第4話 天下猿


 アサギリ城の城下町から逃げ出すアヅチとヒデヨシ。一応、結果はヒデヨシの介入で引き分けだ。偽とはいえ神機を出してはミツヒデも退かざるを得ない。

 ここは手打ちだ。しかし、町には瘴気が蔓延する。この時点でノブナガの目的は半分、果たされた。


闇出時やみいずるとき、か、言い得て妙かもなサイカク」

「なにか言ったか風来坊のダンナ?」

「いや、なんでもないさ」


 アヅチに降り立つ素戔嗚スサノオ。ヒデヨシが操り箱から降り立つ。


「主様ァ! ご無事で何よりィ!」

「ええい鬱陶しい猿!」

「ああ! その呼び名も懐かしい!」


 こいつは昔からこういう奴だった、とノブナガは嘆息する。


「お前どうして此処に?」

「勿論! 主様のあるところ我在り!」

「頼もしいじゃないですか旦那様」

「こいつも天下人だぞ? いつか討たなきゃいけねぇ相手だ」

「主様に討たれるなら本望!」


 ヒデヨシは今にも腹を斬らんとばかりの態度だ。だが――

 その顔には不敵な笑みが張り付いていた。


「だが、その前に確かめたい事があります!」

「なんだよ」

「一本手合わせ願いたい!」

「はぁ!?」


 ヒデヨシはそこまで武人気質な者でもなかったはずだ。それが何故? ノブナガは疑問に思わずにはいられない。首を傾げながら風来坊は尋ねる。


「なんでまた」

「本当にあの『ノブナガ様』なのか確かめたく!」

「それはまた――」


 いや道理は通っている。通り過ぎていて不気味なくらいだ。しかしヒデヨシという男はこういう快活な男だった。ノブナガはそう記憶している。天下を三つに分けてもなおその性格は変わらないらしい。


「だがな、俺の倶利伽羅はさっきの天照との戦闘で機構が歪んじまった」


 それもまた事実、これでは万全な戦闘など出来ないだろう。低く唸るヒデヨシ、どうやら考えを巡らせているらしい。


「では一時、我が軍門に下っていただくというのは?」

「それは出来ぬ」

「なにゆえ?」

「この身は『風来坊』。そういう呪いなのだ」

「呪い?」

現人神あらひとがみにかけられた呪いだ」

「現人神と来ましたか!」


 膝を叩くヒデヨシ。ノブナガは呆れたように頬杖を突く。アヅチの甲板に座り込みながら二人は語り合う。


「そもそも猿。お前がなぜ天下人なのだ」

「それこそ貴方様のおかげ! ノブナガ様の威光あればこそ!」

「虎の威を借りる狐ならぬ猿か」

「ノブナガ様は龍なれば!」

「どっちでもいいわ」


 そこにキチョウが現れる。ヒデヨシは幽霊でも見るような顔になって。


「キチョウ様までおいでで! ははぁ……これはいよいよ天地がひっくり返りますな!」

「そんな褒めてもなにも出ませんよ? あ、お茶いかが?」

「今のどこが誉め言葉に聞こえたんじゃお前」


 ヒデヨシは出されたお茶をすすりながら、考え事をする。


「ではちょっとした騙し絵を描きましょう」

「騙し絵?」

「目指すところが偶然同じな軍がある。偶然同じ目的の軍がある。だが決して協力しているわけではない。という筋書きですな」

「それで現人神を騙そうと?」

「如何にも」


 しばし考え込むノブナガ、ヒデヨシはお茶のおかわりをキチョウに求めていた。そして。


「戦況を聞こうか」

「私の頓智に乗る気で?」

「一か八かの賭けは嫌いじゃない」

「ですな! それでこそノブナガ様! ではまず私の狙いがイエヤスである事をお伝えしましょう」

「なに? ミツヒデではなくてか?」

「左様です、この時代変転の世。その影響の中心にいるのはあの男、ミツヒデでございます。私の素戔嗚も天照には敵わない。だからこそまず、天照と対になる月読を保有するイエヤスを討ち取るのです」


 眉間に皺を寄せるノブナガ、道理は通っているが納得は出来ないという顔だ。ヒデヨシは呵々大笑しながら続ける。


「イエヤスはミツヒデの天下の裏で『ヒノモト縦断列車ムサシ』を抱え牛耳っております」

「待て待て。なんだその……列車? とは」

「ノブナガ様の死後、すぐに建設が始まった超巨大神聖『ヤマタノオロチ』の死骸で作られた移動要塞にございます」

「ヤマタノオロチはお前が殺したはずでは」

「さもありなん。しかし。そうはならなかったのでございます。まさしく時代変転の呪いのままに」

「そこまで狂ったかこの世は」


 時代変転の呪い、ミツヒデの三日天下が未来永劫続き、セキガハラも起こらない末世。打ち止めの世。現人神はそれを恐れて風来坊をけしかけた。という事なのだろう。しかし目下の敵が移動要塞とは。早速、飛行戦艦を手に入れたというのに幸先が悪い。アサギリ城を目前にして別の標的に変えなければならないとは。


「サイカク!」

「はいよ~」

「進路変更だ!」

「どこへ~?」

「ヒノモト縦断列車ムサシ!」

「あいよ~」


 気の抜けた返事で答えるサイカク、ふふっと柔らかに笑うキチョウ。ヒデヨシも勢いよく立ち上がる。


「では私めも、自軍の準備を致しますれば、ご武運は祈りませぬぞ、呪われてはたまりませんでな」

「応、そうせい」

「では、生きていればまた会う事もありましょうよ!」


 ヒデヨシはさっと素戔嗚・偽に乗り込み、アヅチから飛び降りる。


「さてさて蛇の腹の中で何が起こるのやら、サイカク! 倶利伽羅の修理は出来るか?」

「操舵しながら倶利伽羅の修理もですかい!? こりゃあ大仕事だぁ」


 口ではそう言ってはいるが態度は気楽だ。あれなら任せられるだろう、なにせ一人で戦艦を作った男だ。信用に値する。

 進むはヒノモト縦断列車ムサシ。

 その最初の駅、サツマへと。

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