「もー、さっちゃん先輩までひどい」
みっつめのお菓子が、やっちゃんの口の中に消えた。
「かあさんにも反対されましたが、なんとか説得しました。かあさんは茶道のことが嫌いらしくて」
この世に茶道が嫌いな人がいるだなんて!
わたしは衝撃を受けた。
茶道は、大好きな人か、まったく知らない無関心の人。そのどちらかだけだと思っていた。
「それなのに、茶道やるの?」
「だめですか? わたしは茶道すきですよ」
「だめじゃない。むしろ、茶道をはじめる人が増えるのはうれしい。けど……」
「けど、なんですか?」
「いきなり、お茶会でお点前をしたいって言いだすのは、どうかと思う」
「すみません……。先生からお聞きしました。さっちゃん先輩はあそこでお点前をするのが夢で、そのためにずっとがんばってこられたって」
そう。一華庵でお点前をすることを目標にしたのは、ちっちゃい時だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます