脅威

「すばらしかったわ」

 ポンと肩をたたかれて、われにかえった。気づけば、わたしは茶室のまんなかに立っていた。お茶室には、中井さんと先生と、女の子だけがいた。

「あ……、ありがとうございます」

 しまった。やってしまった。

 お点前の記憶がない。どこをどうやったのか、思い出せない。こんなことは初めてだ。

 やらかしたのではないかと、顔を青くするわたしに、先生はくすくすと笑う。

「あの、お客さんは」

「もうみなさん帰りましたよ。拝見が終わって、お見送りしたばかりじゃない」

 おぼえていない。

「もー、蓋置を持って固まっちゃったときには、どうしようかとヒヤヒヤしましたよ。だけど、そのあとケロッとやってのけちゃうんだから。おどかさないでくださいな」

 中井さんのお小言がはじめる。

「だけど、総礼をしたあとのさっちゃんは、完璧だったじゃない。正客に座られていた小堺先生一同、みな感心していましたよ。中学生であそこまでできるだなんて、って」

 先生はうれしそうに、わたしの肩をたたく。女の子も、しきりにうなずいている。

「あの、この子だれですか?」

「紹介がおくれたわね。うちの近所に住んでいる子。おもしろいのよ。茶道を見たことがないっていうから、ご招待したの」

 女の子はなにか言いたそうに先生を見たが、背中を押されて、ずいと前にすすみでた。そのまま、わたしの両手を手に取った。

「楽しかったです! すごかったです! 感動しました!」

 近くでみると、よけいに瞳の奥がキラキラしていた。大きな声が、頭にキンキンひびく。

「茶道が、こんなにステキだとは思いませんでした! 正座はちょっぴりつらかったけど、おかし食べて、お茶をのむだけじゃないんだなって!」

「どこがいちばんいいと思った?」

「釜の音!」

 先生と、中井さんは、まあ、と口をほころばせた。一方のわたしは、体をかたくした。気のせいじゃなかった。

「最初、お庭にネコちゃんがいるのかと思ったんです。だけど、ちがって。釜の音だったんですね」

 この子は、わたしとおんなじ気持ちだった。ごちそうを聞いていた。

 ちがう点を挙げるとしたら、お釜の音を鳥にかんちがいしたか、猫にかんちがいしたかだ。


「わたしも、ここでお茶してみたいです」


 女の子が指さすのは、わたしがさっきまでいた点前座。顔がますますこわばった。

そこは、今年も来年も再来年も、わたしが座るはずの場所。

「来年、ここでお点前させてください」

 女の子は、大きな声で、そう言った。






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