甘酒
壮史が凛香に手渡した栞は中央の紙だけ色を変えて、他の四人にも世話になっている礼として贈られていた。
珊瑚には青を。
梨響には黄を。
神路には赤を。
ジイには紫を。
「律儀な子どもだなあ」
「本当に」
庭の縁台で温かい甘酒を飲んでいた梨響は、にやりと笑って栞を上ジャージの内ポケットに戻してのち、隣でふわふわと浮いている立花を見上げた。
「珍しいな。喜朗と一緒じゃないのか?」
「成仏しちゃったかしら?」
首を小さく傾げる立花に、梨響は一抹の寂しさを覚えながらも否定はしなかった。
本来霊とは、あやふやな存在だ。
生前の記憶などほぼないに等しいものがほとんど。
記憶を持っていたとしても、強固な意志で留めて置かなければ、すぐに霧散してしまう。
死後、現世で漂っている間に見聞きして得た情報も同様に。
自分自身で向かうか、誰かが迎えに来るまで、なにも得ることもなく、得たとしても留めることもなく、留められたとしてもすぐに消えて、ただただ漂い続ける存在。
喜朗と立花は例外中も例外だ。
生前も、そして死後も記憶をもぎ取り、せっせと留め続けている。
だが、いつまでも現世に漂い続けるわけにはいかないのだ。
「まあ、成仏したとしても、呼び寄せてもらえば戻ってこられるしねえ」
おっとりと告げる立花に、苦笑いしか出てこない。
冗談でもなんでもなく難なく帰ってきそうだからだ。
「呼び寄せるって名前を呼べばいいのか?」
「そう」
「そしたらおまえ、いつまで経ってもこの世に生まれてこないぞ」
「あらやだ。あなた、生きている間私を呼ぶつもり?」
「そうしちゃうかも」
梨響が可愛く首を傾げれば、立花はからからと笑い始めた。
「やーよ。あなたたちをずっと見守っていたら、地球が終わっちゃうわ。私、もう一回くらいは地球で生きたいから」
「ちえー。じゃあ、凛香と珊瑚が死ぬまでか?」
「そうねえ」
立花は片頬に手を添えて、上瞼を少しだけ、落とした。
「そうね。そこまで欲張っちゃおうかしら。そして、私が迎えに行こうかな」
「びっくり仰天だな。あいつら腰を抜かすぞ」
「うーん。どうかしら。喜んでくれると思うけど。凛香は特に大泣きしながら。ああ、でも。珊瑚は少し怒るかも。あの子。見送る人だから」
「心配か?」
立花はカッと上瞼を限界まで押し上げて、梨響に詰め寄った。
「それはもう心配よ。珊瑚も凛香も。どれだけ頼もしくたって、心配は尽きない。寄り添ってくれる相手がいてくれたらなーって、心底思っちゃう」
梨響はにやにやと笑いながら、甘酒を飲んだ。
生姜なしで口の中が甘ったるくなるも、喉は焼けこげることなく米の仄かな甘みがすんなり通る、メリハリのある甘酒である。
「もちろん、あなたと神路も心配しているわよ。すっごく」
「わーすっごくありがたーい」
「棒読みだし」
「いや、まじで感謝してる。立花と喜朗にも。珊瑚と凛香にも」
梨響は常緑樹と落葉樹が半々に、けれど無作法に植えられている庭へ、ざっと視線を泳がせてから、無邪気に笑った。
立花も優しく微笑んで、やおら目を瞑り、少しだけ厳しい表情になった。
嫌な予感を隠して、大事にしたくなかったから。
梨響も敏感に感じ取って、持っていた湯呑を縁台に置き真顔で立花を注視した。
立花は小さく、少し硬めの息を吐き、やおら口を開いた。
「操霊師、もしくは操魂師が、あなたたちの相手になるかもしれない」
「げっ」
緊迫した状況にもかかわらず、梨響は間抜けな一言を発してしまったのであった。
(2022.2.19)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます